終末への予兆 1
「なんだろうな。頭から呼ばれるなんて」
「いや、わかりません」
「ここみたいです」
運転している村井が言った。
「ここ?」
仲宗根は驚いた。
そこはキャバクラだった。
見るからに高級な店だ。
「はい、そうみたいです」
二人は車から降りた。
駐車場には黒塗りの高級車が四台停まっていた。
その中には組員が待機している。
扉を開けると仲宗根は再び驚いた。
客が一人もいない。
普通、こういう店には羽目を外したサラリーマンたちが多くいるはずだが…。
「おう、仲宗根。こっちこっち」
一番奥の席で大城が手招きした。
その隣には比嘉と喜屋武の姿があった。
仲宗根たちは彼らのほうに歩いた。
「頭、お疲れ様です。今日はいったい…?」
「お前の退院祝いだよ」
「それに銃丸№4の宇野山のタマを取ったからな。よくやった。村井もな、よくやったぞ」
大城が肩をたたいた。
「ありがとうございます」
村井は一礼した。
「あと、なんで客がいないんですか?」
「貸し切りにしたんだよ」
「えっ、恐れ入ります」
「いいんだよ。ほら、座れ」
仲宗根は大城と比嘉の隣に腰を下ろした。
酒は飲めないが、この場で酒を断るのは失礼だ。
今日は無理に流し込むか…。
「ほら」
大城が仲宗根にシャンパンを渡してきた。
「これ、ノンアルコールだからな。お前、あんまり酒が得意じゃないだろ?」
「あっ…はい」
仲宗根はホッとした。
「なぁ、晃」
比嘉が仲宗根を呼んだ。
「襲撃の時にお前が俺の盾になっていなかったら、俺は死んでいた…」
比嘉は仲宗根の肩に手を置いた。
「お前は命の恩人だ。ありがとう」
「いえ、兄貴を守るのが舎弟の仕事です」
比嘉は笑顔を見せ、シャンパンを飲み干した。
「おーい、みんなおいで」
大城が再度手招きをした。
その方向を見ると、五人の綺麗な女の子たちがこちらに歩いてきた。
一人ずつ挨拶をし、各幹部の隣に座った。
楽しい宴が始まった。
しばらくすると、大城の着信音が鳴った。
携帯を開き、
「ちょっとごめん」
と、席から少し遠くへ歩いて行った。
大城が顔を曇らせて戻ってきた。
先ほどの明るい表情は消えていた。
「どうしたんですか? 頭」
「あぁ…。刑事の前田さんからだ」
先輩から? 彼からの直接の電話は珍しい。
深刻そうな話を察して、女の子たちは席を外した。
「捜査一課の刑事が俺のことを調べているみたいだ」
全員、飲む手が止まった。
「どういうことですか?」
「今日、前田さんの部署に捜査一課の刑事が来て、俺の写真を見せてきたみたいだ。この男、知ってないか? ってな」
なんで捜査一課が頭を調べているんだ?
抗争で一課が動き出したのか…いや、それなら俺たち全員のことを調べるはずだ。
よりによって、なんで頭だけが?
「まぁいい。今日はめでたい日だ。楽しもう」
大城が明るい表情を浮かべ、女の子を呼んだ。
大城は「よし!」
と立ち上がり、こう言った。
「今日は仲宗根の退院祝いと宇野山のタマを取った祝いだ。仲宗根と村井に、一番高い酒を持ってこい!」
若いウェイターが二百万円はするボトルを持ってきた。
「失礼します」
と言い、ボトルをテーブルに置いた。
「来たぞ、来たぞ。飲め、飲め」
大城がボトルを持ち上げ、仲宗根のグラスに注いだ。
しばらく経ち、仲宗根以外の全員がべろべろに酔っぱらっていた。
尿意を感じた仲宗根は席を立った。
「ちょっと失礼します」
トイレに入り、用を足しながら
「今日は俺が生きてきた中で一番楽しい飲み会だな」
仲宗根は囁いた。
水を流し、手を洗っているとき、奥の窓から男たちの声が聞こえてきた。
「今、酔っぱらってますかね?」
「二時間待っているからな。べろべろだろう」
仲宗根は窓に近づき、耳を寄せた。
「もう行ってもいいな。厨房から入るんだぞ」
「わかりました」
男がある名を口にした。
その瞬間、仲宗根は背筋が凍るような感覚に襲われた。
「じゃあ行きましょう…崎さん」
崎…銃丸の№3だ…。
なんでここに? まずい、俺以外全員泥酔してる…。
早く戻らないと。
「宇野山と峯岸の仇討ちに行くぞ!」
仲宗根は急いでトイレから出て、幹部四人の所に向かった。
「皆さん! 逃げましょう!」
と、声を上げた。
「銃丸の奴らが来ます…!」
「え?」
全員が驚愕した。
すると、バン! と厨房からドアを蹴り破る音が聞こえた。
「ほら君たちも早く逃げて!」
女の子たちは急いで立ち上がり、店の奥へと走っていった。
「立てますか? 頭」
「あぁ」
急いで立ち上がった。
大城以外の全員が銃を取り出した。
五人は一気に酔いがさめた。
「頭をみんなでガードするぞ!」
比嘉が言い、大城を囲みながら出口に向かった。
「いたぞ!」
と、銃丸の奴らがマシンガンを発砲してきた。
テーブルに置いてあったワインの瓶が次々と割れ、シャンデリアも床に落ちた。
五人は柱に身を隠した。
コンクリート製の柱は弾丸でボロボロになっていく。
白い煙が店内に充満した。
「このままじゃ、やばいですよ!」
喜屋武が叫んだ。
「なんで若い衆の奴らは来ないんだ?」
大城が声を上げた。
駐車場にいるはずの組員が来ない。まさか…。
「皆さん、俺が援護します! その間に外に出てください!」
村井が叫んだ。
「村井、俺も援護する!」
喜屋武が銃をコッキングした。
「皆さん、行ってください!」
喜屋武が叫ぶ。
「死ぬなよ、村井、喜屋武!」
仲宗根はそう言いながら大城を連れて外に出た。
車に乗っていた組員たちは全員死んでいた。
外まで複数の銃声が響いてくる。
仲宗根は乗ってきた車に大城と比嘉を乗せ、エンジンをかけた。
車を店の入口近くに止め、村井と喜屋武を待った。
仲宗根は不安に襲われながらも、二人が来るのを待ち続けた。
大城は衝撃のせいか放心状態になっていた。
すると、ドアが開き、村井が喜屋武の肩を担ぎながら出てきた。
「喜屋武の組長が撃たれました!」
村井は喜屋武を後部座席に乗せた。
「村井、早く乗れ!」
ドアから銃丸の手下が現れた。
仲宗根が素早く撃ち、手下を倒した。
村井が助手席に乗り込むと、仲宗根はアクセルを力強く踏み込み、猛スピードで駐車場から出た。
「喜屋武、大丈夫か?」
「あ…はい…。」
腹部を抑えながら、喜屋武は苦しそうな声を絞り出した。
出血が激しい。このままだと危険だ。
銃声が徐々に遠ざかっていく。
「もう大丈夫みたいです」
「頭、大丈夫ですか?」
「あぁ…ああ…大丈夫だ…」
大城はかすれた声で答えた。
「おい、晃、医者の所に向かえ!」
比嘉が命令した。
「わかりました!」
仲宗根はさらに速度を上げ、医者の所へ向かった。




