紙飛行機のキセキ
「一生のお願い聞いて」
何度目の我儘か。
何度も一生のお願いを使っては俺に無茶ぶりを言う。幼馴染で、お互いのことをよく知っているからって本当に身勝手だ。
俺は彼女が手慰みに折った紙飛行機を見とめる。
彼女が大嫌いな確率の問題のプリントが材料。プリントは×ばかりだった。
「あの星まで、その紙飛行機が飛んだら聞く」
暗くなってきた空には星がひとつ見え始めている。俺はその輝石のような星を指さす。
彼女の言いたいお願いが何となくわかってしまう。俺はそれを聞きたくない。
だから、俺から彼女へ無茶ぶりを言う。絶対にできないから。
「……わかった」
彼女は表情を引き締めて答える。真っ赤な太陽の光が彼女の真剣さを表すように燃える。
意外な彼女の返事に俺は驚く。そんなこと言わずに聞いてよ、といつもなら言いそうなのに。
彼女は祈るように紙飛行機を両手で持って目を閉じる。緊張しているのか、手が震えている。
どれだけそうしていたか。俺たちしかいないと錯覚するほど静かな世界で彼女は目を開ける。
彼女は大きく息を吸い、星を睨みつける。その目は憎らしそうだ。
すっと彼女は紙飛行機を構える。まだ手は震えている。
絶対に無理だ。
そんなことを思っていると、彼女の手の震えが止まる。今だ、と彼女は紙飛行機を飛ばす。
無風の中、紙飛行機は真っ直ぐ飛ぶ。が、徐々に下へ落ちていく。
俺はほっとする。あとはそのまま落ちるのを待つだけ。
「嫌!」
空気を切り裂くように彼女が言うと、紙飛行機を押し上げるように風が吹く。その風圧に俺は腕を翳し、隙間から紙飛行機の行方を追う。
紙飛行機は空へ突き上げられて、今にも消えそうな星の方へ飛んでいく。
ずっと遠く。本当に、あの星まで飛んでいったかのように姿が見えなくなる。
紙飛行機が飛んでいった先を呆然と見つめる彼女の目に薄い膜が張られる。
「……飛ばしたよ」
震える声で彼女は言う。
「だから、お願い聞いて」
彼女の目の薄い膜が厚みを増す。
「諦めないで」
彼女の言葉に俺の胸の内がズキリと痛む。
平静を装っているが、俺の身体は長くない。そのため、手術をする。しないよりは生存率はあがるらしい。
だが、その手術の成功確率は低く、仮に成功したとしてもよくなる確率はもっと低い。
鬼籍に入る未来が近い俺にそんなお願いしないでほしい。
だけど。
「……そんな顔を見納めにしたくない」
貴石のような涙を流す彼女の言葉と紙飛行機のキセキを信じてみたくなってしまった。
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