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第24話 極秘ミッション

 

 その一方、ライオス達は王都郊外に到着していた。


 湖に二人乗りのボートがあると聞いて、ライオスはさっそくルルイエを連れてボートに乗り込んだ。もちろん、漕ぐのはライオスである。


「存外、手漕ぎボートというのも悪くないね。ねぇ、ルルイエ?」

「はい、ライオス殿下」


 湖の水が澄んでいて底まで見える。時折、水底で煌くのは、おそらく魚だろう。

 休憩がてらにオールを手放すと、静かに揺れるボートと温かな日差しがライオスの眠気を誘う。


「ボートの上は気持ちいいね。眠ってしまいそうだ」

「まあ、殿下ったら。こんなところで寝てしまったら、風邪を引いてしまいますよ」


 くすくすと笑ったルルイエは、湖に浮かぶもう一艘のボートに目を向けた。そこにはエスメラルダと共にボートに乗った茶髪の少女の姿があった。


「王女達が気になるの?」

「ええ。シシリー様にボートを漕がせて大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。彼女は運動が趣味だからね」


 茶色い髪の少女はシシリー・クワント侯爵令嬢。武人を多く輩出している家系で、シシリーも令嬢でありながら、剣術や体術の心得がある。


(あれは下手したら私より鍛えているぞ……)


 彼女ならボートを一人で漕ぐくらい余裕でこなせるだろう。しかし、ルルイエはまだ彼女が心配のようだった。


「でも、殿下。シシリー様の顔色が少し悪くありませんか?」


 シシリーを見れば、たしかに笑顔がどこかぎこちない。船酔いでもしたのだろうか。


(不安、緊張、迷い、葛藤。それに……怒りの感情? うーん、具合が悪いって感じには思えないけどな)


 しかも、その怒りの念はなぜかライオスへ向けられている。彼女を怒らせるようなことはした覚えはないはずだ。

 ふとシシリーがライオス達に気付き、手を振っている。その姿からは飛び上がるような喜びの感情が伝わってきた。


 まるで沖に流された漂流者が、遠くで船影を見つけたような感情である。


「ルルイエ、やっぱり思い違いじゃない? 彼女、元気そうだよ?」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。手を振ってあげたら?」

「は、はい。シシリー様~」


 ルルイエと一緒に手を振ってあげると、なぜかシシリーから怒りと拒絶の感情が向けられた。


(おかしいな……喜んでくれると思ったけど。でもそれより)


 ライオスが気になっているのは、エスメラルダの反応だった。

 彼女もこちらに手を振ってくれたが、ライオスと目が合うと咄嗟に顔を逸らした。

 エスメラルダから迷いと焦りの感情がうっすらと伝わってくるのを見るに、シシリーと何か話したいよう。


(ここは離れた方が話しやすいかな? それにルルイエも暑そうにしてるみたいだし)


 普段より軽装をしているとはいえ、女性の衣装はそれなりに暑い。涼し気な顔しているルルイエも少し汗をかいているようだ。


(がんばれ、クワント侯爵令嬢~)


 そうエールを送り、ライオスはオールを握る。


「ルルイエ、喉が渇いてない? 一度岸に戻ろうよ」

「はい」


 ルルイエの返事を聞き、ライオスはボートをこぎ出した。


 ◇


(ああっ! なんで行っちゃうの、王弟殿下っ!)


 シシリーは岸へ戻っていくライオスとルルイエの姿を恨めしい気持ちで見つめていた。


(助けを求めて手を振ったのに、笑顔で振り返して! やっぱり王弟殿下は人の心が分からないんだ!)


 王宮から出発する直前に、ライオスから密命を受けた。それは、シャルメリアの王女、エスメラルダから密入国した理由を聞き出すこと。


 それを聞いたシシリーは絶望した。絶対に無理だと。


 肉体言語で語り合うことが多いクワント家の人間にとって、外交や要人の接待は不得手である。

 そんなシシリーがエスメラルダの世話役に選ばれた理由は、歳が近く、高位貴族であり、護衛もとい、エスメラルダを追いかける体力があるからだ。


 出会った当初は緊張していたが、お転婆な彼女とは馬が合い、それなりに仲が良くなったと思っている。


 しかし、そのエスメラルダが密入国したと聞いた時はさすがのシシリーも頭を抱えた。


 おまけに密命を与えたライオスは『世間話の流れでいいから理由を聞いてみて』と軽く言ってくる始末。



(密入国した理由を世間話の流れで聞くっておかしいよね⁉ それに王女様の真剣なこの表情! ただごとじゃないよね⁉)



 王宮でエスメラルダと会ってから、彼女はずっと怒っているような、悩んでいるような顔をしていた。

 はじめこそ、シシリーは彼女の従姉妹であるキャロラインに怒られたからだと思っていたが、理由は別にあることはなんとなく察していた。


「ねぇ、シシリー」


 ずっと貝のように口を閉ざしていたエスメラルダがようやく声を発した。


「はい、なんですか。エスメラルダ王女」

「貴方、私がなんでこの国に来たのか、聞かないの?」

「え……えーっと、王弟殿下にお会いしたいためでは……?」


 彼女はライオスにほの字だった。昨年の留学中も学校での会話はライオスのことばかりだったとシシリーは記憶している。


(お願い、そうと言って!)

「いいえ、違うわ」


 シシリーの願いはエスメラルダの一言で打ち砕かれ、内心で大きな悲鳴を上げた。


 エスメラルダは湖上にいるにも関わらず、用心深く周囲を見回してシシリーに手招きする。

 シシリーが彼女に少し身を寄せると、エスメラルダはそっと耳打ちをした。


「みんなは私がキャロラインの付き添いだと思ってるけど、実は私、密入国してきたの」

(知ってる! みんな知ってますよ、王女様!)


 既に周知の事実であることをエスメラルダが気付いていないことに、シシリーは頭が痛くなる。


「実はこれには深い理由があるの。海よりも深ーい理由よ!」

「は、はあ……?」

「これはシシリーにしか話せない内容なの、シシリー聞いてくれる?」

「お、王弟殿下は? お優しい殿下も、エスメラルダ王女の話を聞いてくださるのでは?」

「ダメよ! ライオス様はお優しいから、理由を聞いたら、びっくりしちゃうわ!」

「そ、そうですか……」


 正直、聞きたくない。いや、密命を受けている以上、聞かなくてはいけないが、本当に聞きたくない。


「いい? これはシシリーだから話すのよ? シシリーは私のお友達だもの。絶対に誰にも話しちゃダメよ?」


 彼女は何度も何度も念押しし、より一層声を落としてこう言った。



「私、キャロラインのお見合いを潰しにきたの」




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