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代償と誓い

お読みいただきありがとうごさいます。

医務室の白いカーテンが、朝の光を柔らかく透かしていた。

葵は三日目の朝を、そこで迎えていた。


「お嬢様」

アンナが心配そうに覗き込んでくる。

「熱は下がりましたが...」


「ありがとう。もう大丈夫よ」

葵は微笑んで答えた。


しかし、その手は相変わらず震えていた。

「生命の痕跡」を限界まで使った代償は、思いのほか大きかった。


重い扉の開く音。

「医務官殿」


カインが入ってきた。

彼の表情には、いつもの無感情さが戻っている。

しかし、その眼差しには、かすかな温もりが残っていた。


「第四部隊の報告書を、提出した」

彼は静かに告げる。

「禁忌の魔獣との戦いで、全滅。そして、三年の時を経て、魂の解放に成功、と」


「そうですか...」

葵は窓の外を見つめた。

あの朝見送った光の帯が、まだ目に焼き付いている。


「しかし」

カインの声が、低く響く。

「報告書には書かなかったことがある」


葵は、ゆっくりと彼の方を向いた。


「お前の力は、尋常ではない」

「カイン様...」


「人の魂に触れ、記憶を読み解き、解放する」

彼は一歩、近づいてきた。

「そんな力を持つ者が、なぜ辺境伯爵家の令嬢なのか」


言葉の重みに、葵は息を呑む。


「答えられないのか?」

「...はい」

「理由は?」


「信じていただけないと、思うからです」


静寂が流れる。

カインは長い間、葵を見つめていた。


「俺は、お前を信じている」

その言葉は、まっすぐに届いた。


「カイン様...私」

葵の声が、震える。

「私には、前世の記憶があります」


告白は、静かに続いた。

救急救命士としての人生。

最期の救助。

そして、女神との約束。


語り終えた時、医務室には深い沈黙が落ちていた。


「...信じられない話だな」

しかし、その声には否定の色はなかった。


「でも、これが真実です」

葵は真っ直ぐに、カインを見つめた。

「前世で救えなかった命。現世で癒やせなかった傷。だから私は―」


「だからこそ、医務官を志願したのか」

「はい」


再び沈黙。

しかし今度は、穏やかな空気が流れていた。


「葵」

カインが、珍しく柔らかな声で呼びかける。

「お前の力は、間違いなく騎士団に必要だ」


「ありがとうございます」


「しかし」

彼の表情が、一瞬曇る。

「それは同時に、危険も意味する」


葵は、黙って頷いた。

「生命の痕跡」の力は、既に一部の者たちの耳に入っているはずだ。


「辺境伯爵家の令嬢である限り、ある程度の保護にはなる」

カインは冷静に分析する。

「だが、それ以上の力を求める者たちが...」


「分かっています」

葵は静かに答えた。

「でも、私には使命があります」


「使命?」

「はい。命を救うこと。それだけです」


その瞬間、カインの表情が変化した。

何かを決意したような、強い光が宿る。


「ならば」

彼は一歩、葵に近づいた。

「その使命、共に果たさせてほしい」


「え...」


「俺には、守れなかった者たちがいる」

カインの声が、感情を帯びる。

「だが、お前となら...」


「カイン様」

葵は、彼の真意を悟った。


「医務官殿」

カインは、騎士としての誇りを込めて告げる。

「我が騎士団と共に、人々を守っていただけないか」


それは、プロポーズめいた申し出だった。

しかし、二人の間には確かな信頼があった。


「はい」

葵は、迷うことなく答えた。

「喜んで」


朝日が、二人を優しく包み込む。

窓の外では、新たな一日が始まろうとしていた。


それは、前世からの使命と、

現世での誓いが、

一つに重なる瞬間―。

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