隠された真実 1
南城は捜査一課の廊下を歩いていた。
課長に、津波古株式会社専務取締役の件を報告するためだ。
デスクに座っている課長に声をかけた。
「課長、津波古株式会社への聞き込みの報告をします」
課長が南城に顔を向ける。
「で、どうだった?」
「専務取締役の前里によれば、犯行に使われた車は営業用の車だそうです」
「ということは、その社員に事件への関与の可能性が?」
「いえ、前里によると、その車は盗難に遭ったそうです。営業中に、社員が腹を壊して公園のトイレに行った隙に盗まれたとか」
課長は腕を組み、目を細めた。
「つまり、盗難車か。じゃあ、その車を探せばいい。ナンバープレートは分かっているんだろう?」
南城は身を乗り出して言った。
「ですが、その話には虚偽の可能性があると感じています」
課長は驚いた表情を浮かべた。
「虚偽だと?どういうことだ?」
南城は続けた。
「聞き込み中、専務の前里の表情からキナ臭さを感じました。社を出る際、前里が慌てた様子で地下駐車場へ走っていったので、尾行したところ、山奥の廃墟に辿り着きました。そこで、彼はある男と話をしていました」
「どんな話を?」
課長が問い詰めるように訊く。
「前里は、『今日、刑事が来た』と話していました。すると相手の男が、『打ち合わせ通り話したか?』と確認していました。恐らく、相手は裏社会の人間だと思います」
「裏社会の人間だと?何か根拠があるのか?」
南城はうなずき、続けた。
「前里が、『そちらの方は順調ですか?』と訊くと、その男は『ちょっと抗争になっている』と答えていました。抗争という言葉からして、相手は裏社会の人間である可能性が高いです」
課長は険しい表情になった。
「じゃあ、専務の前里が今回の事件に関与している可能性が高いってことか」
「はい、その可能性は十分あります。さらに、この相手の男の写真があります」
南城は胸ポケットから写真を取り出し、課長のデスクに置いた。
課長は写真を手に取り、大柄な男の顔をじっと見つめた。
「分かった。まずはこの男の顔写真を組織犯罪対策課に持っていけ。何か分かるかもしれん。それと、津波古株式会社のことも洗いざらい調べろ」
課長は写真を南城に返した。
南城は捜査一課を後にし、組織犯罪対策課へ向かった。
扉を開けると、中では強面の捜査官たちが忙しそうに動き回っていた。
現在抗争中ということもあり、刑事たちは慌ただしい様子だ。
廊下を進み、部屋の端のデスクに座る課長の前田に声をかけた。
「失礼します。」
前田はタバコを吸いながら顔を上げた。
「見たことない顔だな。こっちの管轄じゃないよね」
「えぇ、捜査一課の南城です。少しお時間をいただけますか」
タバコを灰皿に押し付け、南城をじっと見た。
「何だ?」
「現在、殺人事件を捜査していまして。この男が捜査線上に浮上しました」
南城は写真を机に置いた。
前田は写真を手に取り、目を細めて凝視する。
「恐らく裏社会の人間だと思うんですが、こちらで何か分かりませんか?」
一瞬、前田の表情が微妙に変わった。
それを南城は見逃さなかった。
「……あぁ。我々も犯罪組織の幹部や組員の顔はある程度把握しているが、この男は見たことがないな」
「そうですか……」
前田は写真を返しながら、気まずそうに目を逸らした。
「悪いね。何も役に立てなくて」
南城は軽く会釈をし
「いえ、お忙しい中ありがとうございました」
と言い残し、部屋を出た。
廊下を歩きながら、南城は前田課長の表情が気にかかった。
写真を見た瞬間、一瞬浮かんだ違和感。
何かを知っている――
だが、隠している。
「前田課長……何を隠しているのか?」
自問しながら、南城は深く息を吐いて再び歩き出した。




