もう1つの事件 1
「こんな朝から死体現場か」
南城 幸四郎は、助手席で物憂げに言った。
今朝通報された事件で、新人の上原 雅道と現場に急行していた。
サイレンを鳴らし、一般車両の間を通り過ぎる。
「ふー」
上原は緊張のせいか、深く息を吐いた。
彼はつい二日前に捜査一課に配属された新人だ。
緊張するのは当たり前だろう。
「上原、大丈夫か?」
「あっ…はい」
「捜査一課に配属されて初めての死体現場で緊張するだろう。それは初めはみんな同じだ。俺も新人の頃はそうだった」
南城は優しく声を掛けた。
「わからないことがあったら、なんでも聞けよ」
「はい、ありがとうございます」
「お前運転うまいな」
上原の緊張をほぐすため、話を変えてみる。
「車の運転が好きでよくドライブするんですよ」
上原の少々硬い顔が緩んだ。
パトカーと鑑識の車が数台止まっていた。
既に、マスコミが数名立っているのが見える。
現場は雑草に覆われている広場だ。
車から降り、黒色の傘をさした。
マスコミの群れを通り過ぎ、空き地を進んで行く。
ブルーシートで覆われたテントに入ると、その先に鑑識官が数名しゃがみ込み、写真を撮っていた。
「お疲れさん」
南城が挨拶をした。
「南城さんお疲れ様です」
刑事が挨拶を返す。
南城の前には遺体が横たわっていた。
恐らく全裸だ。顔は潰れており、原型をとどめていない。
死臭が南城の鼻を襲った。
「あっ、あんたが南城さんの新しい相棒?」
「は…はい」
顔を苦痛に歪め声を絞りだし、上原は返事をした。
初現場がこんなキツかったら、自己紹介できないのも当たり前だな。
「こいつは上原っていうんだよ」
南城が、上司らしくフォローした。
「で、状況は?」
手を合わせた後、手袋をはめながら南城が訊いた。
「死後二日以上たっています。死亡推定時刻は午後21時から24時の間です。腹部には刺し傷が四ヶ所、顔は鈍器なようなもので潰され手首と足首が切断されています。それと衣類は着用していませんでした」
「うっ」
振り返ると、上原が手で口を押さえて吐きそうになっていた。
「おい、吐くんだったら向こうで吐いてこい」
南城が、慌てて草むらを指さした。
上原は口を押えながら南城が指さした方向へ、傘を差さずに走っていく。
「やっぱり、新人はみんな同じですね」
南城は苦笑いをした。
「あと、この被害者は所持品は無し。携帯も財布何も持ってないんです」
「犯人が持ち出した可能性があるな」
「あと指紋もこの天気なので、まだ確認できません」
「そうか。しかしひどいな…これは相当恨みを持っているな」
犯人は被害者をここに呼び出し殺害した…
いや、ここで犯行を行うと近所の住民に見られるリスクがある。
じゃあ別のところで殺害し、被害者の身元がわかりそうな物を抜き取った後、この空き地に放棄したと南城は考えた。
「あと、通報者はあそこのマンションの住人です」
と後ろを指さした。
できた当初は濃い紫色だったのだろうが、色は薄くなり汚れが目立つマンションだった。
「通報者に話を訊いたのか?」
「いや…今からです」
「俺と上原で話を訊いてくる。部屋番号は?」
「四〇一号室です」
「わかった」
「おい!上原」
まだ草むらにいる上原を呼んだ。
「はい…」
か細い声で青白い顔をしながら、南城のほうに歩いてきた。
スーツはびしょびしょになっている。
「大丈夫か?」
と言ってタオルを渡す。
「はぁ…ありがとうございます…だい…じょうぶです…」
声にまったく力が入っていない。
「通報者に話を訊きに行くぞ。あそこのマンションだ」
既にびしょ濡れだが、一応傘を渡した。




