隠された狂気 6
顔面に衝撃が走り、目が覚めた。
どうやら気絶していたようだ。
「起きろ!」
目を開けると、タンクトップ姿の男が立っていた。
腕に強烈な痛みが走り、視線を手に移すとチェーンできつく巻かれ、宙吊りの状態になっていることに気づいた。
「晃、大丈夫か?」
隣を見ると、比嘉も同じように宙吊りになっていた。
「兄貴!」
周囲を見渡すと、工事用の道具が散乱しており、地面は整備されていない。
どうやら工事途中の建物のようだ。
「やっとお目覚めかよ」
タンクトップの男がため息混じりに呟く。
「はぁ? なんだお前、そのダサくて汚い服。ゴミ処理場で拾ってきたのか?」
比嘉が言い放つ。
「はぁ? なんだジジイ! ゴラァ!」
タンクトップ男が比嘉の頬に拳を振り下ろした。
「おっ、やってるな」
奥から男の声が聞こえ、徐々に近づいてきた。
声の主は銃丸№2後藤だ。手を後ろに組みながら、余裕の表情で歩いてくる。
「仲宗根。比嘉。初めまして」
嘲笑うように言い放つ。
「勅使河原会の最高幹部がこんなみっともない姿になるとはな」
「なんだとこの野郎!」
比嘉が体を揺らすと、宙吊り状態のパイプが激しく揺れ、固定しているネジがギシギシと音を立てた。
ネジは錆びついているようだ。
「おいおい、そんなに動くなよ。お前ら、年なんだから変に動くと体を壊すぞ」
後藤は嘲笑を浮かべながら続ける。
「それにしても、俺の影武者だってよく見破ったな」
「おい!」
仲宗根が声を張り上げた。
「村井を殺したのはお前か?」
「村井? 誰だそれ?」
「№3崎の病室にいた男だ」
「知らないな。俺は崎のところになんか行ってないぞ。まさか崎が裏切るなんてな」
後藤はポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。
「こんな状態のお前らを見ると興奮するな」
「気持ち悪いクソ野郎だな、お前は」
比嘉が唾を吐き、それが後藤のジャケットについた。
後藤は比嘉に近づくと、拳を数回振り下ろした。
「おい、やめろ! やめろ!」
仲宗根が叫ぶと、ようやく手を止めた。
「いいねぇ、その顔。最高だよ」
後藤は仲宗根に向き直り、快感に満ちた表情を浮かべた。
「もっと痛々しい姿になったら、さらに面白いだろうな。でも俺はバスケの試合を見ないといけないから」
言い捨ててその場を去った。
「よーし、やるか」
タンクトップの男は、手をこすりながら奧へと消えていった
「兄貴、大丈夫ですか?」
「あぁ…」
比嘉は血を吐き出しながら応えた。
「どうする?」
「兄貴が動いた時、上のパイプが揺れました。もしかしたら外れるかもしれません。一、二、三で揺らしてください」
「行きますよ。一、二、三!」
二人は体を激しく揺らした。
パイプはギーギーと音を立て、ネジが徐々に緩んでいく。
「あと少しだ!」
さらに力を込めて揺らすとついに鉄パイプが外れ、二人は地面に落下した。
仲宗根は、手首に巻かれていたチェーンを解いた。
その時、足音が近づいてきた。
部屋の陰に身を潜めると、タンクトップの男が部屋に入ってきた。
隙を突いて比嘉が男の背後に回り、首を捻った。痛々しい音を立て、男はその場に崩れ落ちた。
「行こう」
比嘉が静かに言う。
23階の鉄骨がむき出しのフロアを慎重に進む。少しでも足を踏み外せば、即死だ。
階段から上がってくる銃丸の手下二人の姿を確認すると、陰に隠れた。
「仲宗根と比嘉は、今頃地獄を見てるだろうな」
「あぁ、あの人の拷問はチクチクと長引かせるからな」
手下二人がタバコを吸い始めた隙に、仲宗根と比嘉は背後に忍び寄り、首を締め上げた。
激しく抵抗するも、数秒後には力が抜け、地面に崩れ落ちた。
死体の懐を漁り、銃とマガジンを回収した。
「これで戦える」
「だが、静かに行こう。応援を呼ばれたら厄介だ」
階段を下り、一階を目指す。
ようやく壁に「1」と書かれたフロアに到達した。
広々としたロビーに出ると、受付通路の奥から男たちの声が聞こえた。
そっと進むと、スタッフルームから
「よし、いけ! 日本頑張れ!」
と、応援する声が漏れてくる。
後藤の声だ。
「兄貴、奴がいます。」
ドアを静かに開け、室内を確認する。
後藤はソファーに座り、バスケの試合を見ていた。
後ろには手下3人。
仲宗根と比嘉は、即座に手下に銃弾を叩き込んだ。
後藤は驚き、目を見開いた。
「よう、日本は勝ってるか?」
仲宗根が冷たく言い放つ。
「な、なんでお前らがここに…?」
「来い、クソ野郎」
比嘉が後藤の肩を掴み、部屋から引きずり出す。
建物を出ようとした時、階段から銃丸の手下10人が駆け下りてきた。
「後藤さん!おい、後藤さんを離せ!」
比嘉は冷静に後藤の頭に銃口を突きつける。
「これ以上近づけば、こいつの脳みそをぶちまけるぞ。武器を捨てろ」
「…クソ」
手下たちは躊躇しながらも銃を投げ捨てた。
直後、仲宗根と比嘉は引き金を引き、銃丸の手下たちを全員撃ち抜いた。
「兄貴、行きましょう」
車が駐車してあったので、窓ガラスを割り鍵を開けた。
運転席に座り、赤と青のコードを操作してエンジンをかける。
「かかりました。乗ってください」
比嘉は銃丸№2後藤を車に押し込め、助手席に乗り込む。
アクセルを踏み込み、急いでその場を離れた。
銃丸№2後藤を倉庫に監禁した後、比嘉の傷を治療するため医者に向かった。
今日は喜屋武の退院の日でもある。
病室へ向かうと、彼は荷物を詰めている最中だった。
「仲宗根の兄貴」
喜屋武が顔を上げて、笑みを浮かべた。
「よう、やっと今日で退院だな」
「えぇ、今日からまた暴れますよ」
彼の笑顔は元気そのものだ。
「それで、銃丸№2はどうなったんですか?」
喜屋武が興味津々に訊いてきた。
「あぁ、今、倉庫に監禁している」
「え! 銃丸№2後藤をですか! 流石ですね!」
目を輝かせる喜屋武。
「まぁ、兄貴は怪我したけどな」
仲宗根は肩をすくめて答える。
「えっ、比嘉の兄貴、大丈夫なんですか?」
「今、医者で手当て中だ。これで後藤から本部のアジトの場所を聞き出せば、この抗争も終わる」
「とうとう、この抗争が終わりますね。」
喜屋武の顔がほっとしたように緩んだ。
「あぁ、あと一歩だ」
病室のドアが開いた。
「晃 終わったぞ」
振り返ると白いガーゼを顔に貼った比嘉だった。
「おう、喜屋武」
「比嘉の兄貴どうも、怪我大丈夫ですか?」
「あぁ、晃、あいつの所に行こう」
仲宗根に目線を移した
「兄貴、俺もご一緒にいいですか?」
二人は振り返り頷く。
喜屋武は、急いで荷物を持ち病室から出た。
仲宗根の所有している倉庫がある港に入った。
仲宗根組若頭の村井が死去したため、今はビジネスは一時的に休業している。
従業員は一人もいない。
倉庫の中に入ると、口にはガムテープを貼られ南京錠で吊されている№2後藤が三人を睨んでいた。
「お疲れさん。もう帰っていいぞ」
見張りの組員にそう告げると
「失礼します」
と、倉庫から出て行った。
「こいつが銃丸№2後藤ですか」
喜屋武が口を開いた。
比嘉は後藤に近づく。
「なぁ、今からお前に質問する。変な真似したらわかってるな?」
銃丸№2の後藤は、ゆっくり頷いた。
「よし」
思いっきりテープをはがした。
「殺すなら殺せ…」
「じゃ死ぬ前に質問に答えろ、お前のボスはどこにいる?」
「…」
「言え!ボスはどこにいる!」
「…」
「銃丸のボスの居場所を知りたいだけだ。言え」
後藤の顔面に銃口を突き付ける。
後藤は息を吐いた
「吐いたところで、あんた等は何もできねぇ。どうせ死ぬんだし・・現在は金城組本部だ」
「金城組本部?」
聞き返した。
金城組は沖縄の中でも武闘派ヤクザの一つだった。
今から八年前の1998年、組長の金城が病死、そして組織は徐々に弱体化していったため解散した組だ。
「あそこは解散したはずだ」
「あの場所は広さもいいし、周辺には住宅もあまりないから、ボスが気に入って購入したんだ。あそこが現在、銃丸の本拠地になっている」
「そうか」
比嘉は少し背筋を伸ばし、後藤の手を縛ってあるチェーンを外した。
「ほら行け」
「ちょっと待ってくれ。殺さないのか?」
後藤は、比嘉の予想外の行動に驚いていた。
「あぁ、極道はなお前らと違うんだよ。ちゃんと筋を通す」
すると奴の口から衝撃的な要求された。
「…俺を殺せ」
その言葉に三人は驚いた。
「銃丸に捕まったら酷い仕打ちが待っている」
後藤が比嘉に近寄り、胸ポケットから銃を抜いた。
「俺に近づくな」
三人交互に銃口を向け、全員体を止めた。
「動くなよそこから」
「銃を下ろせ」
後藤は、自分のこめかみに銃を向けた。
「あと…最後に言っておくか…」
「あんたらの組に…銃丸のスパイがいる」
「は?」
彼の言葉に思わず息を吞んだ。
スパイ…
その瞬間、バン!と爆音が響き、後藤は膝から崩れ落ちた。
こめかみから血が溢れ、地面に流れた。
比嘉は後藤の亡骸に近づき、地面に落ちた銃を手に取り懐にしまった。
「…処理、頼んだぞ」
そう言い残し倉庫から出て行った。
「仲宗根の兄貴、勅使河原会に裏切者がいるって、こいつのウソですよね…」
噓だと信じたいが、襲撃の失敗やキャバクラに俺たちがいることも把握していた。
まるで、隣で俺たちの話を聞いているかのように…
内通者がいるとしか考えられない。
「まぁ…まずはこいつを処理しよう。足を持て」
後藤の遺体を持ち上げ倉庫から出た。




