第36話 心が読める王弟殿下は、やはり何も分かってない。
「いや~、行ってしまったな」
「そうですね」
ライオスは、リチャードと共にキャロラインが乗った馬車を見送っていた。
エスメラルダのことで色々あったが、リチャードはキャロラインとだいぶ仲が良くなったようで、ライオスは安心した。
彼女が帰国した寂しさからか、リチャードから哀愁のようなものが伝わってくる。それだけ彼女と過ごした時間が楽しかったのだろう。
ここは一つ、叔父として慰めてやらねば。
「彼女とは最後に何を話したんだ?」
「他愛もない話です」
「そうかそうか。フロイス公爵令嬢に苦手意識があったお前が、彼女と他愛もない話ができるようになったなんて、良かったじゃないか」
「はあ……そうですか?」
何やらリチャードから、面倒臭いという念が伝わってくる。一体何に面倒を感じているんだろうか。
「そうだろう? 仲良くなったんだろう? 寂しくなるな。そう思わないか、我が甥よ」
「叔父上は婚約者殿がいれば、寂しくないでしょう?」
「ああ、もちろんその通りだが。お前はどうなんだ?」
リチャードからなぜか苛立ちが伝わってくる。しかし、その苛立ちは彼のため息と共に治まった。
「まあ……そうですけど。文通をすることにしたので、それほど寂しくはないのですが」
(文通⁉)
まさかそれほどの仲に進展していたとは思わなかった。このことをミカエルに伝えたら、さぞかし喜ぶに違いない。
「我が甥よ……」
「なんですか?」
「おめでとう……」
結婚相手、ようやく捕まったな。
そんな思いを込めてライオスが言葉を口にすると、リチャードから奇妙なものを見た感情を感じ取った。
(なぜ、そんな気味悪げに私を見るんだ?)
内心で首を傾げていると、リチャードは大袈裟なため息をついた。
「叔父上」
「なんだろうか?」
「いつもオレが感傷に浸っている時に、なぜこんなにも絡んでくるのか、ずっと分からなかったのですが……」
「うん? それで?」
ライオスは自分なりに甥っ子のことを気にかけていたのだ。ようやく叔父の思いやりに気付いてくれたかと思っていた時だった。
「今も、叔父上が何を考えているのか分かりません」
(なぜ…………?)
毎夜のようにミカエルと作戦会議していたこの叔父の気持ちが分からないとは、ライオスはふっと小さく笑った。
「そのうち、お前も私の気持ちが分かるさ」
リチャードのイラッとした感情が伝わって来たが、珍しく罵倒までは聞こえてこなかった。その代わり、聞こえてきたのは自分を落ち着かせる声だった。
『大人になれ……コイツは人の心が分からないんだ。父上のようにオレがコイツのことを理解できるようにならねば……』
(おお。人に歩み寄ろうとするとは、リチャードも成長したな。これもフロイス公爵令嬢との関わりのおかげか)
一種の感動を覚えたライオスは、内心で頷きながらリチャードの肩を叩く。
「では、私は兄上に見送りが終わった旨を伝えてくる。この二週間、お前も疲れただろうから、部屋に戻って休むといい」
「え、ええ……分かりました」
リチャードと別れたライオスは、軽い足取りでミカエルの執務室へ報告に向かう。
執務室に入れば、ミカエルは何かの報告書に目を通している最中だった。
「兄上、フロイス公爵令嬢の見送りが済みました」
この時、ライオスはまだ気付かなかった。
ミカエルの手が小さく震えていたことに。
「いやぁ~、色々ありましたが、無事に終わってよかったですね兄上。……兄上?」
ミカエルから何も反応がない。ただ、彼から強い悲愴感が伝わって来た。
「なあ、ライオス。フロイス公爵令嬢はお前から見てどうだ?」
急に何を言い出すのか、その質問なら以前にも答えたはずだ。
「え? 前にも言ったかと思いますが、優良物件だと思いますよ? リチャードとも仲良くなったようですし……あ、そういえば、二人は文通を始めるみたいですよ?」
やけに悲愴感を漂わせる兄を気遣い、ライオスがそう伝えると、ミカエルはますます落ち込んでいく。
「そうか、文通を始めるのか……文通を…………ライオス」
ミカエルはライオスの名を呼ぶとその場に崩れるようにして頭を抱えた。
「私は……どうしたらいいんだっ!」
「えっ? あ、兄上⁉」
パサリと執務机の上に落とされた報告書は、キャロラインの交友関係についてのものだった。
(調査報告書?)
「実は、お前の言ったことがどぉ~しても気になって、改めてフロイス公爵令嬢の素行調査したんだ」
ミカエルがそう言った時、ライオスの頭の中に流れてきたのは、ミカエルがキャロラインの素行調査に至った経緯だった。
ミカエルは長年の経験からライオスの何気ない言葉を聞き流さないようにしている。特に、意味深長な言葉を残した時や常識から外れた発言をした時は。
なぜかというと、ライオスが気にしていることが大なり小なり的を射ていることが多いのだ。
今回もそうである。
『相手に想い人とかいないといいんですけど』
弟の何気ない一言がひっかかってしまい、ミカエルは頭を酷く悩ませた。
王家の血筋であるなら、政略結婚が当たり前だ。
そう、例え想い人がいようと。
例え、想い人がいようと!
国王に命じられれば結婚するのが当たり前なのである!
自分が考え過ぎなのだ。そうだ、ミカエル。お前が考え過ぎなんだ。
こうして、ミカエルは影にキャロラインの交友関係について調べさせた。
今回ばかりは息子の未来がかかっている。慎重になり過ぎて杞憂で終わることはあっても損することはない。
影達がキャロラインの報告書を持って帰って来たのは、ちょうど彼女が帰国する日。つまり、今日である。
「どうやら彼女は密かに仲を深めている異性の同級生がいるようだ」
「えーっと、つまり恋人ってことですか?」
「いや、ビジネスパートナーらしい」
「はい?」
密か仲を深めている相手がビジネスパートナーとはどういうことだろうか。
「相手の名前はグレイ・マクレナガン。シャルメリアで出版物などの印刷事業を手掛けている侯爵家の嫡男だ」
「は、はあ? それで? その彼とどんな事業を?」
「…………彼女、覆面作家として小説を書いているらしい。これが、彼女の著書だ」
そう言って、ミカエルが差し出してきたのは、最近ライオスも読んでいるロマンス小説。これにはライオスも絶句し、目をかっ開いた。
「⁉」
「親に隠れて執筆を続け、我が国にも輸出されて市井では大人気らしい。極めつけはその収入源で卒業後に家出を考えているようだ」
「………………」
ライオスはそっと額に手を当てた。
ミカエルの性分を考えれば、自分の何気ない言葉を気にして彼女を調べるのは必然だった。
自分の大事な息子、ひいては国の未来がかかっているのだから当たり前だ。
おそらくシャルメリア側は彼女の家出を察知し、阻止する為にこのお見合いを承諾したに違いない。ミカエルがたった一週間で調べてられたことを向こうが知らないわけがないのだから。
そして、ミカエルが抱いている懸念をライオスは手に取るように分かる。
キャロラインは王家の血筋を引く令嬢。国王の命令であればリチャードとの婚姻に頷くだろう。
ただ、この婚約を機に彼女が家出を諦めたとして、人気作家の彼女が執筆業まで諦められるだろうか。
「…………ライオス」
「はい」
「作家の国母って、どう思う?」
(うう~~~~~~~~~~~~ん?)
こればっかりはライオスに意見を求められても困る。
しかし、キャロラインがリチャードの伴侶として求められている素質を持ち合わせているのも確かである。
(彼女の作品のおかげで、ルルイエが積極的になってくれた恩もあるしなぁ……)
ここは一つ、ライオスは彼女へ恩を返そうと思う。
「話題性があって、面白いかと……」
「…………」
ミカエルは毒の盃を飲み干したような顔をして項垂れた。
「そっかぁ~~~~~~~~~~~~~~」
☆ライオス「子育てって、大変だな」
次回、第二部最終話




