癒しの日々
ご覧いただきありがとうごさいます。
本日は2話更新です。
この話で第一章は完結となり、本日更新予定の2話目はエピローグ、明日はアナザーストーリーを更新します。
今後も新たな作品や、本作の続編も作成予定ですのでよろしくお願い致します。
医務官就任から三ヶ月が過ぎた初冬の朝。
葵は、いつものように医務室の窓から朝日を眺めていた。
「お嬢様...いえ、医務官殿」
アンナが微笑みながら声をかける。
「今日のスケジュールです」
「ありがとう」
手渡された予定表には、いくつもの項目が並んでいた。
朝:新入騎士の健康診断
昼:辺境村落への巡回診療
夕:騎士団幹部会議
「相変わらず、忙しいのね」
葵は懐かしむように言う。
(前世の救急救命士の時と、どこか似ているかも)
同じように人の命に向き合い、同じように走り回る日々。
しかし、今は確かな違いがあった。
「医務官殿」
扉が開き、カインが入ってくる。
「準備はいいか」
「はい、カイン様」
二人の間には、自然な距離感が生まれていた。
「では、私たちは巡回に」
「お気をつけて、お嬢様」
アンナの見送りを受けながら、葵は医務室を後にする。
廊下では、若い騎士たちが彼女に会釈を送った。
「おはようございます、医務官殿」
「今日も、よろしくお願いします」
もはや、誰も彼女の立場を疑問視することはない。
実力と、確かな結果が、全てを物語っていた。
「巡回ルートを変更する」
馬に乗りながら、カインが告げた。
「北の村で、例の症状が」
「別世界の記憶、ですか?」
「ああ」
それは、この三ヶ月で各地に広がり始めていた現象。
突如として、別の世界の記憶を持ち始める人々。
中には、葵と同じように前世の記憶を持つ者もいた。
「私にできることがあれば」
「分かっている」
カインの声には、温かな信頼が滲んでいた。
村に着くと、すでに多くの人々が待っていた。
しかし、その表情には不安の色は薄い。
「生命の痕跡」を持つ医務官の評判は、確実に広がっていたのだ。
「具合はいかがですか?」
葵は、一人一人に丁寧に触れていく。
「生命の痕跡」が、彼らの状態を教えてくれる。
「あの、医務官殿」
一人の少女が、おずおずと声をかけてきた。
「私、夢を見るんです。電車とか、スマートフォンとか...分からない言葉なのに、懐かしい気がして」
葵は、優しく微笑む。
「怖くないわ。その記憶は、あなたの一部なのよ」
「本当ですか?」
「ええ。私にも、別の世界の記憶があるもの」
少女の目が輝く。
「先生も、同じなんですね!」
診察を終えた後、葵はカインと共に村を後にした。
夕暮れの空が、美しく染まっている。
「お前の言葉で、救われる者が多いな」
カインが、珍しく感想を漏らす。
「カイン様こそ」
葵は、彼の横顔を見つめた。
「いつも、私を支えてくださって」
「...当然だ」
その素っ気ない返事の中に、しかし確かな想いが込められている。
二人は、並んで城へと帰っていく。
時折、手がかすかに触れ合う。
それは、まるで誓いを確かめ合うような、優しい仕草。
(このささやかな日常が、とても愛おしい)
しかし、その時。
葵の小指が、またかすかに光る。
(そうね...まだ終わっていない)
(この世界の謎も、私の使命も)
だからこそ、今この時を。
大切な人と過ごす、穏やかな時間を。
心に刻んでおこうと、葵は決めていた。
夕陽が沈み、星々が瞬き始める。
その光は、まるで新たな物語の予兆のように、
静かに、そして確かに輝いていた。




