罪と罰 1
会議室で喜屋武が来るのを待つ間、室内は緊張と静寂に包まれていた。
誰が銃丸の内通者なのか――
その疑念が幹部全員の心を重くしていた。
この重苦しい空気から抜け出したくて、仲宗根が口を開いた。
「ちょっとお手洗いに。」
大城が軽くうなずく。
仲宗根は席を立ち、会議室を出てトイレに向かった。
その途中、通路の端で組員が周囲を見渡しながら携帯を操作しているのを目にした。
「何してるんだ?」
声をかけると、その組員は驚いた様子で振り返った。
「あっ!」
「仲宗根の親分!お疲れ様です。」
と、お辞儀をする。
「おう…いや、メールでも打ってたのか?」
「あ、はい、そうです…」
「見せろ」
仲宗根は組員の携帯を取った。
「ああ、ちょっと…!」
画面には「母」と表示され、その下に母親を気遣う内容のメールが並んでいた。
仲宗根は携帯を返しながら、
「すまん、悪かった」
と、謝った。
用を足して会議室に戻ると、喜屋武が到着しており、地図らしき物を片手に持ちながら椅子に腰掛けていた。
「お疲れ様です、仲宗根の兄貴」
「じゃあ、始めようか」
大城の一声で会議が始まった。
仲宗根は比嘉の隣に座る。
「これが見取り図です」
喜屋武が紙を広げて説明を始めた。
それは金城組の見取り図で、知り合いの不動産業者から手に入れたものだという。
「裏口からの侵入が最も効率的です。見張りは一人で、監視カメラもありません。夜になると警備がさらに手薄になります。この裏口を入るとすぐ階段があり、それを上れば最上階の組長室に直接行けます。ボスの鴻巣はそこにいるはずです」
大城はゆっくりとうなずいた。
「銃は静かなほうがいいだろうな。近隣に聞こえる恐れもあるし」
比嘉がタバコに火をつけながら案を出す。
「武器は俺が用意します。いい武器屋を知っていますから」
仲宗根が提案した。
大城が立ち上がり、部屋を見渡した。
「明日の午後0時、決行だ!」
室内の空気がさらに引き締まる。
「今日は解散だ。明日、この戦争の幕を閉じよう!」
幹部全員が立ち上がり、
「はい!」
と、力強く返事をした。
その夜。
武器商人から銃を仕入れて事務所に戻ると、仲宗根の携帯に電話がかかってきた。
相手は比嘉だった。
「もしもし?」
「俺だ。今、大丈夫か?」
「えぇ」
「飯でも行かないか。明日は本部襲撃だろう。もしかしたら死ぬかもしれねぇからな」
「なんですかそれ」
仲宗根は笑いながら答える。
「いいですよ。行きましょう」
「よし。昔行った平和通りの焼肉屋、覚えているか?そこにしよう」
「はい、わかりました」
平和通りに入り、観光客で賑わう商店街を抜け、路地裏の飲み屋街に足を踏み入れる。
狭い通りに所狭しと並ぶ店々からは、楽しげな声が漏れ出していた。
右手に目的の焼肉屋が見えた。
20年ぶりの訪問だったが、店内の雰囲気は昔とほとんど変わらない。
ただ、看板だけは新しくなっていた。
奥のテーブル席に目を向けると、ビールを片手に比嘉が座っていた。
仲宗根に気づき、右手を上げる。
「よう、晃。久しぶりだな、二人で飯食うの」
「えぇ、本当に久しぶりですね」
比嘉の勧めで好きなものを注文し、乾杯を交わす。
「とうとう明日だな」
比嘉がタバコをくわえて、仲宗根は火をつけた。
「えぇ」
「この戦争でいろいろあったな。会長の死、仲間の死、お前の大怪我…」
「極道って、それの繰り返しですからね」
「だな」
比嘉は灰皿にタバコを押し付けながら、ふと口を開いた。
「俺はな、この件が終わったら、この世界から足を洗おうと思っている」
仲宗根は箸を止め、驚きに目を見開いた。
「足を洗うんですか?」
「あぁ。残りの人生、平凡に暮らしたい。人を殺めて金を稼ぐよりな。俺には夢がある。離島で飲食店を開くんだ」
「…兄貴」
沈黙の時間が流れた。
「悪い変な空気にしてしまったな」
「いえ、その夢絶対叶いますよ。何があっても俺は兄貴の味方です。何かあればいつでも頼ってくださいよ」
比嘉は酒を飲み干し微笑み
「ありがとう」
と、言った
腕時計を見ると午後九時を回っていた。
客が増え、店内は賑わいを見せている。会計を済ませた後、仲宗根は比嘉に近づき、力強く言った。
「兄貴、明日は絶対に鴻巣のタマを取って、生きて帰りましょう」
比嘉は頷き、静かに答えた。
「あぁ」
銃に弾を込め、銃口に細長いサイレンサー(消音機)を装着して懐にしまった。
仲宗根、大城、比嘉、喜屋武と、残り六名の組員も同時に銃を装備した。
時刻は午後11時を回っている。
あと1時間後、銃丸の本部拠点地に襲撃を仕掛ける予定だ。
「お前ら!気合い入れてけよ!」
と、大城が声を上げた。
「はい!」
銃丸本部に着き、裏口に近くの道路に車を止めた。
扉に近づき、比嘉は裏口のドアノブに手をかけた。
その瞬間、仲宗根の胸の鼓動が激しくなった。
内通者が銃丸に情報を渡している可能性がある。中で何が起こるのかわからない―
そんな恐ろしい想像が頭をよぎり、足が動かなくなりそうだった。
ドアを開け、比嘉が中に入る。
それに続いて仲宗根も足を踏み入れた。
長い廊下が正面に続いていて、そこには人影が見当たらない。
次のドアを開けると階段が現れた。
背後にいる大城が深く息を吐く。
その顔には汗がにじみ出ており、少し震えている。
「頭、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。行こう」
少し反応が遅れた。
階段でトップの鴻巣がいると思われる最上階を目指す。
壁に設置されている監視カメラを壊しながら、足音を立てずにゆっくりと階段を上る。
その時、階段から誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。
全員が足をピタリと止め、階段の物陰に身を隠した。
足音は徐々に近づいてくる――
カツ、カツ、カツ、と。
「俺がやります」
仲宗根が囁いた。
階段の先に敵の姿が現れた瞬間、仲宗根は男の口を押さえ、腹部に鉛の弾を撃ち込んだ。
銃丸の男は力を失い、その場で崩れ落ちた。
「行きましょう」
再び階段を上がる。
最上階に到着した。
長い廊下が続いており、一番奥の部屋が組長室だ。
喜屋武が用意した見取り図のおかげで、ここまで安全にたどり着くことができた。
あとは鴻巣を殺し、脱出するだけだ。
その時、右側のドアが開き、銃丸の手下が10人ほど姿を現した。
「待っていたぜ、勅使河原会のクソども。」
銃を持った男が笑顔を浮かべる。
「ここがお前らの墓場だ!」
と、銃を乱射してきた。
仲宗根たちは、慌てて壁に身を隠した。
銃丸が放った弾が、勅使河原会の組員に命中した。
「クソ!バレてたのか!」
「下がっていてください!」
喜屋武が上着のポケットから手榴弾のようなものを取り出した。
ピンを抜き、銃丸の手下たちに向けて投げる。
次の瞬間、耳鳴りがするほどの轟音が響き渡った。
喜屋武は閃光弾を投げ込んでいた。
敵の視界が完全に奪われる。
喜屋武が物陰から飛び出し、視界を失った銃丸の手下たちを狙って次々と撃ち倒していく。
「もう大丈夫です。行きましょう!」
喜屋武の言葉に、全員が物陰から飛び出した。
その時
「おい!最上階だ!」
階段のほうから大勢の足音が近づいてくる。
「ここは俺たちが何とかします!皆さんは鴻巣のところへ!」
組員たちが叫び、階段を下りて行った。
銃声と男たちの叫び声が響いた。
「行くぞ!」
大城が、鴻巣が居るであろう部屋のドアの前まで移動した。
「おら!」
と、ドアを蹴破り中に入る。
とうとう銃丸のボス、鴻巣と対面する。
仲宗根の胸の鼓動が再び早くなる。
彼も後に続いた。
部屋の中央の椅子には、顔に傷のある鴻巣が腰を下ろしていた。
仲宗根たちに動じることなく足を組み、悠然と座っている。
全員が銃口を彼に向けるが、妙な緊張感が仲宗根を襲い、汗がにじみ、手が小刻みに震えた。
鴻巣が拍手をしながら口を開く。
「さすが沖縄の指定暴力団、勅使河原会だ。俺は甘く見ていたようだ」
そう言うと拍手を止めた。
「台湾から東京まで、銃を密輸するのは金がかかりすぎる。だから、一番台湾に近いこの沖縄で活動しようとしたんだがな」
「それで邪魔な俺たちを消そうってか」
大城が銃を向けたまま言い放つ。
「峯岸、宇野山はお前らがあの世に送り、そして崎、後藤は裏切った。…誰もいなくなった…そしてお前らが俺を殺し、銃丸は終わる」




