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旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領
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23.怪鳥が鳴いたら帰りましょう

 グラドゥーシャの花畑を前にナターシャがスケッチを初めてから少し。


 時間をかけすぎると、太陽が傾いて見える景色の色合いが変わってしまう。

 できるだけ急いで手を動かしていたつもりだが、空はどんどん茜色になっていく。


「山で見る夕焼けって綺麗なんだね……」


 眩しそうに目を細めながらアルバート王子は景色を楽しんでいる。

 確かに王子の言うとおり、普段自分たちが暮らしている場所より少し太陽に近づいた山の上で、連なる山脈越しに見る夕焼けは美しい。視界じゅうに広がる花畑を夕日の光が晴れやかに照らして、最初にここに辿りついたときとはまた違う景色だ。


 しかし、山における夕焼けは、危険を知らせる合図でもある。


「そろそろ切り上げるので……お二人も、移動できるよう準備をお願いします」


 アルバート王子は座り込んで窮屈な靴紐をほどいていたし、テオドアも荷物を肩から降ろして体を休めていた。ここまで歩いてきたままの恰好でスケッチをしていたナターシャと比べて、移動を再開するのに時間がかかるだろうと見越してそう伝えたが、アルバート王子は首を傾げる。


「夕焼けの景色はスケッチしておかなくていいのかい? 私たちは、待つのは苦じゃないよ」


 目の前の景色を、光の感触や色まで忘れないためにスケッチしておく――そう言ったのはナターシャだ。アルバート王子の質問はもっともだろう。

 しかし、旅をするにおいていちばん重要なことは、紀行録のコンテンツを充実させることではない。あるいは思い出を作ることは重要かもしれないが、それも持って帰れなければ意味はない。

 つまり最優先事項は、安全に拠点に戻ることである。


「夜道は危ないので。日が完全に沈み切る前に帰路につかなくては」


 そう言いながら、ナターシャは最後の仕上げを終える。走り描きの絵ではあるが、のちに清書するときのための材料としては十分だろう。

 スケッチブックを閉じて、さっさとリュックの中にしまう。立ち上がってリュックを背負いなおせば、帰る準備はもう万端だ。


「では、戻りましょうか」


 同じく帰り支度を終えていたテオドアがそう言う。

 靴紐を結ぶのに手間取っていたアルバート王子も、遅れて立ち上がった。


 来たときと同じく、ナターシャの先導で来た道を戻る。

 先ほど下ってきたということはここからは登っていくということ、体力的にもそこまでペースは早められない。所要時間を短縮するためにも、来た道とは別の、雪割邸に向かってできるだけ直進できる近道を通った方がよさそうだ。


 あまり訪れたことのない未知の旅先ではそんな無理もできないが、この山脈はナターシャの庭のようなものである。どんなルートで帰るかを頭の中で組み立てながら歩き出す。

 アルバート王子とテオドアも、辺りを見渡しながらナターシャについてくる。


 まだ日は沈んでいないとはいえ、木々の多い場所に戻ると足元はもう薄暗い。

 障害物を見落として足を取られることがないよう、ナターシャは荷物の中からルーンディアの角を取り出し、光らせて腰のベルトに提げた。


「今日も活躍するんだね、それ」

「やはり我々も持ってくるべきでしたね」

「認めるよ。次からはちゃんと用意しよう」


 叩くだけで何度でも光らせることができるし場所も取らない、こんなに便利な道具をアルバート王子はズルだと言って旅の荷物に含めなかったらしい。改めて聞いても、ずいぶんハードな条件を自分に課したものだと思う。

 不自由を楽しむのも旅の醍醐味だ、と言われたらナターシャにもわからなくはないのだが。

 

 ルーンディアの角が放つ光を頼りにナターシャたちは山道を登っていく。

 すると突然、背後から耳をつんざくような爆音が三人を襲った。


 ――キュウ、キュワーッ!!!


 三人を追い立てるように響いたそれは、まるで叫んでいるかのような()()の鳴き声だ。

 ナターシャの肩が咄嗟のことについびくりと跳ねる。


「な、なんだ!?」


 アルバート王子が慌てたように声をあげた。

 木々の隙間から空を見て鳴き声の正体を把握したナターシャも内心驚いていたが、王子とテオドアを怯えさせないようできるだけ平静を装って答える。


「ルーガクックという大きな鳥です。上空を飛ぶ鳥なので、ここまで来ることはありません……多分!」

「多分、だって!?」


 非難するようにアルバート王子はナターシャの言葉を繰り返すが、事実、確証がないのだからしかたない。ナターシャ自身も知識としてルーガクックのことは知っているが、本物を見たのは初めてだ。

 人里には姿を見せない、いわゆる怪鳥である。

 

 ルーガクックは遥か空高くで甲高い声を上げながらくるくると旋回しているだけで、今のところ低空に降りてきたり、どこか別の場所を目指す様子はない。

 森の木々の途切れる場所を探して、ナターシャは空を見上げる。アルバート王子とテオドアもおそるおそるそれに続いて、三人でルーガクックの姿を仰ぎ見た。

 

 赤い羽毛に包まれた大きな体躯。尾羽が長く伸びて風に揺られている優雅なシルエットが特徴的だ。距離があるうえ逆光で鮮明には見えないが、鋭いクチバシや鉤爪を持っている。万が一狙われるようなことがあれば、ただでは済まないだろう。

 しかし、人間になど興味はなさそうに、ルーガクックは空に向かって叫びつづける。

 

「昔はこのあたりにもいたと聞きますが、ただの言い伝えだと思っていました。人の目に映るところにはめったに姿を現さないはずですが」

「……誰かを呼んでいるようにも見えるね」


 何か事情があるのだろうか。

 ルーガクックはしばらく鳴きながら旋回したあと、ナターシャたちの進行方向とは逆側、険しい高山地帯の方へと向かって飛んでいった。


 嵐が去ったあとのように、ナターシャたちは三人で顔を見合わせてため息をついた。


「なんだか、我々は毎日動物に(おど)かされていますね」


 昨日はルーンディアに追われ、今日はルーガクックだ。テオドアが悲壮感を漂わせながら言う。ナターシャが何か答える前に、アルバート王子がしたり顔で言った。


「それが自然というものだよ。ここでは私たち人間の方が来訪者なのだから!」


 さっきまでずうっと怯えていたくせに、と到底口に出せないことを思って、ナターシャは小さく笑う。しかしアルバート王子の言葉には同感だ。何も口を挟まず頷いておくことにしよう。


 ルーガクックに驚いていた間にロスした時間を取り戻すべく、気を取り直してナターシャはまた雪割邸への帰路を歩きはじめる。


「まあ……怪鳥も鳴く時間ですし、早く帰りましょう」

 

 そう言って坂道を登りはじめると、すぐにアルバート王子もナターシャに続く。

 あんなに大きな鳥をカラスみたいに……とぼやきながら、テオドアは最後尾についた。

暗くなると山に棲む動物たちが活発になってきます。棲み分けって大事。

余談ですが、ルーンディアの角は現実世界にあるサイリウムをイメージしています。ライブとかで使えるポキっと折ったら光るあれ……今は亡き平成テクノロジーな気もしますが、無限サイリウムだと思って読んでいただければ。


次回は明日夜更新です!よろしくお願いいたしますー!

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