止まぬ血の雨 1
バケツの水を、椅子に縛り付けた銃丸の№5峯岸にかけた。
「ゴホゴホ…!」
峯岸は激しく咳き込みながら顔を上げた。
「起きろ、コラ」
喜屋武が冷たく言い放つ。
アジトでの銃撃戦の後、三人は仲宗根が用意した盗難車を保管する倉庫にいた。
倉庫は簡易的に改造され、「拷問部屋」として使われている。
「どこだよここ…?」
峯岸が震えた声で言う。
「俺が大好きな拷問部屋だよ」
喜屋武はニヤリと笑い、手にしたペンチをわざと見せつけた。
峯岸はパイプ椅子にきつく縛り付けられており、身動きが取れない。
「ゥ…う…。」
峯岸は苦痛に耐えながらうめいた。
その時、仲宗根が荷台に拷問器具とペン、紙を乗せて倉庫に入ってきた。
「ほら、隆二。使えそうなものを持ってきたぞ」
仲宗根は、道具を喜屋武の隣に置いた。
「ありがとうございます」
喜屋武は目を輝かせて答えた。
「俺は外で待ってるからな」
仲宗根はそう言うと外に出た。
「了解です」
「間違っても、吐く前に殺すなよ」
念を押し、仲宗根は扉を閉めた。
倉庫の外はすっかり夜になっており、冷たい風が頬を撫でていく。
港には波の音が響き、月明かりが静かに水面を照らしていた。
「ああああああああああああ!」
峯岸の叫び声が港中に響き渡った。
拷問が始まったのだ。
仲宗根はその声を背に、事務所に向かう。
階段を上り、ドアを開けると中では村井が作業をしていた。
「組長、お疲れ様です」
「シノギは順調か?」
仲宗根が問いかける。
「えぇ、比嘉の組長がドライバーをよこしてくれたおかげで順調です」
「それならよかった。そのドライバーはどこにいるんだ?」
「今、車を取りに行かせています」
村井の言葉が終わると同時に、外で門が開く音がした。
窓から外を見ると、入口の門から赤いオープンカーがスピードを上げて入ってきた。
「おっ、ちょうど帰ってきましたよ」
その車は勢いよく車庫に入ると、一人の男が車から降りてきた。
革ジャンとジーパンを身にまとい、まるで1960年代のロックスターのような格好をしている。
男は階段を上がり、事務所のドアを開けた。
「村井さん、車、調達できました」
「おう、ご苦労さん」
村井が答える。
「はじめまして、お目にかかります!」
男は深々と頭を下げた。
「お前が比嘉の兄貴のところのドライバーか?」
仲宗根が尋ねた。
「はい」
「礼を言うよ。俺たちのビジネスを助けてくれて」
「いや、とんでもありません。助け合うのが一番ですから」
男は丁寧に答えた。
「これからもよろしくな」
「はい、失礼します」
男は一礼し、外へ出て行った。
「いいやつだな」
仲宗根がポツリとつぶやく。
「えぇ、仕事もちゃんとこなすし、人柄もいいです」
村井も同意するように頷いた。
仲宗根は再び倉庫に向かった。
倉庫ではまだ叫び声が響いていた。
「あああああああああああ!」
しかし、突然ピタリと静かになった。
しばらくすると、倉庫の中から喜屋武が出てきた。
彼の服は血で赤く染まり、「ふぅー」とため息を吐いた。
仲宗根は彼に近づいて尋ねた。
「アジトの場所は聞けたか?」
「えぇ、指一本折っただけですぐに吐きましたよ」
「殺ったのか?」
喜屋武は無言で頷いた。
「奥に部屋があるから着替えてこい。あと、その服の処理は俺がやる」
「すみません。ありがとうございます」
喜屋武はそう言うと奥へ歩いていった。
仲宗根は倉庫の中に入った。
中には血まみれの遺体が椅子に縛り付けられていた。
首からはまだ血が流れ落ちている。
手を見ると、5本中3本の爪が剥がされ、足は完全につぶされていた。
「当然の報いだな」
仲宗根は心の中でそう思った。
台の上に目を移すと、ペンチと血が付いたハンマーが無造作に置かれている。
その隣には、字が書かれた紙が置いてあった。
仲宗根はそれを手に取り読んだ。
「普天間三番地」
「うるま市石川 アパートひまわり一階四号室」
――ほかにも複数の住所が記されている。
その時、着替えを終えた喜屋武が戻ってきた。
「これが奴らのアジトですよ」
「本部は?」
「こいつら、本部を転々としてるみたいです。本部集合の際は当日に場所を知らせるらしいです。それから、他の住所は武器密売をしている拠点みたいですよ」
「そうか…。で、こいつの携帯は?」
「数日使ったら捨てるみたいです」
喜屋武は壊れたガラケーを手渡した。
「相当慎重だな」
仲宗根はつぶやき、周囲を見回した。
「死体の処理は俺たちがやる。お前は帰っていい」
「いや、俺も手伝いますよ」
「いいよ。俺がやっとくから、ご苦労さん」
仲宗根は喜屋武の肩をたたいた。
「すみません、お願いします」
喜屋武は一礼し、倉庫から出ていった。
仲宗根は情報の書かれた紙をポケットにしまい、倉庫を出た。
「ご冥福をお祈りするよ」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、タバコをくわえた刑事の前田が立っていた。
「先輩?何してるんですか?」
「勅使河原会長が殺られただろう。お前が消極的になってるかと思ったが、そうでもなさそうだな」
前田は倉庫の中に目をやり、死体を見て言った。
「へぇ、もう殺したのか」
「……。」
「いよいよドンパチが始まるな。ところで、撃たれたんだろ?大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。」
「俺も忙しくなりそうだ」
前田は面倒くさそうにため息をつき、軽く背伸びをした。
「先輩、お願いがあります。銃丸の奴らの情報が出たら、俺に提供してくれませんか?」
「え? まぁ、わかったよ。お前には世話になってるからな。情報が出たら電話する。ただ、金はかかるぜ」
仲宗根は無言で頷いた。
前田はタバコをふかしながら、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
仲宗根が事務所に戻ると、村井が電話をしていた。
「うん、だから大丈夫だって。心配しないで」
村井は電話の向こうに穏やかに話しかけていた。
仲宗根に気づき、村井は立ち上がりお辞儀をした。
「ごめん、切るよ」と携帯を胸ポケットにしまう。
「すみません、組長」
「親父さんか?」
「えぇ、何年も帰ってないんで」
村井の父親は東京に住んでいる。
12歳の時に母親を事故で亡くし、父親が一人で彼を育てた。
「たまには顔を見せに帰らないといけないぞ。親父さんはお前の顔が見たいんだろ」
「ありがとうございます」
村井は小さく頭を下げた。
「ところで、仏(死体)の処理をしたいんだが」
「はい、わかりました」
村井と共に、再び倉庫に向かう。
「うわ…」
倉庫に入った村井は思わず口を押えた。
「喜屋武の仕事だよ」
仲宗根は淡々と答える。
「喜屋武の組長がですか…?」
村井はブルーシートを持ってきて死体の横に広げ、若い衆と共に遺体の処理を始めた。
ブルーシートで遺体を巻き、紐で縛り、車のトランクに乗せる。
その後、仲宗根と村井は車を走らせた。
「アジトの場所はわかったんですか?」
運転しながら村井が聞いた。
「本部の場所まではわからない。ただ、本部は幹部にも知らされないらしい。一度使った本部は二度と使わないようだ。携帯に連絡が来るのを待とうと思ったが、こいつの携帯は壊されていた。どうやら使い終わったら捨てるみたいだ」
「慎重な奴らですね」
「あぁ、まったくだ」
仲宗根は携帯を取り出し、廃棄処理場の社長に電話をかけた。
「もしもし、社長」
「組長、どうしました?」
廃棄処理場の社長は仲宗根組に多額の借金を背負っており、組の指示には従わざるを得ない立場だ。遺体処理もその一環である。
「今から30分後に着く」
「はい、待ってます」
電話を切り、車をさらに走らせた。
30分後、車は山中の廃棄処理場に到着した。
20年前から稼働している施設で、建物は老朽化が目立つ。
扉が開き、眼鏡をかけた丸坊主の社長が出てきた。
「社長、仕事は順調か?」
仲宗根が声をかける。
「えぇ、それはもう。あっ、村井さんも久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「ゴホゴホ、ところで遺体は?」
トランクを開けると、ブルーシートの隙間から血が垂れている。
「……。」
社長は無言で遺体を台車に乗せ、建物の奥へ運んだ。
仲宗根たちもそれに続く。
奥には巨大な焼却炉があり、社長は遺体を炉の中に投げ込んだ。
「千℃以上で焼くから、完全に灰になる。」
社長は淡々と言った。
「あとは頼む、いつも悪いね、社長」
仲宗根は軽く頭を下げ、廃棄処理場を後にした。




