線香花火は一瞬の輝き
さて、慌ただしくも楽しかった合宿も遂に終盤。
「皆、お疲れ様。
少し名残り惜しい気もするけど、今日で勉強合宿は終わりよ。」
海水浴の後の長い長い勉強の後、会長が口を開く。
「そっか...終わっちゃうんだね。」
少し名残り惜しそうな日奈美。
それに釣られてか各々寂しそうな雰囲気になる。
志麻も少し寂しそうだ。
なんだかんだ志麻も楽しかったのかな。
なんて考えてたら...。
「悠太ともっと一緒に居たかった...。
お風呂も...くすん...。」
うん..やっぱり志麻は志麻だ...。
「夜はカレーだよー!夜ご飯の後は皆で花火するから海辺集合ね!」
次にそう切り出したのは瑞穂だ。
「カレー!」
宏美、美江が反応する。
そう言えばこの二人カレー好きだったな。
宏美とのデートでは何度か某カレーチェーン店に足を運んだっけ。
「花火!やった!」
「楽しみ!」
所々から歓声が上がる。
勉強疲れもあってか、歓声も一入だろう。
「ハルたんからサプライズもあるんだよね!」
「いや、それ言ったらサプライズでもなんでもないじゃない。」
呆れながらチョップするハルたん会長。
「あだっ!?楽しみはあった方が良いじゃん!」
すっかり生徒会側の人間になってらっしゃる瑞穂。
「あ、ちなみにカレーは激辛だから。」
しみじみ思ってると、急に横に来てとんでもない事を言い出しやがった。
「は!?お前!俺を殺す気か!?」
「えー?せっかくカレーを作るならうんと辛いカレーにしたいじゃん。」
コイツこんな辛党だったのか...!
「と言うか朝もだけどお前が作るのか?」
「そだよ?だってハルたん料理出来ないし。」
「ちょ!?瑞穂!?」
「おぉう...。
完璧会長の弱点Part3...。」
「Part3!?
ち、違うから!私だってカレーとかラーメンぐらい作れるから!」
「本当に?」
「れ、レトルトなら...。
それに肉とか野菜とか切るくらいなら出来るし!」
瑞穂に聞き返されると、渋々と言う感じで答える。
「それが出来たら出来そうな気もするが...。
いや、言われてみたら結構肉の形が歪だったような...?」
「そりゃ、切り方だってこないだあたしが「わぁぁぁ!?」んむぅ!?」
高速で瑞穂の口を塞ぐハルたん会長。
おぉう、そんな陰ながらの努力があったのか...。
「...まぁ、その、女性はちょっと抜けた所がある方が可愛いと思いますよ...?」
「なんか雑なフォローされた!?」
「ぷはぁ...。
ま、まぁその点あたしはたまに仁さんの手伝いとかもしてるからそれなりに料理には覚えがあるんだよね。」
やっとハルたん会長の口封じから解放された瑞穂が言う。
「なるほど。」
ちなみに忘れている人も居ると思うから補足しておくが、仁さんと言うのは瑞穂の従兄弟で小洒落たカフェを経営する青崎仁さんの事である。(ep45参照)
俺からすれば大変いけ好かない人だが、まぁ確かに料理の腕は一流だった筈だ。
「また今度一緒に行こうね、悠太。」
「駄目に決まってんでしょうが。」
すかさずチョップするハルたん会長。
あの時抜け出して行ったのハルたん会長の許可を得てって事にしてたしなぁ、、
「あだっ!?
誰も学校ある日だなんて言ってないじゃんー。」
「あんたの場合前科があるじゃない!」
やっぱり根に持ってらっしゃる...。
「それよりマジで激辛にする気か...?」
「勿論!こないだ仁さんに教えてもらった特製スパイス試してみたかったんだよね!
やっぱ暑い日と言ったら辛い物でしょ! 」
「た、確かにカレーは好きだしちょっとは辛くても良いけど激辛はちょっと...。」
「み、右に同じ...。」
宏美、美江のカレー好き組もこれには抗議。
「私は激辛でも大丈夫ですよぉ?」
そう口を挟んだのは千鶴さんだ。
確か現世では辛子明太子が有名なあの地域在住だったからなぁ...。
「わ、私もカレー好きだけど辛いのはちょっとかなぁ...。」
と苦笑いの八重音。
「私は別にどっちでも良い。」
と宮戸。
「わ、私もそんなに得意じゃ...「ハルたんは食べれるよね?」
いや...「食べれるよね?」分かった、分かったから!」
「まぁまぁ、苦手な方もいらっしゃいますからここは中辛くらいにしときませんかぁ?」
と千鶴さん。
「ちぇっ、仕方ないかぁ。」
た、助かった、、
と言う訳で、瑞穂を筆頭にカレー作りが始まる。
「そう言えば志麻も料理得意って言ってたよな。」
「そうだよ!食べに来る!?いつが良い!?」
「待て待て、落ち着け落ち着け...大体急に来たら親御さんがびっくりす「しないと思う。」」
途端に真面目な顔になる志麻。
「と言うか会わないから大丈夫だよ。」
「え?あぁ、仕事だからか。 」
「違う違う、私一人暮らしだから。」
「えぇ!?」
それは初めて知った。
なるほど、普段から自分でしてるから料理が得意だったのか...。
「え、悪い。
そんな事情があるなんて知らずに...。」
「だから私の家に来ればなんでもし放題だよ!!」
一瞬同情しかけたが...やっぱりいつもの志麻だわ...。
まぁでも考えてみたらそうだよなぁ...。
なんと言っても普段はストーカーの志麻である。
家族と暮らしてるのなら年頃の娘の帰りが遅くなれば普通に心配するだろう。
でもそう考えたら普段こいつがストーカーしてるのも、そんな一人暮らしの家に帰るのが寂しいから...だったりするのだろうか。
「悠太が家に来たら...あれして...これして...フフフ...。」
うん、志麻は志麻だわ...。
そんなこんなで食事タイム。
「うっ、中辛のカレーって思ってたより辛いんですね...。」
そう口を開いたのはリオだ。
「あ、でも美味しい。
レトルトとか家で食べるカレー粉のやつとかと全然違う!」
「うんうん。」
宏美、美江のカレー好き組もご納得の様子。
「確かにちょっと辛いな。
でもこないだ仁さんのとこで食べたカレーと同じくらい美味い。」
「へへへ、なら良かった。
あたし的にはちょっと物足りないけど。」
「うぅ...辛い...野菜多い...。」
得意気な瑞穂の横に座って涙目でブツブツ言いながら食べ進めるハルたん会長。
「ハルたんのは特別に野菜大盛りにしといたから!」
ケラケラと笑う瑞穂。
「覚えてなさいよ...!」
キッと睨むハルたん会長。
なんだか本当この二日間一緒に過ごしてハルたん会長の本当の姿を知れた気がするな...。
「いや、めちゃくちゃ美味いな!瑞穂ちゃん流石!俺の嫁!」
「あ、秋名たんは500円ね?
あとちゃんと野菜も食べな?」
「まさかの有料!?
も、勿論食べるって!」
哀れ秋名たん...いや、昼間の事もあるから同情はすまい...。
「本当美味しいよ。
今度僕にも作り方教えてほしいな。」
と、智成。
よ!流石料理男子!
「うーん、それはトップシークレットだから。」
「そっか、残念。」
「とっても美味しいですぅ。
お酒が欲しくなりますねぇ。」
と、千鶴さん。
酔っ払って色っぽくなった千鶴さんとか超見たい。
「ま、まぁ今日は引率ですからお酒はまたにしてください。」
「では、悠さんがちゃぁんと卒業して、立派な成人になったら、御一緒してくださいねぇ。」
俺の言葉に千鶴さんはそう返してニッコリと微笑む。
「はいっ!勿論!毎日でもお付き合いさせていただきます!
って痛い痛い!」
美江がつねってきてって...宏美まで!?
「なんだよ!?」
「べっつにー。
何となく。」
理不尽がすぐるw
あれ...そう言えば直也と絵美と蘭ちゃんが居ないような...。
「そろそろね...。」
と、ハルたん会長が呟く。
それとほぼ同時。
強い破裂音。
「え、何?」
周囲から驚きの声が広がる。
「あ、あれ!」
全員の視線がベランダに繋がるガラスドアに向く。
「わぁっ...!!」
真っ暗な空に広がる大輪の花。
本格的な花火大会さながらの打ち上げ花火だった。
サプライズってこれの事だったのか。
「すげぇ!ガチのヤツじゃん!」
大興奮の秋名たん。
その場に居た全員が目を奪われる。
「みんな!出ておいでよ!凄く綺麗だよ!」
そう言って入り口から声を出す絵美。
それにつられて、全員が外に飛び出す。
「最初に言った通り手持ち花火もいっぱいあるからね!
今日は花火パーティーだよ!」
「「「おー!」」」
全員の声が重なる。
「楽しいですね。
悠太さん。」
早速手持ち花火を選んでいると、横からそう声をかけてきたのはリオだ。
そう言えばコイツ、行きの車でも今回の合宿を楽しみって言ってたよな。
「花火も始めて見ました。
本当、皆さんのおかげで沢山今まで出来なかった事を経験出来て私は幸せです。」
そう言ってリオは無邪気に微笑む。
本当こう言うとこ律儀だし大人っぽいよなぁ。
見た目はまんま子供だけど。
「悠太さん?一言も二言も余計ですよ?」
ひーん怖いよぅ...。
「本当...帰りたくないなぁ...。」
そう言って寂しそうに空を見上げるリオ。
確かにコイツは天使だし、いずれ天界に帰らないといけないんだよな...。
「なんて、私が弱音吐いてちゃダメですね。」
「おう。」
花火は一瞬だ。
でも確かに綺麗で、一瞬なのに確かに沢山の人の心に残る。
こうして過ごした日々もまた一瞬だけど、きっと俺は忘れる事はないのだろう。
いや、案外すぐに忘れてしまうのかもしれない。
なんと言ってもトラウマの引き出しに定評のある俺である。
人の記憶なんて良い事より悪い事の方がよく残る物だ。
でも、それなら...。
「また来たいな。」
そんな思い出をこれから何度でも作っていけばいい。
「...そうですね。」
そう言ってリオは優しく微笑む。
「さて!俺もやるか!」
「悠太!一緒にやろ!」
「ちょ!志麻!?花火持ったままは流石に危ない...「ダメ!お兄ちゃんは私と遊ぶんだから!」日奈美まで!?」
やれやれ...相変わらず騒がしい。
でもやっぱ楽しいな。
そしてこの楽しい時間も、もうすぐ終わってまた日常に戻っていく。
それによって感じる少しの虚しさ。
まるで綺麗だけどすぐに落ちてしまう線香花火のような。
その落ちる瞬間のような虚しさを噛み締めながら、俺達は最後の夜を盛大に過ごすのだった。




