6.作戦会議 in お風呂
親子ほど歳の離れた女が二人、裸で浴槽に浸かりながら顔を突き合わせる。
端から見れば異様な光景だろう。入浴中なので見られる心配はないのだが。
ナターシャはまず、あらぬ誤解をとくべくアルバート王子と自分の出会いについてシェフィールドに説明した。
アルバート王子はナターシャの『紀行録』の読者であり、偶然出会った際に旅の案内を頼まれたこと。
そして、一緒に旅をする中で、ある物を目撃したのだ。
「国王陛下から届いた書状の中に、王城で起こった紋章旗の不正利用事件の話があったでしょう?」
「ああ、そういえば。あれがお嬢様の春の旅と関係が?」
「私たちが旅の最終日に山頂で見たのは、勝手に王家の紋章旗をべたべた飾りつけて、許可なく建てられている途中の何らかの建造物でした。おそらく今回の旅はその答え合わせなのでしょう」
そう説明すると、やっとシェフィールドの誤解はとけたようだった。しかしそれ以上に、彼女の顔には驚愕と恐れが浮かんでいる。
「……では、先ほどアルバート王子殿下のおっしゃっていたお話というのは、王に仇なす逆賊についてということですか。それも、私たちの知らぬ間にパルメール領に現れていたと?」
ああ、怖がらせるつもりはなかったのに。ナターシャは後悔する。
ナターシャはあの日傷つく動物たちを見て許さないと憤ったが、ふつうはシェフィールドのように、怯えて慎重になるものだろう。
ナターシャは次の言葉を逡巡する。
その恐ろしい陰謀かもしれない何かに、首を突っ込んだのはナターシャの方からだ。
そんなことに領地や王子殿下を巻き込んで、と叱られれば返す言葉はない。
ナターシャは弁解の言葉を探して黙り込む。
しかし、シェフィールドの言葉はナターシャの予想とは大きく違っていた。
「驚きましたが、お嬢様が見ないふりをなさらなかったこと、シェフィールドは嬉しく思います」
「え」
「アルバート王子に告げられる内容が何であれ、私たちは毅然と向き合いましょう。私たちの大切なパルメール領を守るために、ね」
そう言ってシェフィールドは、浴槽の底に沈んだナターシャの手を取った。
お湯でふやけた手を二人で握り合う。
想定外の展開に、ナターシャはなんだか笑えてきた。
「……のぼせてしまいますね。あがりましょうか」
照れ隠しにナターシャはそう言って、緩みそうになる顔をシェフィールドから隠した。
* * *
「汗は流せたかい? 夕飯の準備がもうできているそうだよ」
脱衣所で室内着を着て、髪も軽く乾かしてから皆のところに戻った。
話し込んでいて長風呂をしてしまったらしく、もう食事の用意が整っていた。ナターシャの戻りを待っていたらしい使用人たちが途端にバタバタしはじめたのを見てナターシャは恐縮する。
ナターシャと一緒に風呂からあがったばかりのはずが、もう王室のメイドたちに混ざって仕事を始めたシェフィールドをチラリと横目で見る。
浴槽から上がってから、体を洗う間ずっと「それはそれとして王子殿下とはどうなのか」と質問攻めにしてきたシェフィールドにナターシャはずいぶん困らされた。
春の旅が終わってから息つく暇もなくまたこの旅に出てきたせいで、まだアルバート王子のことを『紀行録』になんと書くかさえ、ナターシャは決めきれていないのに。
しかし、あれはあれで彼女なりにナターシャのことを気に掛けてくれているのだろう。
シェフィールドの献身はナターシャも肌で感じているところだ。感謝の心は忘れてはいけない。そう思いながら、案内されるままに食堂へ向かう。
「そういえば、テオドア様の姿が見えませんが」
「彼なら厨房だよ。君のために腕を振るっているんじゃないかな?」
「! それってまさか……」
答え合わせのように、厨房からスパイスの香りがナターシャたちの元まで届く。
目を輝かせるナターシャを見てアルバート王子はくすくす笑った。
「私も人のことは言えないけれど……君も相当彼の料理が気に入ったようだね」
「はい。あのあとテオドア様が置いていったスパイスで私も試してみたのですが、全くうまくいかなくて。恋しく思っていたんです」
「それはよかった。テオドアも頑張った甲斐があるだろう」
以前、雪割邸で作ってくれたテオドアの手料理は絶品だった。
ナターシャがあのスパイス料理を気に入っていたことを、テオドアも覚えてくれていたらしい。
意気揚々と席につくナターシャの前に、しばらくして一つのプレートが運ばれてくる。
炊き立てほかほかの白いご飯に、黄色のスープがかかっている。具材は昼に食べた夏野菜のスープとほとんど同じだが、鶏肉と、ナターシャがパルメール領から持ってきたズッキーニが加わっていた。
食欲をそそる、スパイシーな匂いが鼻先をくすぐる。
「これは……」
「夏野菜のスパイスカレーです。夏の旅にぴったりの、元気が出る料理……かと」
厨房から顔を出したテオドアが、少し照れくさそうに説明してくれた。
彼の言う通りカレーは夏の旅につきもので、ナターシャもよく作る。しかし、あらかじめ調合されて売ってあるカレー粉をただ溶かしただけのカレーとは、一味も二味も違いそうだ。
そもそもカレーはテオドアの故郷である南の国の郷土料理だったはず。つまり、本場の味である。
テオドアも厨房から戻ってきて席につき、一同で食前の挨拶をする。
この後に控えるアルバート王子からの報告のことは一旦頭の隅に追いやって、ナターシャは目の前のスパイスカレーにひたすら舌鼓を打つのであった。




