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踏み切り妄想族 恋はドキドキ スウィートスパイラルハニー

作者: 葵さくらこ

挿絵(By みてみん)



「僕はいつも考えるんだ。踏み切りの前に立つ時は常にね。」



彼は僕にこう切り出してきた。


カラン、


僕の手の中にあるミニサイズの氷河は、少しだけ小さく控えめな自己主張をした。バーの店内は優しく音楽が響く。


彼は続ける。


踏み切りの遮断機が下がりはじめた時、無理に自転車で渡ろうとした女の子がいたんだ。ところが不運にも、その子途中で転倒。


電車は迫るワケだ!踏切内に閉じこめられた彼女は、当然、気持ちは動転。どうしよう!どうすればいいの?


そこでオレが登場するワケだ。


その時、オレの行動は素早かった!


迷いなく踏切内に入り込んだオレは、実に迅速に行動。自転車を左手に持ち、彼女を右手に抱え、瞬く間に救出。その救出劇は我ながら実に見事だった。


幸い彼女は軽い捻挫だけで済んだ。自転車も無事だ。



良かった。





ただ、問題はここからなんだ。





その場を去ろうとする僕を彼女は離さないワケですよ!


僕は至極当然の事をしたまでだ。人間として当たり前の事をしたまでだ。

ただ、彼女はそれだけでは気持ちが収まらなかったようだ。


何かお礼をさせてください。貴方は命の恩人です。



そして彼女は僕の事を家に誘うワケだ。初対面の僕をね。



彼は手にしたウィスキーグラスに少しだけ口を付け、ふんわりとした笑顔を浮かべた。その目線は優しく、温かく、遠くを見つめる柔らかな目線だった。


ただ、その表情は同時に彼が『天然の変態』である事を明確に証明もしていた。忘れてはいけない。この話は全部妄想だ。真実は一切無い。すべてが彼の脳内信号の羅列だけにより具現化された、完全妄想空想世界なのだ。




彼の語りに戻ろう。




「彼女も必死なんだよ!」と彼。


おれを引き留める方法を探すのに必死だったんだと思うよ。このままではもう二度と会わない可能性もあるしね。


そこで彼女はオレのヒジを指さすんワケさ。


「ほら、ひじをお怪我なさってるじゃありませんか?お手当をする必要がございますわ。家はすぐそこです。よろしければ家にお寄りになってお手当をさせていただけませんか?」


ここまで言われて断る義理もない。断る馬鹿はいない。いるハズも無い。


僕は当然、答えるワケだ。「じゃあ少しだけ寄らせていただこうかな?」


するとどうだろう!すぐにリムジンが登場だよ!


彼女、携帯電話で家に電話したのね。そしたらすぐに運転手と執事付きのリムジンが登場したんよ!


執事はまぁ、いわゆるステレオタイプの執事で、グレーの髪を綺麗に7.3に分け、口ひげとかも蓄えちゃってるのね。でもって、仕立てのいい黒のスーツとか着ちゃってるワケさ。「お嬢様、お待たせ致しました。状況は理解できました。ささっ、早速お乗りください。」ってな感じで、車にオレを乗せるワケなんだけど、その車が広れぇーのなんの!


テーブルあるんだよ!車のクセに座席の真ん中にテーブルとかあるんだよ!アラブの富豪以外、あんな車乗らんかと思ってた。冷蔵庫とかもついてんの!冷蔵庫だよ!これで飲み物も冷え冷えだよ!



…こいつは車にテーブルと冷蔵庫がついてると大富豪なのだろうか?と、

自分はふと思ったが、それはどうでもいい。この話、そもそもすべて妄想だ。ただ、妄想としても、『最大の空想がテーブルと冷蔵庫』しか思い浮かばないところに、コイツの富豪に対する発想の貧困さ、育ちの悪さが如実に表れているような気がしたのだが、まぁいい。繰り返すがこれは全部妄想なのだ。



「で、家についたワケだ。」と彼は続ける。


まー、シャンデリアがかかってるとか言うんじゃないかなぁとか思ったが、案の定その通り、


「すげぇんだよすげぇ!天井がすんげぇ広いのね!脚立とか置いてもまだ天井に届かないぐらいなんだよ!さらにシャンデリア!シャンデリアとかかかってるワケよ!」


そして彼は、いかにその家が広いか?ベルサイユ宮殿かと思ったとか、そんな事を続けた。


「家具とかすげぇ古くて、ぐちゃぐちゃ模様とかついてて、足下とかクルンッというか、ゴチャゴチャっとしてるよーな感じなんだよ!」


と彼は言った。ロココ調の事だろうか?



そして両親が登場だ。


「お帰り麗子。事情は全部聞いたよ。」


お父様登場。優しい笑顔で迎える。これもまた分っっかりやすいぐらい金持ちっぽくて、パイプに口ひげとか蓄えちゃってるんよ。


…と、彼。ここでひとつ分かったこととしては、この妄想の登場人物の女の子は「麗子」という名前だという事だ。


彼は恐らく「金持ちの娘はみんな麗子」だとガッチリ思いこんでいるのだろう。

金持ち=麗子。この発想の根底はどこだ?


「お怪我は大丈夫かしら…」


と、母親登場。心配そうな目線。


「だから自転車などおやめになった方がよろしいと、以前よりご指摘させていただいておりましたのに…」


と執事。


母親とかの服装もすげぇーんだ!と彼。


なんだかイブニングドレスみたいのを着てた!と彼は熱弁を振るった。

ヒラヒラ感がすげぇの!まるで金魚だぜ!と彼は続ける。


ヒラヒラ=金魚。


彼の発想は果てしなく庶民だが、まぁ感じは伝わってくる。



そしてその時の会話を彼は再現する。



「いいえ、自転車は素敵なお乗りものですわっ。環境にも優しいですし、健康にも良いですし」と麗子。


「環境問題など乞食に任せておけばいいのです!我々が使う分を乞食共が節約さえすればそれで良いのです!」と執事。


「こんな事ならば警護の者をつけておくべきでした…」と執事後悔の念を浮かべる。


更に執事続ける。


「警護の者をつけるといったら、お嬢様 "いつまでも子供じゃございませんわっ" と言ってお断りになるから…」と執事。


「吉田、さがりなさい」(奥様)


「失礼しました…。」と執事。


ここで執事の名前が分かった。「吉田」だ。彼の中では執事は全員、「吉田」なのだろう。この発想の根底はサッパリ分からない。吉田=執事。

どことなく「吉田」に漂う「誰かに使われる立場」という言葉的イメージが、彼の脳内にはガッチリ組み込まれてしまっているのだろう。


「調べさせてもらったよ、小村君。」


父親登場だ。そして言い忘れたが、彼の名前は小村だ。「小村さとる」ごくごくありふれた平凡な名前だ。


とにかくここで急展開するんだ!


「君の普段の行い、仕事に対する態度、そして人間性、どれを取っても素晴らしい人である事が分かった。そこでどうだろう?是非とも麗子のフィアンセになってくれないだろうか?我々大久保コツェルンは、総資産、560兆5860万の巨大コンツェルン。家としては申し分ないハズ。君さえよければ、どうだろう?是非ともこの大久保コンツェルンの跡取りになって欲しい。」父親は言う。


「お父様、気が早すぎますわっ…」


麗子、ほほを赤らめる。なんだか嬉しそう。そしてもじもじしている。


というか、僕はただ自転車で女の子を助けただけだ!たったそれだけで、何故巨大財閥の跡取り息子に!?!?


そもそも一体いつ、僕の事を調べた?調べるにしても時間が短すぎる。僕は聞いた。


「その程度であれば五分で完了する。それがコンツェルン、巨大財閥の実力だ。佐伯!佐伯をここへ」


佐伯、物陰からそっと顔を出し、ニヤリと怪しげな笑顔を浮かべた!


いかにも密偵!上下黒のスーツ。そしてもちろんサングラスだ。マトリックス風で、聞くまでもなく「影」。情報収集、その他暗殺などの隠密行動を即座に実行しててそうな雰囲気だ!


彼の中では密偵=佐伯なのだろう。「さしすせそ行」が含まれた言葉は、なんとなく「密偵」が似合うよーな気がする。冷酷。ただ、頭は切れる。冷静沈着さと、冷酷さを併せ持った名前が「さしすせそ行」の名前、つまり佐伯だ!←まぁどうでもいい。


彼は話しを続ける。



あまりにも突然の申し出に、さすがの僕も驚く。そして言ったんだ。


「いや待ってください!僕は単なる派遣社員ですよ!ふつうの庶民ですよ!それが突然、巨大コンツェルンの跡取りだなんて、いくらなんでも突然過ぎますよ!」


そしたら、父親は当たり前のように反論するんだ。


「派遣だろうが、なんだろうが、ワシはそういう事は関係ない。気にしない。大切なのはその人の人間性だ。人となりだ。金持ちでも腐った人間は山のようにいる。ワシが一番大切にしたいのは、その人がどういう人間で、どのような生き方をしているか?だ。確かに君は派遣社員だ。ただ君の仕事に対する取り組み方、その真摯な姿勢は、特筆に値するところがある。わしは小村君、君の事が気に入ったんだ。きっと君になら、大久保コンツェルンを任せる事ができる。わしも安心して引退することが出来るのだ。」


と、父親。何やら悟りきったような表情。


そして母親、そして麗子も優しい笑顔で、すべてを納得したような表情で僕の事を見つめた。「さぁ我が大久保コンツェルンの跡取りになってください!」という雰囲気。


それは佐伯も吉田も同様。


ただ、僕は言ったんだ。サラリと。




「それは大変光栄なお話ですが、ご遠慮させていただきますよ」



え?



一同、驚きと落胆の表情を見せる。



僕は続ける。



「大切なのはお金ではないのですよ。僕にはお金はどうでもいいのです。僕は何より自由を大切にします。お金ならその気になればいくらでも稼げます。ただ、それは自分の意志ではない。派遣には自由があります。自由の風があります。だから僕は派遣社員なのです。総資産560兆の財閥も、僕には興味ありませんよ」


僕の予想外の発言に、一同、驚きを隠せない。何故?一体何が不満?そんな表情。


「そうか…、残念だ・・。ただ、わしは諦めない性格、しつこい性格だと伝えておくよ。わしはますます君の事を気に入った。大久保コンツェルンの将来の為にもわしは君の事を諦めない」と父親は言い、佐伯に目くばせをする。


佐伯、承知致しましたという表情。きっと自分を大久保コンツェルンに引き入れる為、いろいろと策を講じるつもりなのだろう。


「あ、そういえばお手当を忘れておりましたわ。早くお手当をしないとばい菌が入ってしまいますし…」と麗子。


多少涙目になっているが、それでも元気さを振り絞るような表情。


「ではわたくしが…」と吉田、救急箱を持ってこさせるが、


「吉田!下がりなさい!わたくしがやりますわ!」と麗子強く言う。完全に恋する女の子の目つきだ。


消毒液をコットンにひたし、ピンセット越しに怪我した僕のひじに優しそうに触れる。しみませんか?しみませんか?としきりに麗子は心配をするが、大丈夫、ぜんぜん染みないよと僕が言うたび、ほっとした表情を見せていた。麗子、いい子だ。


そして彼女はそっと僕の耳元でこうつぶやいた。


「今度、小村さんのお宅へ遊びに行ってもいい…??」



そして僕はこう答えたんだ。



「もちろんさ。ただその時は、財閥の娘としてでなく、"一人の女の子"…としてね。。」




「かっくいいなぁオレ…」


彼はしみじみ満足げな笑顔を浮かべる。ウィスキーグラスに口をつけた彼は心より充実した笑みを浮かべつつ、深く深く息を吸った。何かを成し遂げた男のみが見せる表情。これが妄想でなければ実に清々しい笑顔だ。


ただ、繰り返す。これは妄想だ。完全に妄想だ。


彼は四六時中、こんな事ばかり考えているのだろうか?だからオマエは派遣なんだ。だからオマエはうだつ上がらない微妙なサラリーマンなんだ。




だいたい僕は思う。




そもそも見ず知らずの男が突然家にやってきた時に、家族が温かく迎え入れてくれるだろうか?とゆーか、この父親、平日なのに仕事はしてないのだろうーか???佐伯は昼間からサングラスをしてるのだろーか?



僕の妄想は、↓こうだ!



「は?貴方何者?麗子を助けたって?それだけでズケズケと家まで上がり込もうって????図々しいにも程がありますわ!」最初から激高する母。


「母上様!違うの!それは違うの!」たしなめようとする娘。


「汚らわしい!実に汚らわしい!」母の怒りは収まらない。


「かあさんやめて!助けてもらったお礼に、私が無理に家に呼んだの!そんな人じゃないの!」娘なだめようとするが、まるで収まらない。止まらない。


「吉田!吉田はどこ!」(奥様)


「奥様、吉田でございます」吉田登場。


耳元で「~~を持ってらっしゃい…。」とつぶやく。


「はっただいま。」(吉田)


「これもって引き取っていただけますか?」


と、母親、吉田から渡された包みを、地面に投げ出す。



札束が3冊。300万だ。



小村喜んでそれを拾い、そのまま満面の笑みで帰るというのが、僕の想像だ!



そして家を出る小村の背後で、


「吉田!塩!塩を持ってらっしゃい!」と叫ぶ母の声が聞こえる。


まー、そんな感じ。




とゆーか、そもそもたまたま踏み切りにいた時、女の子が目の前で転び、それが財閥のご令嬢だなんて奇跡は、鼻毛が髪の毛並に伸びる事と同じぐらい奇跡が必要かと思う。小指が親指ぐらいの太さになるぐらい、あり得ない事だと思う。


そんな偶然、あったら味わってみたい。寧ろ、裏庭から金塊が出る確立の方が高いと思う。





ま、そんなトコだ。





「もうひとつ話があるんだ。それは僕がコンビニで買い物をした時の話でね…」





と彼は続けようとした。





もういいw もういいw





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