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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第2章】夏の旅︰ウェーステッド領

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13.どこにでもいそうな男

 昼間の商店街は、地元の人々であろう買い物客がまばらにいる程度で、そこまで人通りは多くない。


 そんな中で、大勢の使用人を引き連れて歩くナターシャとアルバート王子は異様な雰囲気を放っていた。ナターシャが身に纏うサマードレスも相まって、休暇中の貴族であることは一目瞭然。しかも観光地である中心街ならまだしも、ここは外れの港町だ。

 すれ違う人々から好奇の視線を向けられているのを感じる。

 

 しかし、旅先では人々の視線など気にせず、したいように気ままに行動するのがナターシャの美学だ。

 商店街を歩く途中で見つけた小汚い居酒屋にふらふら入ろうとしたのだが、そばを歩いていた王子の護衛にさすがに止められた。


 ナターシャのひとり旅とは同じようにいかない。当然のことだ。

 気を取り直して次の昼食候補を探そうとするが、隣のアルバート王子の方が残念そうに店の前で粘る。


「ナターシャ嬢に案内役を頼んだのはこちらだ。ナターシャ嬢の選んだ店に入るのを、我々の都合で止める必要があるのか?」


 などともっともらしいことを言っているが、普段なら決して足を踏み入れることのない下町の居酒屋が気になるだけなのだろう。

 好奇心に満ち溢れて輝く瞳に射抜かれ、護衛は言葉に詰まる。


「ですが、さすがにここは……」


 《居酒屋波合》と筆で大胆に書かれた木の看板は潮風で痛み、ところどころ文字は剥げ木目は割れている。

 ヒビの入ったすりガラスの張られた引き戸には、営業中、と一枚の板がかかっているだけだ。中の様子はほとんど見えない。


 護衛の男の言うとおり、貴族、まして王族が入る店ではない。

 ナターシャ一人なら身分を隠して楽しむところだが、今はそういうわけにもいかないだろう。ナターシャ自身もいつもの旅装束とは違って貴族らしい装いをしているし。


 こういう店が意外に美味しかったりするのだが、今はナターシャのわがままを押してアルバート王子の使用人たちを困らせるのも悪い。

 自分の発言を取り消して場を取り繕うため、ナターシャは口を開く。


「たしかに、私たちが入るとお店の人を驚かせたり、恐縮させてしまうかもしれません」


「でも、こういう店の方が案外美味しいってこともあるんだろう? 君が一度は選んだ店だ」


 ぎくり、とナターシャは言葉に詰まる。さすが『紀行録』の愛読者――というのが関係あるのかはわからないが何故かナターシャの思考は筒抜けらしい。 

 どう説得を続けようか悩むナターシャに助け舟を出したのは、アルバート王子の周辺人物きってのできる男、テオドアだった。


「驚かせないようにすればいいのですね? でしたら、私が適任でしょう」


 そう言うテオドアは、前回の旅のナターシャの助言を意識してか、貴族らしくない軽そうな麻の半袖シャツを着ている。

 短髪でさっぱりした見た目や色黒の肌はこの町の漁師たちにも似ていて、たしかに一行の中では一番“どこにでもいそうな男”かもしれない。


「それは助かりますが……でも、どうやって? 先に行って許可を取るにしても、その……」


 驚くのがどうこうというのはナターシャが考えた建前で、護衛たちの本音は素性のわからない店に王子を入れたくないという一心だろう。

 心配そうなナターシャに、テオドアは強く頷いた。


「大丈夫です。悪いようにはしませんので、お任せください」


 ナターシャもアルバート王子もテオドアの魂胆はよくわかっていなかったが、彼のことなら大丈夫だろう。

 二人はそれ以上追及をせず、テオドアに任せることにした。


 テオドアは単身店に入っていき、中で何か会話しているようだった。テオドアが再び出てくるのを、一行は軒先で待つ。


 今日の釣りの話や明日からの旅のことなど、他愛もない話をしながら10分ほど待っただろうか。

 引き戸がガラリと開いて、テオドアが出てくる。その肩越しに、店主らしき人が深々と頭を下げているのが見えた。


「お待たせしました。無事、作戦成功です」


 そう言ってテオドアは、両手に抱えた大きな風呂敷をアルバート王子に見せびらかすように向けた。

 おお、とアルバート王子が感嘆の声をあげる。


「お弁当か。たしかにいい作戦だ」

「なるほど……!」


 アルバート王子の言葉で遅れて風呂敷の中身を理解したナターシャも目を輝かせて頷いた。


「この商店街を抜けて少し西に行くと、広い公園があるそうです。そこで昼食にしましょう」


 ロケーションの確保もばっちりのテオドアに、一同は満場一致で賛成した。



   *   *   *



 テオドアの言う公園はすぐに見つかった。広いうえ緑に満ちていて、心地よい風が吹いている。


 芝生のうえにレジャーシートを敷いて座り、弁当箱を広げる。

 大きな弁当箱に複数人分のおかずが入っているタイプのものだ。なんとなく全体的に茶色い、居酒屋らしいメニューの数々は、テオドアが言うにすべて魚介類を使った料理だという。

 港町らしい料理の数々に、アルバート王子もナターシャも意気揚々とカトラリーを手にした。


「さて、何から食べようか……」


 魚のフライに塩焼き、煮込み料理に加工した練り物。選び放題の料理たちは、作りたてでまだ温かい。


 一同は勢いよく食前の挨拶をして、思い思いの料理に手を伸ばすのだった。

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