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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第2章】夏の旅︰ウェーステッド領

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10.波を裂く船に乗って

 翌朝。

 眠い目を擦りながら、ナターシャは朝の支度をする。


 昨夜はアルバート王子との会合のあと、目が冴えてしまってしばらく寝られなかった。まず間違いなく、母についての話題をあんなにじっくり聞いたのが初めてだったからだろう。布団の中でいろいろと考えてしまったが、なんとか夜が更けるとともに寝落ちて今。

 日頃どこでもすぐに寝てしゃっきり起きるナターシャにしては、スッキリしない目覚めだった。

 

 しかし、支度をしているとさすがにどんよりしていた心も晴れてくる。なんと言ったって、今日はこのリゾート地を存分に楽しむ1日だ。

 ナターシャは準備を万全に整えて、朝食の待つ食堂へ向かった。



 朝食はシンプルなパンとサラダ、スープが複数用意されており、好きなものを選ぶシステムだった。ナターシャの好みがわからないゆえの気遣いだろう。

 食べ物の好き嫌いがほとんどないナターシャは、ありがたくいろいろな種類を少しずつ楽しませてもらった。


 腹ごしらえを済ませ、ナターシャとアルバート王子は出かける準備を万端にする。今日は使用人や護衛もいくらか伴って行くのでそれなりの大所帯だ。

 ぞろぞろとメイドたちを引き連れたアルバート王子は、隙を見てナターシャに声をかける。


「昨夜はありがとう。また調査に進展があれば報告するよ」

「はい。こちらこそありがとうございます」


 昨夜の会合のことを手短にそれだけ話す。そして、アルバート王子は先に玄関を出ていく。ナターシャもシェフィールドやその他のメイドたちを連れてその後に続いた。


 今朝は各自で馬車に乗って目的地へ向かうことになっている。ナターシャはパルメール領からここまで来たときと同じように、馬車に乗り込んで出発を待つ。

 朝の光を背にして、王家の馬車とパルメール家の馬車がそれぞれ目的地へと向かって走りはじめた。



 小一時間ほどかかっただろうか。馬車は目的の港町に到着する。

 ナターシャは馬車を降り、近くに停まったアルバート王子たちの乗る馬車に歩み寄る。

 ほどなくして王子たちも馬車を降りてきた。


 ここはウェーステッド領の中心地からずいぶん離れた港町だ。

 観光客の数は少ないが、町自体は活気にあふれている。潮の香りに満ちた、心地よい風が吹いていた。


「さすが、この国最大の漁師町。港が船で埋め尽くされているね」


 アルバート王子は船着場の方を眺めながら感心したように呟いた。

 王子の言うとおり、そこには大きなクルーザーから小回りの効きそうな小さい釣り船まで、さまざまな船がずらりと並んでいる。

 ナターシャはうきうきした声音で答えた。


「圧巻ですね。では、さっそく向かいましょうか!」


 そう、この船着き場こそ今日の旅の行き先だ。正確にはさらにその先が。

 アルバート王子とナターシャは軽やかな足取りで船着き場へと向かった。


 

 船着き場には緊張した様子で数名の男性たちが待っていた。

 漁師の町には似つかわしくないひらひらした優雅な服を着て、大勢の使用人を連れて歩いてきたナターシャとアルバート王子を見て、すぐにざわざわと慌てはじめる。

 おそらく一番年上であろう日に焼けた初老の男性が、代表して二人を出迎えた。


「ようこそ、いらっしゃいました。このたびは王室の事業に関わらせていただけること、大変光栄に思います」


 そう言って被っていたキャップを外し、深く頭を下げる。

 短い黒髪には白髪が混ざっているが、筋骨隆々とした体つきは力強さを感じさせる。年長者だがまだまだ現役の海の男と言った様子だ。

 彼こそ、王家の権力を使って貸し切った釣り船の船長である。


 船長に案内されるまま、ナターシャはアルバート王子とともに大きな船に乗り込む。

 客船やクルーズ船ほどの大きさではないが、人が複数人ぞろぞろ乗り込んでも邪魔にならない程度の広さがある船だ。甲板には釣った魚を入れておくための水槽も備えつけられている。


 ナターシャたち一行の全員が船に乗り込んだ。

 潮風に吹かれてナターシャのドレスの裾がはためく。海上に来ると陸にいるときよりも感じる風がずっと強まった。


「帽子を飛ばされないようにね」

「はい。……着慣れない服なので、自信がないですが」


 アルバート王子の助言通り、ナターシャは片手で帽子を抑えて風をやり過ごした。

 風のせいか、波が立って船が底からぷかりと揺れる。


「出航します! お前たち、帆を張れ、錨を上げろ――!」


 大きめの風が止んだのを見計らって、船長が声をかけた。

 錨を巻き上げる大きな音とともに、帆が開かれて船が少しずつ岸から離れはじめる。


「船に乗るのは初めてだ……おっと。結構揺れるね……」

「ですね。船酔いしないよう気をつけてください」

「遠くを見るといいのだっけ?」

「ご存知でしたか……って、いつか『紀行録』に書きましたね」


 ナターシャがそう言うとアルバート王子は満足げに頷いた。

 アルバート王子が暗記するほどナターシャの『紀行録』を読み込んでいることには、ナターシャ自身も驚きつつもそろそろ受け入れてきたところだ。

 嬉しそうに、『紀行録』に描かれたナターシャにかつての船旅について話を広げようとするアルバート王子の話題選びはさすがに受け入れられないが。


「私の昔のことはいいですから。ほら、遠くの景色でも見ましょう。やっぱりここの海は綺麗ですね」


 ナターシャの故郷にも海はあるが、荒波の目立つ青黒い風景が思い出される。

 それに対してこちらは明るい青緑がずっと遠くまで続いている。ときどき立つ波も、船は追い風を受けて力強く裂いて進んでいくのだ。


「王都でだけ暮らしていたら、決して目にできない景色だ」


 アルバート王子はナターシャと同じく海を眺めて、しみじみと呟いた。


「君には感謝しているよ。素敵な景色を教えてもらってばかりだ」


 ちらりとナターシャの方を見て目を細めるアルバート王子と目があって、ナターシャはつい視線を逸らしてしまった。

 逸らした先で視界に入ってきたものを見て、ナターシャは照れ隠しのように言葉を探す。


「景色じゃなくて、今日の目的はこっちですから……。ほら、そろそろ準備しませんか?」


 ナターシャが指を刺した先にあるのは釣り道具だ。釣り船に乗って海に出ているのだから、当然やることは一つだろう。


 釣りの準備は、船が良いポイントに到着したら船員と使用人が手分けしてやる予定になっていたのだが、ナターシャはいてもたってもいられず、壁に立てかけられた荷物に近づいた。

 アルバート王子もそれを微笑ましく見守りながら、後ろに続くのだった。

ふとしたときにアルバート王子はとんでもなく優しい微笑みを浮かべながらナターシャを見つめているのですが、大抵バレないように後ろから見ているときが多いのでナターシャは気づいていません。気がついたらどんな反応をするのでしょうね。

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