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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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26.熱い!辛い!美味い!

 それから小一時間ほど経っただろうか。

 応接室でアルバート王子とナターシャがほとんどうたた寝しかけていたところに、テオドアが顔を覗かせる。


「もうすぐできあがりますが……食べられますか」


 眠たそうな二人を気遣ってそう尋ねる。返事をするようにアルバート王子のお腹がぐう、と鳴った。



 食卓まで移動すると、厨房で土鍋が火にかけられているのがわかった。

 料理を任せてしまった分せめて働かねば、とナターシャは取皿や鍋敷きを用意する。


「熱いのでお気をつけて」


 そう言ってテオドアが土鍋を運んできて、席についたアルバート王子とナターシャの目の前で蓋を開ける。


 ふわりと湯気が漂ったかと思うと、次の瞬間ガツンと突き刺すようなスパイスの香りがあたりを埋め尽くす。食欲をそそる香りだ。


「昼と似たようなカテゴリになってしまいましたが……」


 テオドアの言うとおり、昼食もこうして鍋で煮込まれたシチューだった。なんなら昨日の夜からそうだ。

 調理器具も食材も限られるなか少人数で作れる料理となると、圧倒的に煮込み料理が手っ取り早いということは、ナターシャも身をもって知っている。


 しかし、テオドアのアイデアのおかげで、同じ煮込み料理と言ってもかなり違うジャンルの味が楽しめそうだ。

 鍋の中、スパイスの色だろう黄色いスープに浮かぶのは、くったり煮られた深緑色の山菜と、干し肉、それから覚えのないきつね色の揚げ物だ。


 まじまじと鍋の中を見つめるアルバート王子とナターシャに向けて、本日のシェフ・テオドアは説明を始める。


「ええと……スープのスパイスは私が持参していたものです。殿下には懐かしく馴染み深い味かと。具は採ってきた山菜をそのまま入れたのはもちろん、かき揚げや揚げ餃子も作ってみました」


 先ほど王子が読み上げた図鑑の中で、『ツチイモのすりおろしたものは揚げ物の衣として使われる』という説明があった。それを聞いてこの料理が思い浮かび、挑戦してみたという。

 説明を聞くだけでよだれが出るほど美味しそうな料理だ。しかし食べ始める前にテオドアはもう一度厨房へ何か取りに戻った。

 

「そして主食も……これは郷土料理でもなんでもないですが」


 深皿を三つ、トレイに乗せて持ってくる。そこには、茶色がかったご飯がこんもりと盛られていた。

 一緒に炊いたのであろうオドリダケがぴょこぴょことお米の隙間から顔を覗かせている。

 この家には乾飯しかなかったはずだが、どんな魔法を使ったのかお米はふっくらして美味しそうだ。

 ありあわせで作ったとは思えない、本格的な炊き込みご飯である。


「す、すごい……」

「オドリダケのぬめりの成分が乾飯に足りない水分を補うようです」


 予想以上に美味しそうなものができました、とテオドアも自負があるらしく嬉しそうに言った。彼には料理のセンスがあるらしい。


 テオドアを付き人に持ったアルバート王子を羨ましく思いながら、ナターシャは鍋に向きなおる。

 ちょうど、アルバート王子がウキウキと喜び勇んでお玉を握ったところだった。


「いただきます」


 三人で口々に食前の挨拶をし、思い思いに食事を始める。ナターシャはまず目の前の炊き込みご飯に手を伸ばした。

 スプーンいっぱいにすくったご飯を口に運ぶ。

 昨晩お粥にして食べたものと同じとは思えない、ふんわりして優しい味わいのあたたかなご飯だ。キノコの風味が、味付けに深みを出している。


 炊き込みご飯を噛みしめるナターシャとは違って、アルバート王子はまず鍋から手をつける。

 味見としてスープだけを取って飲み、感激の声を上げる。


「……っぷは! 本当だ、この辛さ懐かしいよ」

「そうでしょう」


 アルバート王子の感想に、テオドアはしたり顔になる。二人の間で共通の記憶がある味らしい。

 テオドアの故郷の味だそうだから、幼い頃からともに過ごしているアルバート王子も知っていて当然だろう。


 少しばかりの疎外感を感じながら、ナターシャも鍋の中身を取皿によそう。しかし一口食べると、疎外感なんて一気に吹き飛んだ。

 

 まず最初にやってくるのは、辛さではなく鼻に抜けるスパイスの香りだ。食欲をそそるがどこか花のような、独特の香りが広がる。

 そんなスパイスの香りを楽しみながら咀嚼していると、山菜の味とは別にだんだん舌がピリピリとしてくる。何かの本で辛さとは舌が感じている痛みだと読んだことがあるが、まさしくその感覚だ。耐えきれず水を飲むと、喉まで辛さが広がって汗が出てくる。

 ナターシャは鼻をすすって、ほう、と熱い息を吐いた。


 この味が痛みだとしたら不思議なものだ。本来避けるべき痛みを、本能的に求めてしまう。辛いものってどうしてこう食欲をそそるのだろう。

 続いてナターシャは揚げ餃子を食べてみることにした。スプーンで大きな餃子を一口大に割ると、中に入った干し肉とツチイモ、それからカギツキグサの刻んだ葉っぱがほくほくと湯気を立てる。


 ナターシャはそれを勢いよく口に放り込み、あまりの熱さにはふはふと空気を吸った。


 衣はサクサクしていて、スパイスの爽快感も相まって油物特有の嫌なまだるっこさがちっともない。具材はほんのりと素材の甘さを活かしつつ、しっかりとスープの味が染みていて絶品だ。


 邪道かもしれないが、思わず餃子のあとの口に炊き込みご飯をかきこんだ。キノコの繊細な風味は吹っ飛んでしまった気がするが、優しく深い味とスパイスの強い風味が混ざり合ってついつい次の一口が進む。


 軽く取皿によそっただけの、半人前にも満たないスープを飲み干す頃にはナターシャは汗だくだった。

 もちろんナターシャだけでなく、テオドアとアルバート王子も汗をかいている。


 用意したピッチャーの中の水を三人でごくごく飲みながら、まだまだ残っているスープに向かう。


「ふう……暑いですね。体の芯から燃えてくる」

「かなり辛いものね」


 ナターシャが片手をパタパタと自分に向けて扇ぎながら言うと、アルバート王子も同意する。

 残念ながらここには冷房器具も冷房代わりの輸入生物もいない。汗をかきながら食べつづけるしかないだろう。

 汗を拭く二人を見ながらテオドアはやはり得意げだ。


「でも、美味しいでしょう?」


「あぁ!」

「ええ!」


 満場一致、アルバート王子とナターシャの返事の声が重なった。

もちろん城に帰れば専属の洗練された料理人がいるので普段はそこまで料理をしないテオドアですが、センスが光ります。


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