17.とっておきのご褒美
店主とナターシャの会話を聞いて、アルバート王子とテオドアはそれぞれ違う反応を見せた。
眉をひそめて店主とナターシャの顔を見比べるアルバート王子と、何かあれば店主からナターシャを守ろうと目を光らせるテオドア。
それぞれの立場にふさわしい反応だ、なんて上から目線にぼんやり思いながら、ナターシャは二人の疑念を解くため説明を始める。
「店主は、パルメール家のお手伝いさんで私の乳母でもあった、シェフィールドさんのお父上なんです」
「ああ。娘が育てた子なんだから、孫みたいなモンだろう?」
そう説明すると、アルバート王子は納得したように目を丸くして頷く。
対して、テオドアはまだ怪訝な顔だ。
言うまでもなく、家族でもない男が貴族女性に触れるのは、男側が庶民であれ貴族であれタブーだ。穏やかな空気が流れる中でも警戒してくれているのは、騎士の鑑と言える行動だろう。
とはいえ心配をかけるのは悪いので、ナターシャは肩に置かれた店主の手からスルリと逃れる。
「先ほどおじ様と呼んだのが気になっていたけれど、そういう縁があったのだね」
アルバート王子の言葉にナターシャと店主は一緒に頷く。
「幼い頃からこの店にもよく訪れていましたから、まさに顔馴染みの親戚といった感覚ですね。血のつながりこそありませんが」
「そういうことだ。では客人方、料理ができあがるまでもうしばらく辛抱しておくれよ」
やっぱり上機嫌にニコニコ笑いながら、恰幅のいい体を揺らして、店主は厨房へとまた戻っていった。
店主が置いていったピッチャーから、それぞれの木椀にお茶を注ぐ。この店特製のハーブティーだ。裏庭で栽培しているものだと聞いたことがある。
口をつけると爽やかな香りが鼻まで抜けていく。植物の香りは強いが、苦味やエグみがないのでハーブが苦手な人でも楽しめるあっさりとした味だ。
口にしたアルバート王子が微笑みながら頷いているのを見て、ナターシャはこっそり嬉しくなる。
自分のイチ押しのお店を誰かに気に入ってもらえるのは幸せなことだ。
食事を待つ間、話題に上がるのは店主のことだ。アルバート王子が厨房の方を眺めながらナターシャに話を振る。
「君の乳母の父親で、シェフィールド姓……ということは、彼も貴族なのかな」
「ええ。店主は若い頃優秀な兵士で、褒章に騎士爵を得たと聞いています」
このシュタイン王国では、平民でも手柄を立てれば褒美に爵位を得られることがある。といっても急に家格が高くなって大金持ちになれるわけではなく、与えられた苗字を名乗ることが許され、職業選択の幅が増えるくらいだ。
兵士であれば王都騎士に、使用人であれば高位貴族のメイドに――もちろん、木こりをやりたいなら木こりでもいい。特にこんな僻地では、少しかっこいい二つ目の姓がついたくらいで劇的に人生が変わるわけではない。
「昔は王都騎士として活躍したそうですが、退役してからはここでまったりと暮らされているらしく。乳母はそのタイミングで、嫁いできた母とほぼ同時に我が家に来たようです」
「へぇ、退役後の生活か……」
そう言いながらアルバート王子はテオドアの方を見る。
「テオドアも騎士爵だ。退役後は田舎でスローライフ、悪くないんじゃないか?」
いたずらっぽい顔でアルバート王子に言われて、テオドアはあからさまに顔をしかめる。
「……退役の予定はありません」
「わかっているけどさ、もっと先の話だよ」
「後にも先にも――」
王族専属の護衛騎士が辞めるとき、なんて考えられるシチュエーションはそう多くない。
それをわかっているだろうにアルバート王子は縁起でもないことを言う。ヒートアップしそうなテオドアを止めようとナターシャは口を挟みかけたが、その必要はなかった。
厨房に繋がる通路をふさぐ木製のパーテーションが軋んだ音を立てながら開く。両手が鍋で塞がった状態で、店主が足で開けたからだろう。
店主はそのまま、ほかほかと湯気を上げる鍋をナターシャたちの座る席まで持ってくる。
テーブルの真ん中にどかんと置かれたそれは、肉と野菜の芳醇な匂いを漂わせていた。
「はい、お待ち。月見ウサギのシチューだ」
本来なら俺の三日分の飯だ、と言いながら店主は自信ありげに鍋のふたを開ける。
とろりとした茶色いスープの中に、根菜や豆と、大ぶりに切られた肉が、これでもかと言うほど具だくさんに詰め込まれている。
月見、と言っても玉子が入っているわけではない。
「珍しい、月見ウサギなんて!」
ナターシャは思わず感嘆の声を上げる。
月見ウサギとは、その名の通り満月の夜にだけ姿を見せる小さなウサギのことである。普段は山奥の洞穴で暮らしており、自在に地面を掘り進んで逃げるためほとんど捕らえることはできない。
希少中の希少、しかしその肉は絶品。
このあたりの名物食材だが、ナターシャも1、2回しか食べたことはない。
「本当のとっておきが出てきたね。私も噂には聞くが、食べるのは初めてだよ」
「そりゃあよかった! 友だちなんか連れてきたことないナターシャが連れてきたんだ、楽しんでもらわないとな」
アルバート王子の言葉に、店主は安心したように頷く。その言葉を聞いて、ついナターシャは店主の方を振り返った。
「え、私が友人だと言ったからもてなしてたの? 王子だからではなくて?」
「? あぁ。王族は見慣れてる。これでも昔は王都で――って、何度も話してるか」
ぽかん、と毒気を抜かれたナターシャを見て、王子はくすくす笑う。
「ふふ、そんなことだろうと思ったよ。君の珍しい友人として、ご相伴に預かれて光栄だ」
「さっ、さてはバカにしていますね!?」
勘違いで機嫌を損ねていたことも、友人が少ないこともバレて、ナターシャは顔を赤くする。
穏やかな空気が流れる中で、いい匂いにつられて誰かのお腹がぐう、と鳴った。




