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第26話 隠した心

 

「エスメラルダ殿下、この国にきた理由をそろそろ話してください」


 リチャードと城下へ遊びに行った日の夜、キャロラインはエスメラルダの前で腕を組んで立っていた。


「明日には第一王子、貴方のお兄様が王宮に到着するそうです。このまま不誠実な態度を取っていたら、我が国の心象が悪くなってしまいます」


 キャロラインがそう言うと、エスメラルダはむくれっ面のままそっぽ向いてしまう。

 この我儘姫はこのまま意地を張って、黙っているつもりなのだろう。


「フェリスは大事な友好国です。そんな相手に不敬な態度を取ったままでいいと思っているのですか?」

「だって、キャロラインが……」

「わたくしが何ですか?」


 まさかまだ叩いたことを根に持っているのだろうかと、エスメラルダの様子を見守っていると、彼女はおずおずと口を開いた。


「キャロラインは……なんで留学しに来たの?」

「なんでって、お勉強のためですよ」


 お見合いの話をエスメラルダに話したら、一体どんな暴走をするか分からない。ましてや彼女はリチャードと険悪なムードでお見合いを終えたのだから。


「お勉強……でも、キャロラインは公爵家を継がなくなったのでしょう? じゃあ、もうお勉強はしなくていいんじゃないの?」

「それは理由になりません。常に自分が何をできるのかを考え、物事に備えるために勉強は必要ですから」


 そして考え抜いた結果、キャロラインは卒業式の日に家出するつもりである。


 今回のお見合いだって表向きは留学だが、キャロラインにとってはただの取材だ。リチャードだって、あまり意識はしていないのか、結婚についての話も振ってこない。


 国王がはっきりとお見合いだと口にしたわけでもないので、キャロラインもそれほど重要視していなかった。


「…………キャロライン、卒業したらどうするの? 卒業式まであと三か月ないくらいでしょう? ほら、何かしたいとか」

(家出するつもりなんて口が裂けても言えないわ)


 エスメラルダのことだ。きっと泣きながら止めに来るに違いない。


「特にないですね。おそらくお父様の仕事を手伝わされるかと……」

「じゃあ、結婚とかは⁉ 最近、マクレナガン侯爵家の長男とイイ感じなんでしょう? お付き合いとかしてるの⁉」


 やけに食い気味で聞かれ、キャロラインは面食らう。


 エスメラルダがいうマクレナガン侯爵家の長男とは、キャロラインのビジネスパートナーだ。彼と会わなければ、今のキャロラインはいなかっただろう。


「マクレナガン様とはただの学友です。それに結婚相手はお父様が決めることなので、お付き合いはできません」

「そ、そんな……でも、仲がいいんでしょ?」

「まあ、仲良くさせていただいていますが……」


 本を出す手伝いをしてくれて、本を書く資料も一緒に探してくれて、なんなら卒業後の家出の手伝いもしてくれている。

 至って仲は良好と言っていいだろう。


「どう頑張っても、彼とは結婚できませんね……」


 彼とキャロラインは恋愛と縁遠い関係だ。

 学期試験前だろうが国事当日だろうが原稿を取り立てに来る鬼、それがあの男である。彼と恋をしろと言われる方が難しい。


「わたくしのことはいいのです。エスメラルダ殿下……」

「………………じゃない」

「はい?」


 彼女の言葉がよく聞き取れず、キャロラインが聞き返すとエスメラルダは言った。


「絶対に言わない! お兄様にだって言わないんだから!」

「で、殿下⁉」


 エスメラルダがその場から飛び出して行き、寝室へ引きこもってしまった。

 こうなってしまったら、彼女はしばらく出てこないだろう。キャロラインはため息をついて自分の客室へ戻った。


 机にはキャロラインの下に届いた手紙が一通だけ置いてある。


 自国の侍女の名前で送ってきたのはグレイ・マクレナガン。キャロラインのビジネスパートナーだ。


『庭のタンポポの蕾が膨らんできた。そろそろ綿毛になるだろう。そちらは夏に向けて整備は終わったか? もし隣の庭に気に入った花があれば、連絡は早めにするように』


 どうやらグレイは、今回のお見合いでキャロラインの気が変わるかもしれないと思っているようだ。


「……はぁ」


 この一週間、リチャードと行動を共にして思ったことは、話に聞いていたよりもずっと可愛らしい男の子だったということ。


 今の彼は周囲の期待に押しつぶされている。自分の能力は周囲が求めるものよりも劣っていることを自覚しているのだろう。


 ライオスとの不仲の話も、息子の自分より父親と信頼関係を築いていることに不満を抱いたからだった。


 キャロラインを羨ましいと言ったのも、きっと自分と比べてしまったからだろう。


 しかし、彼の羨望の基はキャロラインにとって無意味なものになってしまっている。だから、キャロラインはついカッとなって自ら公爵令嬢の仮面を外したのだ。


 勝手に羨ましがりやがって。悩んでいるのはお前だけじゃないぞと腹が立って。


『幻滅した?』

『いや、むしろ安心した』


 あの時の彼の顔を見て、キャロラインは心底ほっとした。


(側近候補は頼りないし、歳の近い王弟殿下は反発した手前、相談できる相手がいなかったのね。同情するわ)


 かつてのキャロラインもそうだった。


 弟ができたこと素直に喜べない自分の醜さに、親しい友人はおろか、乳母にも相談できなかった。


 グレイにもこの心の内を話したことはない。彼はキャロラインの原稿に興味があるのであって、キャロライン自身には興味がないのだ。


 実際にキャロラインが小説を書くようになった経緯を彼に聞かれたことは一度もない。



『もし隣の庭に気に入った花があれば』



 長年計画していた家出を取り止めてまで、リチャードは結婚したい相手かと問われれば、キャロラインは首を横に振る。


 ただ、弟が生まれたあとすぐに出会っていれば、少しばかり考えが変わっていたかもしれない。



(馬鹿ね、私ったら。こんな無責任な人間に王太子の結婚相手が務まるわけないじゃない。そんなことより、まずはプロットよ。早くまとめなくちゃ! あ、反抗期まっさかりのヒーローって可愛いかも!)



 キャロラインはノートを取り出して、新たなネタを書き込んでいくのだった。



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