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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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14.早朝の空気を胸いっぱいに

春の旅2日目の始まりはアルバート視点から!朝が似合う爽やかな男です。

 外から聞こえた鳥の鳴き声で目を覚ます。


 王城では起こり得ない、まるでおとぎ話のプリンセスのような目覚めだ。外は晴れたのだろうか。アルバートは枕元に置いた懐中時計を確認した。朝5時過ぎ。


 朝6時に起床するように、とナターシャからは言われている。

 同じ部屋にあるもう一つのベッドを見ると、テオドアはまだ気持ちよさそうにぐっすり眠っていた。昨日は大変だったしもう少し寝かせてやってもいいだろう。


 どこか遠くに行くわけでもないのだし、とアルバートは黙って一人でベッドを抜け出す。


 この雪割邸という建物は、さすが辺境伯家所有なだけあってかなり広い。女の子一人では持て余すだろうと思う。

 実際、ナターシャは父親の使っていた部屋をそのままにしていると言っていた。


 ……当然、家格で言うならアルバートの暮らす王城や王室持ちの邸宅の方が大きいのだが。大量の使用人や政治の関係者がひしめき合う場所ではこんな平穏は得られない。

 昨日の記憶を辿って玄関まで向かいながら、アルバートは息をつく。


 一人旅とはどんな気分だろうか。

 睡眠時間を除けば、アルバートの人生で一人だった時間など数時間にも満たないような気がする。


 そして今はその貴重な一人の時間である。

 たどり着いた玄関のドアを開け、外に出る。


 昨日の雨はすっかり止んで、太陽は柔らかい光を降らせている。息を吸うと鼻の奥まで草木の匂いで満たされる。

 しばらく山の空気を堪能していると、外からナターシャが歩いてきた。髪をアップにせず低い位置で一つに結んでおり、衣装は寝間着であろう軽装だ。

 アルバートを見つけて、気持ち早足になって玄関先まで戻ってくる。

 

「おはようございます。まだ少し早いですが、日光浴ですか?」

「ああ。鳥のさえずりで目覚めてね、きっと晴れているのだろうと思って見に来たんだ。君は?」

「昨日書く暇がなかった旅の記録をつけていました」


 手の中のノートを、ナターシャは軽く振って示す。

 アルバートが大好きな、『旅好き娘の気まま紀行録』の生原稿ということだ。正直かなり興味を惹かれたが、中身を見ようとするのはズルだろう。

 きっとまた1年ほど先に出版される日を楽しみにしておくことにして、アルバートはグッと堪える。


「それは素敵だ! 完成を楽しみにしておくよ」


 そう返すと、見せろと言わなかったのが意外だったのかナターシャは何か言いたげに眉を上げる。

 しかし、特に何も言わずにノートを玄関先の乾いた地面に置いた。


「せっかく早起きしたのなら、準備体操でもしますか」

「準備体操?」

「はい。今日はとにかく歩きますし、昨日の疲れも残っているでしょうから、体をほぐしておかないと」

「なるほど。では、教えてもらおうかな」

「教えるも何も、学院で体育の授業の初めにやっていたものをやっているだけですよ。私も人体に詳しいわけではないので」


 そう言いながら、ナターシャは雪割邸の扉を振り返る。


「……テオドア様もお呼びしましょうか」


 昨日、アルバートたちを助けにきてくれたときからずっと、ナターシャはテオドアを軽視せず、当然のように頭数に入れている。


 使用人で、護衛で、見るからに異国風の顔立ちのテオドアを軽んじる貴族は少なくない。そうしないところが『紀行録』の中で見た彼女の人柄そのままで、アルバートには好ましかった。

 ナターシャの思いやりを我がことのように嬉しく思いながら、アルバートは笑顔を浮かべる。


「大丈夫。彼ならそろそろ私が寝床にいないことに気づいて探しに来るころだ」

「……ずいぶん振り回し慣れているのですね」


 つられたようにナターシャも相好を崩す。

 彼女の言うとおり、アルバートはいつもテオドアを振り回している。言い返す言葉がないのでアルバートは黙って肩をすくめた。


 そのとき、ガチャリと玄関の扉が中から開いた。噂をすれば、テオドアだ。


「殿下! ここにいらしたのですね。まったく――」

「ああ。おはよう」

「……おはようございます」


 アルバートが先に一人で起きて外に出ていたことについてテオドアは何か小言を言いたげだが、躱すように挨拶をする。

 その様子を見て、ナターシャもテオドアに声をかけた。アルバートにとってはまたとない助け舟である。


「おはようございます、テオドア様。今から今日の冒険に向けて準備運動をしようかと話していたところです」

「準備運動、ですか」

「学院でやっていた体操だよ。君も見ていたことがあるだろう?」


 テオドアは一緒に学院の授業を受けていたわけではないが、アルバートの付き人として常にそばに控えていた。

 とはいえ、テオドアは元来アルバートの護衛でもあり、身体を動かすのも仕事のうちだ。

 自分なりの準備運動があるかもしれない、とアルバートは思うが、意外にもテオドアはすんなり頷いた。


「ではご一緒しましょう」

「ええ、ぜひ。少し外に出て……あの芝生のあたりでしましょうか」


 玄関の門を出て歩道を越えたさきに、小さな芝生が広がっている。

 丘の上に建てられた屋敷なので必然、緩やかな坂にはなっているが、少し身体を動かすくらいなら支障はない。


 ナターシャが音頭を取り、それぞれ適度に距離を取って身体を動かす。


「ではまずは深呼吸から。手を上に伸ばして……吸って――」


 アルバートにとっては卒業以来の体操であり、こんな大自然の真ん中で身体を伸ばすのは初めてだ。

 空に向かって思い切り両手を伸ばし、胸いっぱいに息を吸う。


(……昨日からワクワクしっぱなしだな)


 鼻の奥まで届く、晴れわたる緑の匂い。

 アルバートは楽しげな笑みを満面に浮かべた。

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