20.次の目的地へ
食事をしている間に、太陽は空の頂点を越えて少し傾いている。
空には雲一つなくなって、強い日差しがさんさんと降り注いでいた。しかし爽やかな風のおかげで、汗を流すほどの暑さではない。
山奥の料理店《木こりの暖炉》で美味しい料理を満喫して英気を養ったナターシャたち一行は、店を出て次なる目的地を目指して歩きはじめた。
次に目指すのは、先ほどまで三人がいた集落の東側、緩やかな山の斜面に広がる草原だ。といっても、ただ原っぱを見に行くわけではない。
アルバート王子のリクエストで、グラドゥーシャの群生地に向かうのだ。
グラドゥーシャというのは植物の名前である。甘い果実をつけることで有名だが、今は果実ではなく花を咲かせる季節。グラドゥーシャの花は、日によってだんだんと色が変わるという特徴を持っている。
咲き始めた日には黄色の花が、開くに連れて日ごと赤色に色づいていき、最後には紫色になって枯れる。
一輪の花を見るだけでも興味深いが、群生地ではさまざまな色のグラドゥーシャが混ざり、三色の絵の具を混ぜた絵画のような鮮やかで美しい色合いが見られる。
ナターシャが幼い頃に絵日記……もとい紀行録に描いた景色でもある。カラフルなクレヨンで塗りつぶした花畑の絵しか知らないアルバート王子は、本物のあの景色を見てどう思うだろうか。
内心で期待しながら、ナターシャは山道を先導していく。
今朝通った、《木こりの暖炉》へ向かう道は足元のゴツゴツした上り坂が多かったが、今から行く道は植物の生い茂る下り坂だ。歩きやすさは段違いだが、これはこれで気を抜けない。
「滑らないように気をつけてくださいね」
昨夜の雨はもうほとんど乾いているが、草花は根から水分を吸って潤っている。つまり、踏んだ拍子にツルリと転んでしまいかねない。
三人とも滑りにくい登山靴を履いてはいるが、注意するに越したことはないだろう。
「忠告ありがとう。私は実際に昨日転んだからね、気をつけるよ」
「あれは肝が冷えました。視界から急に殿下が消えたので……」
すでに昨夜の雨で痛い目にあっていたらしいアルバート王子が、ナターシャの忠告に真面目な顔で返事をした。テオドアも王子の様子を見ながら強く頷いている。
それから10分ほど歩いただろうか。
ナターシャは近くに生えた木の根元を見て、思わず足を止める。
「あ、オドリダケ」
ナターシャの視線の先にあるのは、三角形でフリルのように広がるカサを持ったキノコである。サイズは小さいが、大量にまとまって生えている。
「オドリダケ、ですか?」
「はい。ドレスのような見た目からか、食べたものが踊りだすほど美味しいからか、そう呼ばれています。……せっかくですし採って帰りましょうか。スープに入れると、とろみのある出汁が出て美味しいんですよ」
ナターシャは素早く手袋をつけて、オドリダケの生えた木の根元に近づく。
アルバート王子とテオドアも興味がある様子でナターシャのあとをついてきて、後ろから覗いている。
腰に提げたベルトのホルダーから、サバイバルナイフを取り出す。
できるだけ木を傷つけないように、しかし可食部を採り残しすぎないように生え際ギリギリを狙って、一つずつオドリダケを採っていく。
ナイフをいれると、切れ目からとろりと液体が流れ出した。
「これがとろみのある出汁の正体かい?」
ナターシャの隣にアルバート王子も座り込む。手を伸ばしてオドリダケを触ろうとするので、ナターシャは慌てて制止した。
「あ、触らないで! 手が荒れるので素手ではダメです。火を通さないと毒性があるので」
そう言うとアルバート王子は驚いて手を引っ込めた。
毒とは言っても手が荒れる程度だが、触らないに越したことはないだろう。背後で警戒態勢に入っているテオドアの気配を感じながら、ナターシャはキノコ採りを続ける。
「……テオドア、殴ってもキノコの毒は消えないよ」
「わかっています!」
後ろからコントのようなやり取りが聞こえてくる。一体テオドアがどんな様子なのか気になったが、振り返って手の中のキノコたちを落としてはいけない。一度泥がつくと、粘り気のあるオドリダケを洗うのはかなり大変だ。
しばらく背後でハラハラと見守るアルバート王子とテオドアをスルーしながら、手際よく1株分のオドリダケを取り終えた。これで夕食のスープも多少味わい深くなるだろう。
しかし、一つ収穫があると欲張ってしまうのが人の性だ。
「ついでに山菜も採りながら向かいますか!」
元気に言って、ナターシャは立ち上がった。採れたオドリダケは、紙に包んでリュックサックの中にしまう。
反応が薄いと思ったら、アルバート王子もテオドアも、毒をカバンの中に……と言葉にこそしないものの明らかに懐疑的な目を向けている。そんな二人の心配を晴らすため、ナターシャは肩をすくめて言う。
「大丈夫ですよ、山菜は毒のないのを選びますから」
「当然です……」
テオドアが困ったように長いため息をついた。




