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旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領
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4.泥被りの王子

 ナターシャが屋敷を出た時刻から、遡ること数十分。


 アルバート王子とその召使テオドアは、空を見上げて途方に暮れていた。

 つい5分ほど前にぽつぽつと降り出した雨は、いつの間にか本降りだ。二人ともローブを頭まで深くかぶり身を守っているが、染み込んだ雨は首筋から体を冷やしていく。


 ぶるりと身震いしながら、アルバートはぼやく。


「……初めての野宿なんだから、空気を読んでほしいところだ」

「同感です。無理な話ですが」


 テオドアも同意しつつ、辺りを見渡す。

 

 ムルデ湖で"旅好き娘"に案内を断られ、見事に逃げられてから、二人はしばらく湖の景色を満喫した。

 そして、次なる目的地である山間部の集落を目指して歩きはじめたところだった。


 どんどん険しくなる山道はそれだけで旅慣れない二人には過酷だが、そのうえ分厚い雲で空が隠れて辺りは薄暗い。

 風も徐々に強くなっており、降り続く雨は白く濁って視界を遮っている。


「雨宿りできる場所を探しましょうか。このまま歩いていては危険でしょう」

「そうだね」

「洞窟などあればよいのですが」


 雨を凌げる場所を探して、遠くに見える岩壁を目指すことにする。湿って柔らかくなった土を慎重に踏みしめながら、目的地の方角を少し外れて進む。


 しばらく歩くと、おあつらえ向きの洞窟が見つかった。大人の男が少しかがめば入れるほどの大きさで、奥は暗くてよく見えない。


「入ってみますか。中があまり汚くないといいのですが」

「贅沢は言えないだろう。行くよ」


 アルバートが率先して洞窟の中に足を踏み入れた。

 中は暗くジメジメとしていて、一気に外の雨の音が遠のく。二人の足音だけが真っ暗な中にぼんやりと反響していた。


「物々しい雰囲気だね。灯りは……湿気で点かないか」

「こんなことならルーンディアの角を持ってきておくべきでしたね」

「それは違うね。ズルをしては旅らしさに欠けるだろう?」


 ルーンディアというのは発光する角を持った鹿のことだ。外国の山奥にしか生息しない希少種で、その角は体から切り離されてもなお刺激すると光を放つのが特徴である。

 高価なため、もっぱら貴族の贅沢品として装飾などに使われる。


 確かにどんな場所でも照らすことができるのは便利だが、それをしては神輿に担がれて山を登るようなものである。

 後ろを歩くテオドアに火の点かないランタンを見せながら、アルバートは笑う。


「こういうままならないのがいいのさ! ピンチも楽しまなくてはね」

「まったく――アルバート様!」

「なんだい、説教ならもっと明るい場所で……」


「違います! 前……!!」


 切羽詰まったテオドアの声に従って、アルバートは前に向き直る。洞窟の奥に、うっすらと光が見えた。


「先客……ではないよな」


 アルバートの声が聞こえたのか、光が揺れる。こちらを見た……気がする。

 ゾッとしたものが背筋に伝うと同時に、アルバートはある本の一節を思い出す。


「そうだ――『雨の日の洞窟には、雨に濡れて気が立った動物が隠れている』! 『旅好き娘』第3巻で彼女も御父上に教わっていた!!」


 こんなときまで『旅好き娘』ですか、とツッコミを入れようとしたテオドアの声は喉まで出かかって止まった。

 ガン! と何かを壁にぶつける音がして、その瞬間洞窟の奥が爆ぜるように光ったのだ。


「ルーンディア!?」

「噂をすればだな――逃げるぞ!!」


 アルバートの大声を合図に、二人は脱兎のごとく外へ向けて駆け出した。アルバートを先に行かせ、テオドアは背後を警戒しながら後ろに続く。


 『旅好き娘』の記述は正しかったらしく、鼻息を荒くしたルーンディアは後ろから二人を追ってくる。

 ルーンディアは野生動物としてそんなに素早いわけではない。しかし、湿った重いローブを引きずりながら慣れない道を走るアルバートたちが簡単に逃げ切れる相手でもなかった。


 洞窟を出て雨の山道に戻るも、ルーンディアは嫌そうに低いうめき声をあげながら追ってくる。


「くっ、雨が……っ!」


 雨も風も先程より強まっており、容赦なく顔に打ちつける。同時に、地響きのような雷の音も聞こえてきた。


 テオドアの頭に、遭難という言葉がよぎる。


「殿下、考えなしに逃げては危険です!」

「わかっている! まったく、ヤツは一体どこまでついてくる――っうお!?」


 足元の悪い中を走るのに、後ろを振り向いたのがよくなかったのだろう。アルバートはぬかるみに足を取られ、バランスを崩す。


「殿下!?」


 テオドアは思わず叫んだ。彼から見れば、叫び声とともに突然視界からアルバートが消えたのだ。

 伸ばした手も虚しくアルバートはそのまま転び、濡れた斜面を数メートル滑り落ちる。

 

「殿下! 大丈夫ですか!?」

「う……あぁ、無事だよ」


 テオドアが安堵したのも束の間、すぐ後ろから獣の鼻息が聞こえた。一瞬、アルバートが転んで気を取られている隙に追いつかれたらしい。


(こうなったら……!!)


 焦ったテオドアは、振り向きざまに掌底を繰り出す。

 ちょうど目の前にあったルーンディアの額に、テオドアの攻撃はクリーンヒットした。


「グモァ――ッ!!」


 ルーンディアの角が激しい閃光を放つ。

 そして、悲鳴のような鳴き声をあげて、その場に倒れてしまった。


「あ」

「……さすがの一撃だね」

「だ、大丈夫か!? 申し訳ない!! 大丈夫か? さすがに死んではいない……よな。しかし痛い思いをさせた! すまない!!」

「落ち着きなさい、テオドア」


 縄張りを荒らしたうえ、掌底まで食らわせてしまった罪悪感から、テオドアは倒れたルーンディアに向かってペコペコ頭を下げて謝りはじめた。

 泥まみれになりながらも自力で立ち上がって戻ってきたアルバートは、そんなテオドアをなだめる。


 しかし、テオドアは気が動転しているようでまったく落ち着く気配がない。


「いえ、殿下も……私がついていながら、危険な目に遭わせてしまい申し訳ございません!! お怪我はありませんか!?」

「少し膝を擦りむいた程度だ。それに君に責任はない」

「ですが……!」


 まだ頭の上げ下げを続けようとするテオドアを止めたのは、アルバートの声ではなかった。

 雨音に紛れていつの間にか近くまで来ていたナターシャが、二人に声をかける。


「……心配になって来てみましたが。これ、何の儀式です?」


 それはもう呆れた顔と声であった。

記念すべきファンタジー動物1匹目…!

やっと出せました。

異世界ならではの不思議な生物がこれからもたくさん登場します。いきなり鼻をシバいてごめんね、ルーンディアさん。


GW期間限定で1日2話更新中です!

明日も昼・夜2回更新しますのでよろしくお願いいたします!

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