第35話 反抗期達の密会
エスメラルダが第一王子に引き取られていったのを見送ったキャロラインは、少し気まずい思いをしながら、リチャードにエスコートされていた。
自分が彼に怒鳴ったこともまだ謝れていないし、エスメラルダが話したお見合いのことも騙したままだ。
留学期間がまだ残っているとはいえ、このまま客室に戻ったら、謝る機会がなくなりそうだ。
キャロラインは、こっそり彼に耳打ちする。
「話したいことがあるの」
「分かった」
リチャードは短く返事をすると、中庭にある生垣の迷路へ案内した。道順が分かっているらしく、しばらく歩くと噴水のある広い空間にたどり着く。
「それで、話したいことってなんだ?」
「まずはあの森であなたに怒鳴ってしまったことを謝りたくて……すごい、失礼なことも最低なことも言ったわ……」
「…………ああ。それか、別に気にしてないが?」
「いいえ、ちゃんと謝らせて」
勝手に許されたと思ってはいけない。心の整理がついた今、人と向き合うきっかけとしてキャロラインに感謝したリチャードには、ちゃんと謝らなければ。
「私、あなたに感謝された自分が許せなかったの」
「どういうことだ?」
怪訝な顔をする彼にキャロラインははっきり言った。
「言ったでしょ? 私はサイテーな女なのよ。自分の弟を可愛いとも思えないし、親に黙って下町を練り歩いているような不良娘よ? それに……」
自分は矛盾している。本当の自分を見て欲しいと思いながらも、彼に感謝されて腹を立てるなんて。自分の醜い部分が浮き彫りとなってしまったようで、心が苦しかった。
「あなたに言ったことが全部じゃないの。もっと醜い部分もいっぱいあって、そんな自分が感謝されるなんて、許せなかったのよ。だから、ごめんなさい。あれは完全な八つ当たりだったわ」
キャロラインが頭を下げると、しばらく噴水の音だけがこの場に流れた。
そして、リチャードの方からため息が零れる。
「…………お前が思っている以上に、オレも醜いところがいっぱいあるが?」
「は?」
まさかの返しに、キャロラインが顔を上げると、彼はしかめっ面で腕を組んでいた。
「幼い頃、叔父上に『曰く付き女が生んだ化け物めっ!』って罵ったこともあるし、心の内ではアイツって呼んでるし、なんなら『バカップルが』とか『一つしか違わねぇのに偉そうにしやがって』とか、常日頃から叔父のことを『あの野郎、人の心がねぇな!』って思いながら過ごしている」
「わぁ……」
彼が傲慢な王になるところだったという言葉を聞いて首を傾げたが、思った以上にひどかった。
素直な男かと思いきや、わりとひねくれていたらしい。
彼は再びため息ついた後、頭をガシガシと掻いた。
「オレの方こそ、お前が思っているより綺麗な人間じゃないし、そんなオレに感謝されて自分を許せなくなる必要もない」
リチャードはそう言うと、キャロラインに手を差し出した。
「まあ、サイテーな人間同士、お互い様ってことにしよう」
「………………ええ、そうね」
キャロラインはリチャードの手を握ると、彼は思い出したように口を開いた。
「そういえば、オレもキャロルに謝ることがある」
「え? 何かあった?」
「ああ……その……」
彼は少し頬を赤くし、キャロラインから目を逸らすと、絞り出すようにして言った。
「お、お前をあの森に連れて行ったのは、本当に、下心はなくてだな……ほ、本当に、何も知らなかったんだ……その、すまん」
みるみると顔が赤くなっていくリチャードにつられて、キャロラインは自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
「あ………………あなた、本当に可愛い男ね⁉」
噴水の音をかき消すほど、キャロラインは声を上げてしまった。
◇
その後、キャロラインの留学は何事もなく時間が過ぎ、とうとう帰国する日を迎えた。
「はぁ……長いようで短い留学だったわ」
「まあ、色々濃い時間だったな」
荷物もまとめ終わり、後は出発する時間を待つだけとなったキャロラインは、リチャードと共に温室を歩いていた。
「帰ったら卒業準備か?」
「そうね。ドレスとかはもう決めているし、スピーチは生徒会長の役目だから準備なんてほとんどないけど」
「ふーん、パートナーとかは?」
まさかパートナーのことを聞かれるとは思わず、ぽかんとする。
「うちの学園は卒業パーティーにパートナーを連れて参加する習わしなんだが、キャロルの所は違うのか?」
「い、いいえ、パートナーはいるわ。同級生に頼むつもり」
もちろん、相手はビジネスパートナーでもあるグレイだ。互いにパートナーを探すことが面倒臭くなり『もう、コイツでいいや』となったのである。
キャロラインがそう答えると、リチャードは眉間に皺を寄せた。
「恋人か……?」
「恋人がいたら、今頃お見合いだなんだって騒いでないわよ。ただの同級生」
グレイのことを恩人だとは思っているが、恋人なんて考えられない。
つい最近送って来た手紙には『はよ、プロット出せ』と書かれていたのだ。王弟カップルの話はまとめきれておらず、反抗期のツンデレヒーローと気の強いヒロインのケンカップル話を送った。あのツンデレヒーローに筆が乗ったのは幸いだった。
「それがどうしたの?」
「いや、いなかったら立候補でもしようかと。まあ、立候補しなくても、お前なら引く手数多だろうなと思った」
「あはは。ありがたいけど、隣国の王太子はビック過ぎて立候補されても困るわ」
リチャードを連れて参加したら、それは婚約秒読みを意味することになる。そのうえ、会場が騒然とするだろう。
キャロラインは懐中時計を開くと、もうそろそろ出発の時間だった。
「そろそろね。二週間楽しかったわ、リック。色々ありがとう。私、帰ったらお父様と少し話してみることにするわ。将来のこととか」
そう自分が言ったのが意外だったのか、リチャードが少し驚いた顔をした後、ふっと小さく笑った。
「ああ、そうしろ。オレもお前と一緒に過ごして楽しかった。それから……手紙、出してもいいか?」
「手紙……?」
「ああ。せっかく仲良くなったしな。迷惑でなければの話だが」
父親と話をすると決めたものの、キャロラインは家出を止めるわけでもなかった。少し考えてから、キャロラインは言った。
「卒業したら、あまり手紙を送れなくなるけど、いいかしら?」
「別にいい。気長に待つ」
そう言って笑ったリチャードの顔を見て、キャロラインは罪悪感を抱きながらも頷いた。
「じゃあ、最初の手紙は私から送るわ。帰国したらすぐ出すから」
「ああ、待ってる」




