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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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10.不思議生物の神秘

 この世界に生きる動物や植物の中には、神秘的とも言える不思議な力を持ったものがいる。

 光や熱を発するもの、薬になったり、逆に毒を分泌したりするもの。

 他にも風を吹きだしたり、膨らんだり、物を凍らせたり……見るからに便利な能力から一見何に役立つのかわからない能力まで、自らの生きる環境に合わせて生き物は独自の進化を遂げてきた。

 

 古来よりそんな生き物たちの力は称えられ、また恐れられてきた。


 たとえば、回復薬なんてその代表だ。


 かつて、「飲むとあらゆる病が治る代わりに、飲んだ者は記憶を失う」という恐ろしい副作用を持つ、動物由来の回復薬があったという。

 その強力さや悪用の危険性から、法律で回復薬の製造や取り扱いを禁じていた国は少なくない。

 カトルフルールの蜜から精製される回復ポーションのような、軽度の傷や病気を治すだけの弱いものでも、長らく使用が禁止されていた。


 なぜ治るのか原理もわからなければ、副作用や代償も未知数。制御できない薬は毒にもなる、というわけだ。

 

 もちろんこれはただの一例であり、回復薬だけの話ではない。


 人々は、生き物たちの人智を越えた魔術のような力を敬遠してきたのだ。


 しかし、時代が進むにつれて研究も進み、生き物たちの力を有効かつ安全に活用しようとする動きが高まってきた。

 畜産や漁業と分けて、新しく()()()()と言われるようになったその分野は、隣国のラネージュ帝国を含め北方の雪国でかなり盛んになっているそうだ。


 他方このシュタイン王国では、便利な動物を養殖したり、道具を作るために狩ったりすることが、倫理的にも技術的にも浸透していない。動物を殺さずに採集できる素材が流通している程度だ。

 自国では生産されていないものなので、まとめて”輸入生物”と呼ばれている。


 若い貴族の中ではそれなりに流行っており、輸入を拡大したいと考えている者も少なくないのだが、いまだ反対意見も根強い。

 

 おそらく、ナターシャはその流行の最先端を行くレベルの情報通だろう。といっても、流行っているから興味があるわけではないし、本人は流行っていることも知らない。

 ただ、旅を安全かつ快適に過ごすために調べていたら、たまたま詳しくなっていただけだ。


「ちなみに、輸入生物について二人はどう思われますか?」


 アルバート王子から尋ねてきたのだから、反対派というわけではないだろう。しかし相手は国家を担う王族のひとりである。

 念のためそう伺いを立てると、アルバート王子は顎に手を当てて考える様子を見せる。


「そこまでの忌避感はないね。生活がよくなるのなら、意地を張ることもないだろう。もちろん、倫理にのっとったうえで、だけれど」


 無難な回答。しかし手放しに賛成とも言えないだろう王子の立場を考えれば、かなり肯定的とも捉えられる答えだ。

 続いてテオドアに視線を向けると、彼は軽く頷いた。アルバート王子と同意見だということだろう。


 別に賛成も反対も個人の自由だとは思うが、こうして自分のこだわりに興味を持ってもらえるのは悪くない。


 アルバート王子とテオドアの前で、ナターシャは自分の旅道具コレクションを並べて説明を始める。


「まず、こちらの2つはもうお話ししましたね。ルーンディアの角と、ホムラガイです」


 ルーンディアの角は、叩くと光る鹿の角である。細長い棒状で、非常用の灯りとして非常に便利なのだ。燃料いらずで、叩くだけで何度でも光らせることができる。難点は、一般に出回るには少し高価すぎること。


 一方、ホムラガイはナターシャにとってはかなり手軽に手に入るおすすめの生き物なのだが、認知度が低い。

 輸入生物として売られているわけではなく、ナターシャが本邸の近くの海で拾ってきただけだからだ。


「こんな生き物が自国に生息しているなんて、ちっとも知らなかったな」

「地元の子どもたちの間では有名なのですが、面白い遊び道具くらいの認識ですからね……日常の暖房係として実用化できれば、億万長者も夢ではないと思いますよ」


 パルメール領の子どもたちは拾ったホムラガイにエサとしてミミズなどを食べさせ、吹き出す温風の強さを競って遊ぶことがある。

 倫理も何もない遊び方だが、それを知っているナターシャだからこそ旅のおともに活用できると考えた。


 幼いころの記憶を思い起こしながらも、ナターシャは次の道具の説明に移る。ルーンディアの角と同じく、緊急時用の道具である。


「その隣の紐のようなものは、コイルスネークの抜け殻です。使い方は単純な命綱と同じですが、伸び縮みします」

「これは、士官部の救助訓練で使ったことがあります」


 テオドアは知っていたが、アルバート王子は初めて見るらしい。

 興味津々といった様子で、テーブル上にだらんと伸びたコイルスネークの尻尾の方を軽く引っ張る。一定の長さまで簡単にびよんと伸びたあと、手を離すと勢いよく縮まって、元の半分くらいの長さになった。


「おや、これは驚いた」

「落下防止、衝撃吸収、うまく使いこなせば崖を登るのなんかにも使えますね。アクロバットな使い方をしないといけないので、私はしませんが」


 ナターシャは旅が好きだが、身体能力を使って過酷な山に挑むタイプではない。必要に駆られない限りは危険なクライミングなどしないので、コイルスネークの抜け殻は念の為装備しているだけのお守りのようなものである。

 転ばぬ先の杖、落ちる前のコイルスネークだ。


 次に紹介するのは知名度の低い、ちょっとした便利グッズだ。おそらく二人ともこれは見たことがないだろう。

 白い布のような見た目だが手触りはツルリとしている。ナターシャは机に広がったそれを手に取り、両手で抱える。


「これはオーシャンカープという深海魚の持つ浮き袋です。揉むと膨らみます」


 そう言いながら両手で優しく揉みこむように動かすと、どこから空気が入ったのかひとりでに浮き袋が膨らみはじめる。


「原理はわかりませんが、水中など空気のないところでも膨らむので溺れたときの浮きに使える……という触れ込みで買ったのですが、最近はもっぱら枕にしていますね」


 さすがに直接頭を乗せて寝るとペタペタした感触が気になるので、タオルを巻いて寝るのがいい。そんなナターシャのアドバイスを、アルバート王子はともかくテオドアは微妙な顔で聞いていた。

 心外である。もとは深海魚の内臓でも、きれいに洗って作られた加工品だ。


 魚の浮き袋程度で気味悪がるなら、虫の分泌液から作られる食品用着色料の話をしたらどんな顔をするだろうか――そんなイタズラ心を抑えながら、ナターシャは次の道具の説明に移るのだった。


異世界……と言いながらこの国には魔術も奇跡もありません。かわりと言ってはなんですが、不思議な生き物たちがたくさん棲んでいます。

次回まで輸入生物講座が続きますが、紹介できたのはほんの一部になります。これから旅の中でまだ見ぬ不思議な生き物に出会うこともあるでしょう。どうぞお楽しみに!

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