14.旅先での出会い
大きな弁当箱の中身は、すぐに空になった。
満腹になった一行は、芝生の爽やかな風を受けて余韻に浸る。
「予想通りに美味しかったね。ここでしか食べられない味という感じだ」
「ええ。テオドア様の機転に感謝しなくてはいけませんね」
ついつい使用人を差し置いて弁当箱の片付けをしながら、ナターシャはアルバート王子の言葉に深く頷く。
海産物をふんだんに使った惣菜は、どれも新鮮で素材の味を十全に生かしたものだった。
この漁師町で地産地消しているからこそ出せる味だろう。
「魚のフライが美味しかったな。我々が釣った魚も夕飯のときフライにしてもらいたいくらいだ」
アルバート王子はフライが気に入ったらしい。一口大に切られた魚の切り身を、味つきの衣をつけて揚げたものだ。外はザクザク、中はほろほろとした食感の白身魚。
ナターシャも美味しくいただいたが、それ以上にアルバート王子はやみつきになってパクパク口に放り込んでいた。
「私は特に煮込み料理に入っていた練り物が気に入りました。あれも釣った魚で作れないでしょうか。それか、どこかで買って帰れたら……」
「商店街に戻って土産物を探そうか」
ご当地食材に興味を持つナターシャに、アルバート王子がそう提案する。食事を終えて一息ついたところだ。確かに、腹ごなしも兼ねて再び商店街を歩いてみるのもいいだろう。
昼下がりになり、学校帰りの子どもたちなど公園を訪れる人の数も増えてきた。どちらにせよそろそろ移動したほうがいいだろう。
ナターシャたち一行は芝生に広げた弁当箱とレジャーシートを片付ける。
そこに、ころころと小さなボールが転がってきた。
転がってきた方向を見ると、街の子どもたちがキャッチボールをしていて拾い損ねたらしい。
突然視界に入ってきたボールに、王子の護衛たちが慌てて身構える。テオドアも例に漏れずアルバート王子を守るように自分の体を盾にするが、ナターシャだけはそんなことお構いなしに転がってきたボールを拾った。
ボールを追いかけて走ってきた少年が、ナターシャを見てホッとした笑顔になる。
「お姉さん、ありがとう!」
「いえいえ。はい、どうぞ」
手に持ったボールを少年に渡すと、その後ろからさらに友人らしき子どもたちが数人駆け寄ってくる。十歳になるくらいだろうか。
みな心配そうな顔をしているので、怒られるのではないかと想像したのだろう。ナターシャが優しくボールを拾って返したことで、安堵の表情を浮かべている。
「お姉さんは、お貴族さま?」
一人の女の子がナターシャの方を見てそう尋ねる。
いつもなら聞かれることもないし、万が一聞かれても肯定しないところだが、今日はそういうわけにもいかないだろう。なにしろこの大所帯だし、ナターシャも使用人たちもこの漁師町の人々とはまったく違う衣装を着ている。
「え、ええ。まあ、一応?」
急にしどろもどろになるナターシャに、後ろから誰かがくすくす笑う声が聞こえた。振り返ると、警戒をといたテオドアが思わずといった表情で口元を押さえている。
「すみません。ですが、一応でもなんでもなく、れっきとしたご令嬢でしょう」
「む……私は無邪気な子どもたちを警戒して睨みつけたりしませんから。高貴なお貴族さまとは違います」
ふん、とナターシャは意趣返しに嫌味を言う。テオドアもそれは大人げなく思っていたようで言葉をなくした。が、子どもたちはそんなことより、テオドアの肩越しに見えたものに目を輝かせた。
「王子様!?」
「すっげー、本物か!?」
キラキラした金の髪に、困ったように泳ぐ翡翠色の瞳。
田舎の子どもたちでも、さすがに王族しか持たない髪と目の色のことは知っているらしい。童話や物語の中の登場人物を見たように、子どもたちはきゃっきゃとはしゃいで王子に駆け寄った。
「おや。知ってもらえていて光栄だよ。だけど周りを走り回るのはあぶな――ほら、言ったとおりだ」
一人の男の子が足を滑らせて転び、巻き込まれて子どもたちが皆でつんのめる。芝生なのでそうそう怪我はしないだろうが、危なっかしいことこのうえない。
渦中のアルバート王子は、子どもたちが転けないように庇いながらへっぴり腰で困り顔だ。
「みんな王子殿下が大好きなのね。ねえ、あなたたちはこのあたりに住んでるの?」
ナターシャは、アルバート王子を取り囲む子どもたちを散らすため、膝をついて子どもたちとの視線を合わせて話しかける。
最初に目が合った男の子が元気に片手を上げた。
「はい! 俺たちの親はみんな漁師なんだ!」
自慢げに言う少年に続けて、みんな口々に家族やこの町について話しはじめる。あっという間にアルバート王子ではなくナターシャの周りに全員が集まった。
全部で6人の少年少女たちを前に、ナターシャは尋ねる。
「じゃあ、このあたりで王子を案内したいお店はないかしら? 私たち、旅行の最中なの」
「え! 旅行って、シンコンリョコー!?」
「なあに、それ」
「俺知ってる、結婚するときにするやつ」
「お姉さん、王子様と結婚するの?!」
「しないわよ!!」
思わず大声でツッコむナターシャ。
ガヤガヤとナターシャも含めてうるさくなる子どもたちの中で、一人だけずっと静かだった女の子がおそるおそる手をあげた。
「こほん……お姉ちゃん、手をあげてくれてありがとう。何かあるかしら?」
咳払いをして周りを黙らせたナターシャが、手をあげた少女を指名する。
少女は恥ずかしそうに言った。
「うちはね、漁師じゃなくて、宝石屋さんなの……王子様とお姉さんに、きっと似合うと、思います」
おずおずと、でもまっすぐな瞳で女の子はナターシャをまっすぐ見て言い切った。きっと、自分たちのお店に自信があって、大好きなのだろう。
ナターシャは宝石に興味はないが、少女の態度に心を惹かれて決める。
「すっごく素敵ね! 決めたわ、そこに行ってみましょう。ね、いいですよね、アルバート様?」
しゃがんだまま振り返ると、穏やかな微笑みを浮かべて愛おしそうな目でこちらを見ているアルバート王子と目が合った。
そんなに子どもが好きだったのか。ならこの子の家のお店に行くことも嫌がらないだろう。
ナターシャは王子の返事を待たずに女の子と手を繋いだ。
「案内してもらえる? 私も王子様も、とっても楽しみだわ」
「そいつの店、結婚指輪がいっぱいあるぜ!」
「だから結婚はしないって!!」
すっかり子どもたちと仲良くなったナターシャは、アルバート王子や使用人たちを半分置き去りにしながら立ち上がり、少女とともに歩きはじめた。




