終末への予兆 2
今、喜屋武の腹部から弾を取り出す手術が行われている。
仲宗根たちは待合室で待っていた。
「頼むぞ…」
仲宗根は祈るように念じていた。
大城は先ほどの襲撃のせいで体調を崩し、比嘉がタクシーを呼んで本家まで送った。
仲宗根は疑問を感じた。
大城は過去にも襲撃に遭っている。
その時は真っ先に立ち向かい、返り討ちにした。
だが、今日の姿は弱々しく、まるで別人のようだった。
「自分のせいで喜屋武の組長は…」
隣に座っていた村井が呟いた。
「村井、自分を責めるな」
あの時、村井が弾を落とし、それを拾おうと物陰から出た。
その瞬間、銃口が村井に向けられた。
喜屋武はそれを見て、村井の盾になったという。
足音が近づいてくる。
ドアを開けて入ってきたのは、大城を送り届けた比嘉だった。
「まだ手術、終わってないのか?」
「えぇ」
「助かってくれ…喜屋武まで失ったら…」
再び足音が近づいてきた。
仲宗根と村井は椅子から立ち上がる。
ドアが開き、医者が入ってきた。
「どうですか、先生?」
医者はふぅと息を吐いた。
「何とか一命を取り留めました」
「よかった…」
仲宗根は安堵し、村井は椅子に崩れ落ちた。
「今、話せますか?」
「いえ、まだ麻酔が効いているので寝ています。明日になれば話せるでしょう」
電話の着信音で仲宗根は目を覚ました。
時計を見ると午前七時半だった。
こんな時間に電話をかけてくる人は珍しい。携帯を手に取り電話に出た。
「はい、もしもし」
「あぁ、俺だ。悪いな、こんな朝から」
声の主は刑事の先輩、前田だった。
こんな時間に電話をかけてくるなんて…。
「先輩、おはようございます。どうしました?」
「あの半グレ組織のアジトがわかったぞ」
一気に目が覚めた。
「トップのアジトではないが、幹部だと思う」
「どこですか?」
「えーと、那覇市十五番地の八八五七だ」
仲宗根はペンを取り、住所をメモした。
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「おう、支払いは口座に入れとけよ。やっと住所がわかったぜ。銃丸は厄介だな、早く始末してくれよ。そしたら俺たちの手間も省けるからよ」
電話越しにライターの着火音が聞こえる。
「また何かわかったら連絡するからな」
「よろしくお願いします」
電話を切った。
仲宗根はクローゼットからスーツを取り出し、着替えて家を出た。
まずは喜屋武の様子を見に行くため、再び闇医者の所へ車を走らせる。
駐車場に車を止め、辺りを見渡してから病院の中に入った。
「仲宗根さん」
受付に座っていた医者が話しかけてきた。
「おはようございます、先生。喜屋武の様子はどうですか?」
「かなり回復しています。もう話せるようになりましたよ。しかし、運がいい人だ」
腕を組みながら続けた。
「もう少し右にずれていたら亡くなっていたでしょう」
先生に改めて頭を下げた。
病室のドアに手をかけた時、中から男の声が聞こえた。
「喜屋武の組長、本当にすみません…俺が隙を見せたから…」
村井が先に来ているようだ。
あいつは昨日のことを引きずっている。
ドアを開けると、村井が深く頭を下げていた。
「だから、いいって。あんまり自分を責めるな」
喜屋武は上半身を起こして座っていた。
気づいたのか、こちらに目線を移した。
「仲宗根の兄貴、お疲れ様です」
挨拶をする。
村井も立ち上がり
「組長、お疲れ様です」
と、頭を下げた。
「おう、隆二、大丈夫か?」
「えぇ、なんとか。いててて…」
歯を食いしばりながら腹部を抑えた。
仲宗根は思考を巡らせていた。
なぜあいつらは、俺たちがあの場所にいるとわかったのか?
キャバクラに行くことを知っているのは俺たち五人だけだ。
尾行されていたのか?
いや、怪しい車も人影もなかった。あいつらは、俺たちの行動をそばで聞いていたかのようだった…。
ドアが開く音が聞こえた。
片手にバッグを持った比嘉が入ってきた。
「あっ、兄貴。お疲れ様です」
仲宗根はお辞儀をした。
村井も同様にお辞儀をした。
「よう、喜屋武。大丈夫か?」
「えぇ、なんとか大丈夫です」
「そうか、よかった。お前まで失ったら…」
比嘉はカバンからバナナを取り出し、
「ほら」と、喜屋武に渡した。
「あっ、ありがとうございます。」
喜屋武は嬉しそうに皮をむき、頬張った。
「そういえば兄貴」
仲宗根が比嘉を呼んだ。
「あいつらのもう一つのアジト、わかりましたよ」
三人は驚いて目を大きく開いた。
「ここです」
仲宗根は胸ポケットから、住所を書き写した紙を取り出し見せた。
「那覇市十五番地八八五七…ここから遠いな」
この病院は北部のやんばるにあり、那覇市は南部だ。ここから約一時間以上はかかる。
「どっから仕入れた?」
比嘉が訊いた。
「今朝早く、県警の前田さんから電話がありました」
「前田…組織犯罪対策課の? あぁ、お前の先輩の。警察の人間か。だったら期待できるな」
村井は鋭い眼差しで一点を見つめ、
「行きましょう!」
と、声を上げた。
部屋のドアノブに手をかけたその時――。
「待ってください! 俺も行かせてください!」
喜屋武が呼び止めた。
「気持ちはわかるが、今は安静にしておけ」
「お願いします!俺も行かせてください!」
「ダメだって言ってるだろう! お前が死んだらどうする! お前はまず体を直せ!」
比嘉の声が病室中に響いた。
「すみません…」
三人は病室を後にした。




