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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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27.今日の日を綴る

 食後、洗い物や後片付けを終えて、ナターシャはひとり机に向かう。


 アルバート王子とテオドアは、明日に備えて荷造りをしているはずだ。

 ナターシャに手伝えることがあればよかったが、彼らの荷物のことは彼らが一番よくわかっている。

 ほとんど力にはなれないようだったので、一足先に部屋に戻ってきたのだ。


 ナターシャの前には、使い古した1冊のノートが広げられている。そこに、今日あったことを詳細に書き連ねていく。

 『旅好き娘の気まま紀行録』――第10巻まで絶賛刊行中のナターシャの紀行録の、大事な生原稿である。


 もちろん1冊にまとめるときに推敲はするのだが、ほとんどは旅先で毎日こうしてノートに書いた記録を元にしている。

 ナターシャは今日一日を振り返りながら筆を進めた。


 まずは朝、雪割邸を出たところから。

 一つ小高い山を越えてその先の集落へ、雨上がりで露の光る森を抜けて歩いた風景を思い出す。


 もう今日のこととは思えないほど、遠い昔の出来事のような気がする。


 休憩を挟みながら歩いていたのもあって目的地までかなりの時間がかかった。

 ナターシャひとりなら1時間強でたどりつくところを、2、3時間ほどかけただろうか。いつもの半分以下のペースで歩き続けるのはそれはそれで疲れたが、アルバート王子とテオドアの疲れようを見るとあれが最善だっただろう。


 そう考えて、ナターシャはふとペンを止める。


 アルバート王子とテオドアのことを、『紀行録』にどう書くか――そんな懸念に思い至ったのだ。


 ナターシャが悩んでいると、ちょうど廊下を踏みしめる足音がふたつ聞こえてきた。

 ノックの音に返事をすると、アルバート王子とテオドアが部屋に入ってくる。


「荷造りは終わりましたか」


「はい。万全の状態で出発できるかと」


 雪割邸に帰ってきてすぐの疲れ切っていたときよりさらにくたびれた気がするテオドアだが、ナターシャの質問にはしっかりと頷いた。

 体力を犠牲に心行くまで荷物を整理したらしい。

 

「それはよかった。いらないものは捨てていって構いませんからね」

 

「申し訳ないけれどお言葉に甘えさせてもらった……とても助かるよ。次からはもう少し荷物の量を考えよう」


 二人の荷物は、野営の道具や豪勢な衣類が入っているとはいえあまりにも大量だった。

 それを王子に持たせまいと一つのバックパックに満タンにいれて、テオドアが一人で背負っていたのだ。

 騎士である彼の体力に心配はなくとも、山中で動きにくいことによる弊害は大きい。


 できるだけカバンは小さく、荷物は最小限に、と口を酸っぱくして言ったナターシャの忠告にしたがって、アルバート王子も考えを改めてくれたようだ。

 旅先で使い捨てる予定だったが使わなかったものや、初日に濡れてダメになったものなど、いらないものはここで捨てていくように、と提案もしたので、明日は来たときよりも軽い背中で下山できることだろう。


 ひと仕事を終えてくつろぐアルバート王子とテオドアに、ナターシャは気になっていたことを切り出す。


「ところで……お二人はやはり、この旅は”お忍び”でしょうか?」


 そう聞かれてアルバート王子はぱちり、と目を瞬かせる。

 一瞬考え込んだように見えたが、ナターシャの手元のノートを見て察したらしい。王子は頷く。


「そうだね。名前や立場は伏せてもらえると助かるよ。もちろん抜け出してきたとかではないけれど、大々的な事業でもない」


 アルバート王子は肩をすくめる。

 王子の言葉を聞いて、一拍遅れで話の趣旨を理解したテオドアも口を開いた。


「あぁ、『旅好き娘』の中の話でしょうか。でしたら殿下に同意します」


 二人の返事を受けて、ナターシャは考え込む。


 では素直に山の中で王子に会ったと書くわけにはいかない。まぁ、最初から予想はしていたことだが。


 一緒に旅をしていなければ、そもそも会ったことを秘めればいいだけだが、ここまでともに過ごしておいて書かないわけにもいかないだろう。

 いらない情報の省略はともかく、嘘やでっちあげを書くのはナシだ。


 ふむ、と手を止めたまま唸るナターシャに、アルバート王子は提案する。


「愛読書に自分が登場するなんて、この上ない光栄だ。好きなように肩書きをつけて呼んでおくれ」


 ファンでも友人でも、と軽やかに言うアルバート王子に、ナターシャはますます悩みの声を深めた。


 ナターシャには、まだアルバート王子のことが掴めていない。

 どんな人かは丸一日一緒に過ごしてなんとなくわかってきたが……厳密には、どう向き合って、関わっていけばいいのかわからないのだ。


 王子がナターシャの――もとい『紀行録』のファンなのは確かだ。最初の一瞬こそ疑ったものの、詩でも歌でもなんでもない日記の一節を暗唱されて疑う余地はなくなった。

 むしろ引くほどの熱意なのだが、だからといってナターシャの方から「ファン」と呼ぶのは気が引ける。


 かといって「友人」と書くのもおそれおおい。昼間は《木こりの暖炉》の店主に分かりやすいようその言葉を使ったが、そもそもナターシャは会って二日で他人と友人になれるタイプではない。

 あくまで知り合い程度だが、もちろん「知り合い」なんて書くわけにもいかない。

 不敬も不敬だ、アルバート王子は笑って許しそうだが。


 高貴で気さくで親しげで少しおてんばで素直で、ナターシャの著作を愛してくれている、この目の前のひとをなんと形容したものか。

 思いつかなかったナターシャは、仮に「旅人」として今日の紀行録をつけ終えることにした。


 できればこの旅のうちに――あと1日、明日のうちに答えを見つけることを目標にしながら。

旅の2日目が終わりました。

ナターシャから見たアルバートとは何なのか。急な出会いだったうえ、立場の違いもあるのでちょっと名前をつけるのが難しい関係ですが……果たして、答えは見つかるのでしょうか。

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