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悲しき仮面  作者: 碧野 颯
23/46

止まぬ血の雨 1

バケツの水を、椅子に縛り付けた銃丸の№5峯岸にかけた。


「ゴホゴホ…!」

峯岸は激しく咳き込みながら顔を上げた。


「起きろ、コラ」

喜屋武が冷たく言い放つ。


アジトでの銃撃戦の後、三人は仲宗根が用意した盗難車を保管する倉庫にいた。

倉庫は簡易的に改造され、「拷問部屋」として使われている。


「どこだよここ…?」

峯岸が震えた声で言う。

「俺が大好きな拷問部屋だよ」


喜屋武はニヤリと笑い、手にしたペンチをわざと見せつけた。

峯岸はパイプ椅子にきつく縛り付けられており、身動きが取れない。

「ゥ…う…。」


峯岸は苦痛に耐えながらうめいた。

その時、仲宗根が荷台に拷問器具とペン、紙を乗せて倉庫に入ってきた。


「ほら、隆二。使えそうなものを持ってきたぞ」

仲宗根は、道具を喜屋武の隣に置いた。

「ありがとうございます」

喜屋武は目を輝かせて答えた。


「俺は外で待ってるからな」

仲宗根はそう言うと外に出た。

「了解です」

「間違っても、吐く前に殺すなよ」


念を押し、仲宗根は扉を閉めた。

倉庫の外はすっかり夜になっており、冷たい風が頬を撫でていく。

港には波の音が響き、月明かりが静かに水面を照らしていた。


「ああああああああああああ!」


峯岸の叫び声が港中に響き渡った。

拷問が始まったのだ。


仲宗根はその声を背に、事務所に向かう。

階段を上り、ドアを開けると中では村井が作業をしていた。


「組長、お疲れ様です」

「シノギは順調か?」

仲宗根が問いかける。


「えぇ、比嘉の組長がドライバーをよこしてくれたおかげで順調です」

「それならよかった。そのドライバーはどこにいるんだ?」

「今、車を取りに行かせています」


村井の言葉が終わると同時に、外で門が開く音がした。

窓から外を見ると、入口の門から赤いオープンカーがスピードを上げて入ってきた。

「おっ、ちょうど帰ってきましたよ」


その車は勢いよく車庫に入ると、一人の男が車から降りてきた。

革ジャンとジーパンを身にまとい、まるで1960年代のロックスターのような格好をしている。

男は階段を上がり、事務所のドアを開けた。

「村井さん、車、調達できました」

「おう、ご苦労さん」

村井が答える。


「はじめまして、お目にかかります!」

男は深々と頭を下げた。

「お前が比嘉の兄貴のところのドライバーか?」

仲宗根が尋ねた。

「はい」

「礼を言うよ。俺たちのビジネスを助けてくれて」

「いや、とんでもありません。助け合うのが一番ですから」

男は丁寧に答えた。

「これからもよろしくな」

「はい、失礼します」

男は一礼し、外へ出て行った。


「いいやつだな」

仲宗根がポツリとつぶやく。

「えぇ、仕事もちゃんとこなすし、人柄もいいです」

村井も同意するように頷いた。



仲宗根は再び倉庫に向かった。

倉庫ではまだ叫び声が響いていた。


「あああああああああああ!」


しかし、突然ピタリと静かになった。

しばらくすると、倉庫の中から喜屋武が出てきた。


彼の服は血で赤く染まり、「ふぅー」とため息を吐いた。

仲宗根は彼に近づいて尋ねた。


「アジトの場所は聞けたか?」

「えぇ、指一本折っただけですぐに吐きましたよ」

「殺ったのか?」

喜屋武は無言で頷いた。


「奥に部屋があるから着替えてこい。あと、その服の処理は俺がやる」

「すみません。ありがとうございます」

喜屋武はそう言うと奥へ歩いていった。

仲宗根は倉庫の中に入った。


中には血まみれの遺体が椅子に縛り付けられていた。

首からはまだ血が流れ落ちている。

手を見ると、5本中3本の爪が剥がされ、足は完全につぶされていた。


「当然の報いだな」

仲宗根は心の中でそう思った。


台の上に目を移すと、ペンチと血が付いたハンマーが無造作に置かれている。

その隣には、字が書かれた紙が置いてあった。

仲宗根はそれを手に取り読んだ。


「普天間三番地」

「うるま市石川 アパートひまわり一階四号室」

――ほかにも複数の住所が記されている。


その時、着替えを終えた喜屋武が戻ってきた。


「これが奴らのアジトですよ」

「本部は?」

「こいつら、本部を転々としてるみたいです。本部集合の際は当日に場所を知らせるらしいです。それから、他の住所は武器密売をしている拠点みたいですよ」

「そうか…。で、こいつの携帯は?」

「数日使ったら捨てるみたいです」

喜屋武は壊れたガラケーを手渡した。


「相当慎重だな」

仲宗根はつぶやき、周囲を見回した。

「死体の処理は俺たちがやる。お前は帰っていい」

「いや、俺も手伝いますよ」

「いいよ。俺がやっとくから、ご苦労さん」

仲宗根は喜屋武の肩をたたいた。


「すみません、お願いします」

喜屋武は一礼し、倉庫から出ていった。


仲宗根は情報の書かれた紙をポケットにしまい、倉庫を出た。



「ご冥福をお祈りするよ」

背後から声が聞こえた。

振り返ると、タバコをくわえた刑事の前田が立っていた。


「先輩?何してるんですか?」

「勅使河原会長が殺られただろう。お前が消極的になってるかと思ったが、そうでもなさそうだな」

前田は倉庫の中に目をやり、死体を見て言った。


「へぇ、もう殺したのか」

「……。」

「いよいよドンパチが始まるな。ところで、撃たれたんだろ?大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です。」

「俺も忙しくなりそうだ」

前田は面倒くさそうにため息をつき、軽く背伸びをした。


「先輩、お願いがあります。銃丸の奴らの情報が出たら、俺に提供してくれませんか?」

「え? まぁ、わかったよ。お前には世話になってるからな。情報が出たら電話する。ただ、金はかかるぜ」

仲宗根は無言で頷いた。

前田はタバコをふかしながら、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。


仲宗根が事務所に戻ると、村井が電話をしていた。


「うん、だから大丈夫だって。心配しないで」

村井は電話の向こうに穏やかに話しかけていた。

仲宗根に気づき、村井は立ち上がりお辞儀をした。


「ごめん、切るよ」と携帯を胸ポケットにしまう。

「すみません、組長」

「親父さんか?」

「えぇ、何年も帰ってないんで」


村井の父親は東京に住んでいる。

12歳の時に母親を事故で亡くし、父親が一人で彼を育てた。


「たまには顔を見せに帰らないといけないぞ。親父さんはお前の顔が見たいんだろ」

「ありがとうございます」

村井は小さく頭を下げた。


「ところで、仏(死体)の処理をしたいんだが」

「はい、わかりました」


村井と共に、再び倉庫に向かう。

「うわ…」

倉庫に入った村井は思わず口を押えた。

「喜屋武の仕事だよ」

仲宗根は淡々と答える。

「喜屋武の組長がですか…?」


村井はブルーシートを持ってきて死体の横に広げ、若い衆と共に遺体の処理を始めた。

ブルーシートで遺体を巻き、紐で縛り、車のトランクに乗せる。

その後、仲宗根と村井は車を走らせた。


「アジトの場所はわかったんですか?」

運転しながら村井が聞いた。


「本部の場所まではわからない。ただ、本部は幹部にも知らされないらしい。一度使った本部は二度と使わないようだ。携帯に連絡が来るのを待とうと思ったが、こいつの携帯は壊されていた。どうやら使い終わったら捨てるみたいだ」

「慎重な奴らですね」

「あぁ、まったくだ」


仲宗根は携帯を取り出し、廃棄処理場の社長に電話をかけた。


「もしもし、社長」

「組長、どうしました?」

廃棄処理場の社長は仲宗根組に多額の借金を背負っており、組の指示には従わざるを得ない立場だ。遺体処理もその一環である。

「今から30分後に着く」

「はい、待ってます」

電話を切り、車をさらに走らせた。


30分後、車は山中の廃棄処理場に到着した。

20年前から稼働している施設で、建物は老朽化が目立つ。

扉が開き、眼鏡をかけた丸坊主の社長が出てきた。


「社長、仕事は順調か?」

仲宗根が声をかける。

「えぇ、それはもう。あっ、村井さんも久しぶりだね」

「お久しぶりです」

「ゴホゴホ、ところで遺体は?」


トランクを開けると、ブルーシートの隙間から血が垂れている。

「……。」

社長は無言で遺体を台車に乗せ、建物の奥へ運んだ。

仲宗根たちもそれに続く。

奥には巨大な焼却炉があり、社長は遺体を炉の中に投げ込んだ。


「千℃以上で焼くから、完全に灰になる。」

社長は淡々と言った。


「あとは頼む、いつも悪いね、社長」

仲宗根は軽く頭を下げ、廃棄処理場を後にした。

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