血塗られた誓い 1
比嘉と大城は、手術中のランプをじっと見つめていた。
「あの襲撃犯の仕業ですよ」
喜屋武が呟く。
「絶対にあのクソ野郎どもだ、あぁ!」
感情を抑えられず、拳で壁を殴りつける。
「おい!」
仲宗根が声を上げると、喜屋武はピクリと動きを止めた。
「ここは病院だぞ。場をわきまえろ。あと、ギャーギャーガキみたいに騒ぐな。親父は今、命を懸けて頑張っているんだ。少しは黙れ」
「すみませんでした…」
再び手術中のランプに目を向ける。
その時、ランプが消え、手術室から医者が出てきた。
医者は、まっすぐ仲宗根たちのもとへ歩いてくる。
「先生、親父は?」
大城が不安げな顔で訊いた。
「最善を尽くしましたが…御臨終です」
さっきまで笑顔で元気だった親父が亡くなった?信じられない。
いや、信じたくない…。
仲宗根たちは言葉を失った。
「なんて言った…?」
比嘉が立ち上がる。
「あんたは医者だろうが!あぁ!」
医者は驚いた表情を見せた。
「頼む、頼むから生き返らせてくれよ…先生…俺のたった一人の親なんだよ……お願いだ…」
比嘉はその場に崩れ落ち、子供のように泣き出した。
大城は椅子に座り込んで、頭を抱えている。
「ご遺体は安置所へお運びいたしましたので…」
医者は一礼し、その場を去った。
手続きを終えた後、会長が眠る安置所へ向かう。
足取りは全員重く、無言だった。
安置所に入ると、線香の白い煙が室内に漂っていた。
その中に、白い布をかけられた遺体が静かに横たわっている。
大城が布をゆっくりとめくると、そこには安らかな表情の会長の顔があった。
「親父…」
勅使河原会長の顔を見た幹部たちは、膝から崩れ落ち、泣き叫んだ。
比嘉は目元を押さえながら、嗚咽を漏らした。
「おい!親父をこんな目に遭わせた外道どもは、俺たちを襲撃した連中に違いない!」
大城の顔はまるで鬼のように歪んでいた。
「その外道どもを探し出し、一人残らず皆殺しにする!親父の仇を討つんだ!」
「はい!」
仲宗根、比嘉、喜屋武、そして組員全員が気合を入れて応えた。
木魚の音が寺の中に響き渡る。
お坊さんが経を唱えている。
今日は会長の告別式だ。
大勢の組長や幹部が集まっている。
遺影の中の親父はとてもいい笑顔で、嬉しそうに見える。
もう親父には会えないのか…。
組長たちが次々と焼香をあげる中、泣き崩れる親分の姿もあった。
勅使河原会長は、 誰からも尊敬される人だった。
幹部四人は最前列で正座し、参列者に対応する。
三時間にも及ぶ葬儀が終わり、大城が会長の遺骨を抱えて墓地へ向かった。
高速道路を数時間ちょっと走り到着した。
車を降りると、潮の香りが仲宗根の鼻を覆った。
会長は生前「墓は海が一望できる場所に」と話していた。
墓地の中に入り、遺骨を会長のお墓に安置する。
お坊さんが10分間経を唱えた後、大城が墓前に立ち手を合わせた。
「親父…あなたのおかげで、俺は素晴らしい人生を送れました。心から感謝しています。そして、長い間お疲れ様でした。どうかゆっくりお休みください」
そう言って一礼し、列に戻った。
納骨を終え、幹部たちが次々に帰っていく中、仲宗根は一人、海を眺めていた。
まだ信じられない。親父が亡くなったなんて…。
「信じられないよな。」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、比嘉が立っている。
「まさか、あの親父がな…」
比嘉はタバコに火をつけ、ふーっと煙を吐き出した。
「親父…悔しいだろうな」
「…えぇ」
「すごい人だったな」
タバコの灰を地面に落としながら、比嘉は続けた。
「若い頃、飯が食えなかった時期があってな。その時、親父が奢ってくれたラーメンが人生で一番うまかったよ」
比嘉の目から、涙が一粒流れ落ちる。
「兄貴…」
仲宗根は比嘉に呼びかけた。
「親父の仇、絶対に取りましょう」
比嘉は静かに頷き、車に乗り込んだ。
車はゆっくりと去っていった。
仲宗根も車に向かった。
若頭の村井が後部座席のドアを開け、乗り込んだ。
続いて、村井もいつものように隣に座る。
「ホテルまで頼む」
と、運転手の組員に言った。
「まさか…会長が亡くなるなんて…」
村井が呟いた。
「村井、明日から道具(武器)をありったけ集めろ」
「わかりました。裏道具屋から仕入れてきます」
村井が仲宗根の指示を聞いていると、仲宗根側の窓に並走するバイクが映っている。
その手には銃が握られ、銃口をこちらに向けている。
「組長!」
とっさに村井が、仲宗根の体に覆いかぶさり盾になった。
バン、バン、バン
3発の銃声が鳴り響いた。
バイクはすぐさま、その場を走り去る。
「村井、大丈夫か!」
「大丈夫です。肩をかすめただけです。組長、お怪我は?」
「大丈夫だ」
運転手は車を止め外に飛び出し、バイクが走り去った方向に向かって銃を向けたが、既にバイクの影はなかった。
「組長!大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、とりあえず事務所に向かってくれ」
幸いかすり傷程度だったが、まともに銃弾を受けてたら命を落としていたかもしれない…