もう一つの物語
ご覧いただきありがとうございます。
皆さんのおかけでここまで更新を行えました。
一度完結となりますが、今後ともよろしくお願いいたします。
東京消防庁の救急車が、今日も都内を走っていた。
「山田さん、連絡入りました」
同僚の声が、車内に響く。
「交通事故、現場は...」
「了解」
山田は、ハンドルを握りしめる。
あれから一年。
葵さんを失ってから、彼は上級救命士の資格を取得し、さらに現場での経験を重ねていた。
*
「大丈夫です。すぐに病院に向かいますから」
現場で、山田は負傷者に語りかける。
その仕草は、どこか懐かしい人を思わせた。
「葵さんみたいですね」
現場から戻る車中、パートナーが言う。
「あの温かい声の掛け方」
「...そうかな」
山田は、少し照れくさそうに答えた。
確かに、彼は意識していた。
あの日、最期まで人を救うことに命を懸けた先輩の背中を。
「でも、不思議なんですよ」
山田は、信号待ちで車を止めながら言った。
「たまに夢を見るんです」
「夢?」
「葵さんが、別の世界で」
「別の世界?」
「ええ。騎士とか魔法とか、ファンタジーみたいな世界で...」
パートナーは、不思議そうな顔をする。
「山田さん、小説でも書き始めたんですか?」
「いや」
山田は首を振る。
「なんというか、すごくリアルな夢なんです」
白衣のような装いの葵さん。
彼女の手から放たれる不思議な光。
そして、漆黒の鎧を着た騎士。
「夢の中の葵さんは、幸せそうでした」
山田は、空を見上げる。
「だから、きっと...」
その時、無線が鳴った。
「救急車両、要請。現場は...」
「了解」
山田は、即座にハンドルを握る。
「向かいます」
(葵さん、見ていてください)
(今度は、僕が多くの命を救ってみせます)
救急車は、再び都内の通りを走り出す。
サイレンが、夕暮れの街に響いていく。
どこか遠くの世界で、
彼女もまた、誰かの命を救っているのかもしれない。
そう信じながら―。
*
不思議な縁は、そこで終わらなかった。
その日の夜勤明け、山田は病院の売店で偶然手に取った小説に目を留めた。
『救命令嬢は騎士の傷を癒やす』
著者名を見て、彼は思わず目を見開いた。
そこには、「佐藤葵」とあったのだ。
表紙には、白衣のような装いの少女と、漆黒の鎧の騎士が描かれている。
まるで、彼の見た夢のように。
「まさか...」
山田は、その本を手に取った。
ページを開くと、そこには見覚えのある dedication が。
『命を救うことを誓った、
すべての仲間たちへ』
彼は、思わず空を見上げた。
夕暮れの雲間から、光が差し込んでくる。
どこかで、誰かが、
確かに生きている証のように、通り過ぎる救急車のサイレンが街に響き渡る。




