21.織り重なる花畑
グラドゥーシャの群生地に向かう道すがら、山菜採りをしながら歩くことにしたナターシャたちは、文字通り道草を食いながらのろのろと歩みを進めていた。
ナターシャはまず、身を屈めて背の高い植物を観察するアルバート王子に声をかける。
その視線の先にあるのは、葉の先にしずくのような膨らみをつけた、特徴的なかたちの葉っぱだ。
「それはカギツキグサ、葉も食べられますが、葉の先についている実のような部分が甘酸っぱくて美味しいです」
「ふんふん。では葉ごとを採ればいいのかな」
「はい。茎を残しておくとすぐにまた葉が生える、生命力の強い植物なので。葉の根本を、ちぎれないようにぷちっと付け根から抜いてみてください」
「やってみるよ」
今度はアルバート王子もちゃんと手袋をつけている。葉で手を切ったり植物の粘液で手を傷めたりしないよう、ナターシャが助言したのだ。
カギツキグサを採りはじめた王子の姿を確認して、次にナターシャはテオドアのもとへ向かう。
地面からぴょこぴょこと顔を出す棒状の植物を見つけたテオドアは、その周りの土を掘って植物を掘り出そうとしていた。
「わ、いいものを見つけましたね。それはブドウ草。今見えているその部分は伸びかけの茎ですが、茎の中は数層にわかれた空洞になっていて、プチプチした食感が楽しい山菜です」
ナターシャの好物でもあるブドウ草を見つけてくれたテオドアに感謝しながら、上手な採り方を教える。
ナターシャに言われたとおりにサバイバルナイフを使って、テオドアはブドウ草を根元からきれいに切り取っている。
またまた遠足の引率をしている気分である。
二人の様子を見守りながら、ナターシャ自身もめぼしい山菜がないかあたりを見渡した。
* * *
「かなりの収穫ですね」
山菜をひと通り採り終えたナターシャたちは、三人で顔を見合わせる。
アルバート王子は両手いっぱいにカギツキグサを、テオドアは器用に小さな麻袋を腰のベルトに提げて、そこにブドウ草を刺している。
ナターシャはというと、泥まみれになりながら片手には土のついたイモを持っていた。ツチイモと言って、そのまま食べても美味しいし、すりおろすととろろにもなる、山菜料理の味方である。
「今日は彩りのある夕食が期待できそうです」
昨日の夜、スープに野菜が入っていないのを気にしていたテオドアも、いまは満足そうだ。ナターシャも深く頷く。
「それにしても、かなり時間が経ってしまったね……」
アルバート王子が手元の懐中時計を見ながら呟いた。王子の言葉通り、太陽はもうかなり傾いて、高い山脈のてっぺんに差し掛かりそうだ。
真の目的は山菜採りではなくグラドゥーシャの花畑を見ることだ。夕焼けの花畑も悪くはないが、そのぶん帰り道が過酷になる。
ナターシャは自分の移り気を反省しつつ、移動の準備をする。採れた山菜を一つの袋にまとめ、泥だらけになった手袋を外した。
「寄り道してすみません……しかし実は、もう目的地はすぐ近くです。また下り坂が続くので気をつけて」
めぼしい山菜を探して歩いていた間に、かなり周りの木々が少ないところまできた。
ここからさらに木の少ない方、少ない方へと辿っていくとグラドゥーシャの群生地に辿りつく。
「グラドゥーシャは綺麗ですが恐ろしい植物でもあります。周りの草木の根を自分の根で覆って、栄養素を奪うのです」
「へぇ! では木が少ないのは、グラドゥーシャに枯らされたからか」
「ええ。冬の終わり頃になると、枯れた倒木の根元からグラドゥーシャが生えてくる、残酷かつ神秘的な景色が見られますよ」
命の奪い合い。植物社会にもヒエラルキーはあるのだ。ナターシャが嫌な顔でそう言うと、アルバート王子は肩をすくめた。
「お互い大変だね」
近くに生えた細くて葉も少ない若木に、そんな声をかけている。
その若木が最後の一本だったようで、視界が開ける。頭上も目の前もさえぎるものはなくなり、心なしか足元の草花も元気がない。根性のある名もない雑草だけがピンと葉を伸ばしていた。
進行方向は先ほどからずっと続く下り坂ではなく、棚田のような階段状になっている。その段差の先を見下ろすと、鮮やかな3色の花が絨毯のように地面を覆っているのが見えた。
「ここが……なんというか、不思議な地形ですね」
テオドアがそう呟いた。
言葉で説明してもいいが、実際に近づいたほうが早いだろう。ナターシャは二人を先導する。
「地面の段差に気をつけてください」
それだけ伝えて、傾きの緩やかになった道を慎重に下っていく。
グラドゥーシャの花の群生地は目前に見えているのに、一つ上の段差、ナターシャたちの現在地との間の十数メートルには違う草花しか生えていない。
足を進めるほどに、周りに生えた草がだんだん色の悪い、しなびたものばかりになってきた。春の始まりとは思えない、枯れ草でゆるくなった地面を踏みしめながら、ときどきある地面の段差に足を取られないように進む。
グラドゥーシャの花を真下に見下ろすころには、ナターシャたちは草のない裸の地面に立っていた。
「全部、この子たちが枯らしたのかい?」
アルバート王子の声に感嘆の色が混ざる。ナターシャは頷いて、二人をおすすめのポイントへ案内する。
「ここから見下ろすと絶景ですよ」
言われたとおりに、段差の上から覗き込むように階段の先を見下ろしたアルバート王子とテオドアは、同時に声を上げた。
「これは……!」
「わあ、すごい!!」
言葉をなくすテオドアと、反対に子どものような輝く瞳になって歓声をあげるアルバート王子。二人の反応に、ナターシャはついついしたり顔になる。
三人の視界に飛び込んできたのは、何層にも重なる柔らかで鮮やかな花畑だった。




