禁忌の魔獣
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本日は1話更新です。
「最近の魔獣の動きが、尋常ではありません」
騎士団の会議室で、カインが地図を指しながら説明していた。葵も医務官として、この重要な会議に参加していた。
「通常、この季節の魔獣は単独か、小規模な群れで行動する」
地図上の印を指す手つきに、わずかな焦りが見える。
「しかし、この一ヶ月で群れの規模が急激に拡大している」
「死傷者の数も増加の一途です」
別の騎士が報告を続ける。
「特に、傷の症状が...」
葵は思わず身を乗り出した。
確かに、最近の負傷者たちには気になる共通点があった。
「傷口が通常よりも治りづらく」
葵が口を開く。
「患部に黒い斑点が残る。まるで...毒のように」
会議室が静まり返る。
「葵」
カインが初めて彼女の方を向いた。
「それについて、詳しく」
「はい。私の『生命の痕跡』で確認したところ、傷の中に何かが残っているんです。通常の魔獣の爪傷とは明らかに異なる何かが...」
説明を続けながら、葵は考えていた。
(これは、前世の医学知識でも説明できない症状)
「調査が必要だな」
カインが決断を下す。
「第三部隊で、魔獣の痕跡を追う」
「私も同行させてください」
葵は即座に申し出た。
「却下だ」
カインの声は冷たかった。
「危険すぎる」
「でも、この症状の原因を突き止めるには、私の能力が...」
「医務官は後方で待機していろ」
言い切ったカインは、それ以上の議論を許さない態度で会議を締めくくった。
*
「お嬢様、無理をなさらないで」
医務室でアンナが心配そうに声をかける。
「分かっているわ」
しかし、葵の心は落ち着かなかった。
このまま、カインたちを危険な調査に向かわせていいのだろうか。
窓の外では、出発の準備をする騎士たちの姿が見える。
漆黒の鎧に身を包んだカインが、部下たちに最後の指示を出している。
(あの傷が、また増えてしまう)
葵は決意した。
「アンナ、少し出かけてくるわ」
「お嬢様!まさか...」
「大丈夫。すぐに戻るから」
アンナの制止の声を背に、葵は医務室を後にした。
目指すは、騎士団の資料庫。
そこには、魔獣に関する古い記録が保管されているはずだ。
「これは...」
薄暗い資料庫で、一冊の古い書物を見つけた時だった。
ページをめくると、見覚えのある黒い斑点の記述が。
『禁忌の魔獣――人の血を糧とし、魂を蝕む悪性の獣』
それは、百年以上前の記録だった。
当時、同じような症状が報告され、多くの犠牲者を出したという。
葵が資料庫を飛び出した時、騎士団はすでに出発した後だった。
「間に合わない...」
その時、馬の嘶きが聞こえた。
厩舎に一頭、まだ馬が残されている。
(前世では、救急車を運転していた)
葵は迷わず馬に跨った。
(今度は、馬を走らせればいい)
「御免なさい、カイン様」
彼女は小さく呟いた。
「でも、黙ってはいられません」
木々が風のように通り過ぎていく。
葵は必死で騎士団の痕跡を追った。
その時、前方から悲鳴が聞こえた。
葵は咄嗟に馬を止める。
茂みの向こうで、戦闘が始まっていた。
黒い影が、騎士たちを取り囲んでいる。
そして、その中心で―
カインが、一際大きな魔獣と対峙していた。
禁忌の魔獣。
百年の時を超えて、再び現れた脅威。
葵の手が、かすかに光り始める。
今、彼女にできることは何か。
その答えを、彼女はすでに知っていた。