表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

決戦

お読みいただきありがとうごさいます。

黒い霧が渦を巻く中、半人の姿となった禁忌の魔獣が佇んでいた。その赤い瞳には、もはや獣としての混濁だけではない、何か別の意思が宿っていた。


「カイン様」

葵は戦いの準備をする騎士たちの後方で、静かに呼びかけた。

「古文書に、気になる記述がありました」


「どういう内容だ」

カインは剣を構えたまま、わずかに顔を向ける。


「禁忌の魔獣は、人の魂を喰らい、その記憶を取り込むとあります。そして...」

葵は一瞬言葉を詰まらせた。

「最期には完全な人の姿となり、その意識すら模倣しようとする」


まるでその言葉に反応するように、魔獣が動いた。

その動きは、明らかに人の戦術を理解していた。剣を持つ腕のような影が形作られ、騎士の構えに似た姿勢を取る。


「まさか...」

カインの表情が変化した。


「グオォォ...騎...士...」

魔獣の口から、かすれた人の声が漏れる。


「隊長!この動きは!」

若い騎士の一人が叫ぶ。

「まるで、あの時の...」


「下がれ!」

カインの声が、夜空に響き渡った。

その表情には、ある確信が浮かんでいた。


「葵」

彼は背を向けたまま、静かに告げる。

「これが、三年前に消息を絶った第四部隊の原因か」


葵の背筋が凍る。

三年前―カインが第三部隊の隊長に就任する直前、王立騎士団の誇る第四部隊が、辺境での任務中に忽然と姿を消した。


「彼らは...喰われたのではない」

カインの声が、重く沈む。

「変えられたのだ」


魔獣の姿が、さらに人に近づいていく。

その動きの中に、確かな剣術の型が見え始めていた。

騎士団の型。失われた第四部隊の記憶。


「我々は...帰還...する...」

魔獣の言葉に、人としての意識が混ざり始める。

「任務...果たす...」


「やはり」

カインが剣を構え直す。

「第四部隊の隊長、レオン・ヴァルデマールか」


かつての同僚の名を呼ぶ声に、深い悲しみが滲んでいた。


「私がやります」

葵が一歩前に出た。


「何を」

「この状態なら、私の『生命の痕跡』で、彼らの意識に触れられるかもしれない」


「危険すぎる」

「でも、彼らは今、苦しんでいます」


葵の声に、強い決意が宿っていた。

「人の意識を持ったまま、魔獣として存在することが、どれほどの苦痛か」


それは、前世で看取ってきた数多の命の重みが、彼女にもたらした確信だった。


「...勝手なことをするな」

カインは、ため息まじりにそう告げた。

しかし、その声には非難の色はなかった。


「私が、戦いで時間を作る」

彼は剣を構え直す。

「その間に、お前は...」


「はい」

葵は頷いた。

「必ず、彼らを解放してみせます」


## 第二節「魂の慟哭」


剣戟が夜空に響く。

カインの剣と、魔獣と化したレオンの影が交差する。その動きは、まさに騎士同士の激闘そのものだった。


「あの頃と...変わらぬ...腕前...」

レオンの意識が、魔獣の口を借りて語る。

「しかし...もう、人では...ない」


黒い霧が渦を巻き、その姿がさらに人に近づいていく。漆黒の鎧のような外殻が形成され、かつての騎士の面影が浮かび上がる。


「葵!」

カインが叫ぶ。

「今だ!」


葵は駆け出した。

周囲の騎士たちが、彼女の動きを護衛する。

完璧な連携。幾度もの戦いで培われた信頼が、そこにはあった。


「レオン隊長」

葵は、魔獣と化した騎士に向かって呼びかける。

「私に、触れさせてください」


「近づくな...」

レオンの意識が警告を発する。

「もう、制御が...」


その時だった。

魔獣の本能が、一瞬レオンの意識を上回る。

鋭い爪が、葵めがけて振り下ろされた。


「葵!」

カインの叫びが響く。


しかし、葵は動かなかった。

「生命の痕跡」が、彼女の手から強い光を放っている。


「させません」

彼女の声は、凛として揺るがない。

「あなたの魂を、これ以上苦しませません」


光が、爪を受け止めた。

接触した瞬間、葵の意識が魔獣の内側へと入り込んでいく。


そこには―

無数の記憶が渦巻いていた。


初めて騎士団に入団した日の誇らしい記憶。

共に戦場を駆けた仲間たちの顔。

夕暮れの訓練場で交わした約束。

「必ず、帰還しよう」


レオンの記憶。

朝露の中で剣を交える若きカインとの姿。

「お前なら、きっと立派な隊長になる」


そして、禁忌の魔獣との遭遇。

仲間たちが次々と喰われ、変えられていく光景。

最後の一人となり、自らも魔獣に飲み込まれる瞬間。


「守れなかった...」

「皆を、返して...」

「もう一度、あの日々に...」


(こんな、苦しみを)


葵の中で、前世の記憶が呼び覚まされる。

救急救命士として、どれほどの苦痛に向き合ってきただろう。

しかし、この魂の苦しみは、また別のものだった。


「レオン隊長」

葵は、意識の深層に呼びかける。

「もう、大丈夫です」


「私は...」

「はい。十分、戦いました」


光が、魂の奥底まで届いていく。

それは、まるで前世での看取りのように。

ただ、今度は違った。

魂を解放する光となって。


「カイン...」

レオンの意識が、かすかに笑みを浮かべる。

「お前に...会えて...良かった」


「ああ」

カインの声が、感情を抑えきれずに震える。

「立派な騎士だった」


その時、異変が起きた。

魔獣の体から、黒い霧が爆発的に噴き出す。

その中心で、レオンの魂が光に包まれていく。


「みんな...すまない」

最後の言葉が、夜風に溶けた。


しかし、それで終わりではなかった。

魔獣の体が、激しく歪み始める。


「これは...」

葵の目が見開かれる。

「レオンさんだけじゃない。他の隊員たちの意識も...!」


黒い霧が、渦を巻きながら暴走を始めた。

その中で、無数の魂が呻いている。

第四部隊の騎士たち。

全ての記憶、全ての意識を内包したまま。


## 第三節「解放の光」


葵の意識が、さらに深く潜っていく。

一人一人の騎士たちの記憶が、鮮明に浮かび上がる。


若き剣士、エドモンド。

故郷の村を守るため、騎士を志した少年。

初めての任務で救った少女から贈られた護符を、いつも胸に。

「必ず、戦場から帰ると、約束したから」


槍の名手、マーカス。

厳しい訓練の中にも、仲間への優しさを忘れなかった男。

「俺たちは、互いを信じ合える騎士団だからな」


魔法戦術の天才、リリアン。

女性騎士として、誰よりも強く在ることを誓った。

「私が、道を示してみせる」


そして、彼らを導いたレオン隊長。

誰よりも部下を想い、誰よりも騎士の誇りを持っていた男。


「みんな...殺せ...」

「解放...してくれ...」

「もう...戦いたくない...」


無数の声が、葵の意識に押し寄せる。


(これは、前世では経験したことのない状況)

しかし、彼女には確信があった。

この手の中にある光が、必ず道を示してくれると。


「カイン様!」

葵は叫んだ。

「この魔獣、人の魂を核にして存在しています」


カインは一瞬で理解した。

「つまり、魂を解放すれば」


「はい。ただし...」

葵の表情が曇る。

「一度に大量の魂が解放されれば、魔獣の体が暴走します」


その言葉通り、黒い霧は制御を失ったように膨張と収縮を繰り返していた。まるで、内側で何かが爆発しようとしているかのように。


「皆、後退!」

カインが即座に命じる。

「葵、お前も...」


「いいえ」

葵は静かに首を振った。

「私には、できることがあります」


彼女の手から、これまでにない強い光が放たれる。

それは前世の記憶と、現世での使命が融合した光。


葵の意識が、再び魔獣の内側へと深く沈んでいく。

一人一人の魂に、光が触れていく。


エドモンドの記憶。

最後の戦いの前夜、護符を握りしめながら書いた手紙。

「母上、私は騎士として、誇りを持って戦えました」


マーカスの記憶。

若い騎士たちを守るため、最後まで槍を手放さなかった背中。

「俺が、お前たちの盾になる」


リリアンの記憶。

魔獣に飲み込まれながらも、最後の魔法で仲間たちを守ろうとした瞬間。

「これが、私の誇り」


一つ一つの記憶が、光の中で解き放たれていく。

魂たちは、それぞれの最期の想いと共に、安らかな表情を取り戻していった。


「もう...十分です」

「よく...戦った」

「ありがとう...」


感謝の言葉が、光の中に溶けていく。

魔獣の体から、黒い霧が消えていく。

そこには透明な光の帯が、天に向かって昇っていく。


それは、まるで騎士たちの凱旋のようだった。

誇り高き戦士たちの、最後の行進。


「レオン...みんな」

カインが、剣を下ろしながら呟く。

「よく帰ってきた」


「終わり...ました」

葵の声が、かすかに震える。

「みんな、解放...」


その言葉と共に、彼女の意識が途切れた。


「葵!」

カインが駆け寄る。

その腕の中で、葵はかすかに笑みを浮かべていた。


「無事、看取れました」

それは、前世からの誇り。

そして、現世での新たな誓い。


夜明けの光が、戦場を優しく照らし始めていた。

カインは、葵を抱きながら、朝焼けを見つめていた。

戦場の英雄の瞳に、初めて温かな光が宿っている。


「帰るぞ、葵」

その言葉には、これまでにない優しさが滲んでいた。

「お前には、まだまだ救うべき命がある。医務官として、騎士団と共に」


光の帯は、まるで祝福するかのように、

朝焼けの空へと溶けていった。


騎士たちの魂は、今、安らかに―。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ