癒やしの手
お読みいただきありがとうごさいます。
毎日1話、更新。
本日は2話更新します。
[今日の日記]
変えるなら、きっと今だ
そんな広告を電車でみました。
人間というのは安定を求めて技術を発展させ、社会を作ってきました。でも安定が達成されてきたこの令和、再び変化を求めてきます。
理解しました。
だからみんな異世界に転生したいのですね。
「はぁ...はぁ...」
荒い息遣いが、夕闇に溶けていく。
辺りには、倒れた魔獣の亡骸が散らばっている。
「カイン様、ご無事ですか?」
葵は駆け寄ろうとしたが、一定の距離で立ち止まった。戦いの最中、彼女の光に包まれながらも、カインは数か所の傷を負っていた。
「些細な傷だ」
彼は短く答え、周囲を警戒しながら剣を鞘に収めた。
「しかし、治療は必要です」
「放っておけ」
カインは素っ気なく答えたが、その動きに僅かな硬さが見える。疲労と痛みを隠しているのは明らかだった。
「騎士団長として、適切な判断を」
葵は公的な立場を持ち出した。
「医務官として、治療をお願いします」
カインは一瞬、葵を見つめ、やがて小さくため息をついた。
「...分かった」
近くの大木の下で、葵は治療を始めた。
だが、触れた瞬間、彼女は息を呑んだ。
新しい傷の下に、無数の古い傷跡が刻まれている。
(これほどの傷を...)
「どうした?」
カインの声に、葵は我に返った。
「いいえ、治療に集中していました」
しかし、その手は戦場の記憶を語っていた。
深い斬傷、打撲の痕、そして焼痕―。
戦場の英雄の称号は、こうして刻まれたのだ。
「先ほどの光は何だ」
治療の最中、カインが静かに問うた。
「私にも、正確には分かりません」
葵は正直に答えた。
「ただ...危険を感じた時に、自然と」
「そうか」
それ以上の追及はなかった。
治療を終えた頃には、日が完全に沈んでいた。
近くの村が、一夜の宿を提供してくれる。
「お二人とも、本当にありがとうございます」
村長が深々と頭を下げる。
「魔獣退治に、怪我人の治療に...」
村人たちの歓迎に、葵は丁寧に応じた。
一方、カインは必要最小限の挨拶を済ませると、
すぐに部屋に引き込もうとする。
「カイン様」
葵は彼を呼び止めた。
「薬草の煎じ薬を...」
「必要ない」
そう言いかけて、カインは葵の真剣な表情に気づいた。
「...医務官からの指示か」
「はい」
短い沈黙の後、カインは小さく頷いた。
「分かった。後で取りに来る」
それは小さな、しかし確かな譲歩だった。
宿の一室で、葵は薬草を調合しながら考えた。
カイン・ヴァルハイト。
戦場の英雄と呼ばれる男の、孤独な背中。
(きっと、誰にも見せない顔がある)
しかし、それは踏み込んではいけない領域なのかもしれない。
少なくとも、まだは。
外では月が昇り、村は静けさに包まれていた。
「これが、私にできること」
彼女は静かに呟いた。
今は、それだけで十分だった。