騎士と令嬢
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[今日の日記]
もう今年は連休がないらしいと噂に聞きましたが、祝日が休みでない私には関係なく。
そもそも祝日とは祝う日と書きますが、本当に心の底から皆さんは祝っているのでしょうか。
ちなみに、私は全く祝っておりません。なので、私が祝日に休めないのは当然なのです。
「お嬢様、噂を聞きましたか?」
朝の日差しが差し込む医務室で、アンナが包帯を畳みながら声を潜めた。魔獣襲来から三日が経過していた。
「また新しい噂?」
「はい。街の人々があなた様のことを『癒やしの令嬢』と...」
葵は手元の薬草の選別を続けながら、小さく溜息をついた。確かに、あの日以来、街の雰囲気が変わった。道で会釈される機会が増え、時には感謝の言葉をかけられることも。
(でも、これは...)
「お嬢様」
考え込む葵の元に、従者が駆け込んできた。
「第三騎士団より、使者がまいりました」
応接間に通されたのは、見覚えのある騎士だった。漆黒の鎧に身を包んだカイン・ヴァルハイト。その表情は相変わらず無表情に近い。
「辺境伯爵令嬢」
「騎士団長殿」
形式的な挨拶を交わす。しかし、その声には前回とは違う、わずかな温度が感じられた。
「用件は簡潔に」
カインは真っ直ぐに葵を見据えた。
「騎士団の医務官として、あなたの協力を求めたい」
予想外の申し出に、葵は目を見開いた。
医務官。それは騎士団の医療を担う重要な役職だ。しかも、一介の令嬢に対して。
「私に、そのような資格が...」
「三日前の対応を見た。あなたの手当ては、熟練の薬師にも劣らない」
カインの言葉は断定的だった。まるで、異論を許さないかのように。
「ですが、私は...」
「騎士団には常に危険が伴う。確かな技術を持つ医務官は、我々にとって不可欠だ」
その瞬間、葵の記憶が蘇る。前世での救急現場。危険と隣り合わせの現場で、命をつないできた日々。
(今度は、この手で)
「...お受けします」
「感謝する」
カインはわずかに表情を緩めた。それは、ほんの一瞬の出来事だった。
*
「はぁ...はぁ...」
訓練場から苦しそうな呼吸が漏れる。新人騎士の特訓が行われていた。
「動きが遅い!」
鋭い声が飛ぶ。指揮を執るのは、もちろんカインだ。
葵は医務テントで、いつでも対応できるよう待機している。しかし実際は、カインの指導があまりに的確で、大きな怪我人は出ていなかった。
(さすが、戦場の英雄と呼ばれるだけある)
その時、不吉な予感が走った。
次の瞬間、新人騎士の一人が防具の隙間を突かれ、大きく後ろに倒れる。
「危ない!」
葵は咄嗟に飛び出した。
接触した瞬間、能力が発動する。肋骨に強い衝撃。内出血の可能性。しかし、致命的ではない。
「大丈夫です。ゆっくり呼吸を」
葵の手から、淡い光が広がった。
「見事な対応だな」
気づけば、カインが傍らに立っていた。
「いえ、当然の...」
「当然、か」
カインは何かを考えるように、葵を見つめた。
「お前は、なぜ人を助けることにそこまでこだわる?」
突然の問いに、葵は言葉を詰まらせる。
(なぜ、か)
それは、前世からの根源的な想い。けれど、それを話すことはできない。
「...それが、私の使命だから」
「使命?」
「はい。与えられた力で、できることをする。それだけです」
カインは長い間、黙っていた。そして、ふいに告げた。
「明日、私と共に辺境の村々を回ってほしい」
「え?」
「定期巡回の時期だ。...そして、お前の力が必要な場所がある」
その言葉に、葵は深く頷いた。
どこかで、誰かが助けを必要としている。
それは、前世も今世も、変わらない真実なのだから。
「準備をしておきます」
「ああ。日の出とともに出発だ」
カインが去った後、アンナが心配そうに駆け寄ってきた。
「お嬢様、大丈夫でしょうか」
「ええ」
葵は空を見上げた。
夕暮れの空が、不思議なほど透明に見えた。