そして彼女は微笑んだ。
「あー、おい、宏美居るか?」
同室のリオが寝てる可能性も考慮して一応小声である。
ノックの音も気持ちだけ。
当然返事は無い。
さて、思いつきでここまで来たものの……どうしたもんか……。
「何やってんですか……?」
「うひゃい!?」
ドアを背に考えていると、リオが扉を開けて怪訝な顔で見てきた。
「わ、悪い、寝てたか?」
「まぁ、寝てましたけど...。
でもお手洗いに起きたら宏美さんが居なかったので気になって探しに行こうと思ってたところです。」
「宏美、居ないのか……?」
「はい、今日一日中なんだかずっと考え込んでる様子で……。」
「そうか……。」
「やっぱりリタが言ってた事、ですよね。」
「多分な……。
それにしても部屋に戻った訳じゃないのか……。」
「え、悠太さん宏美さんに会ったんですか!?」
「え?あぁ……いや……その……実は……。」
「な、なんですか...?そんな言い淀んで……。」
リオには下着売り場の話もしてるしなぁ……。
結局宏美にも知られてるし別にいいか、、
「その……実はかくかくしかじかで……。
「うわぁ……。」
最後まで話を聞き終えたリオは露骨に顔を顰める。
「し、仕方ないだろ!?
俺だって動揺してんだよ!」
「悠太さんって本当なんて言うか……なんて言うかですよね……。」
「うっ……。」
げんなりした表情のリオ。
いやこれ俺悪くないよな……?よな……?
「はぁ……なるほど、それで宏美さんは泣きながら走って行ったと。」
「まぁ……そうだな。」
「なるほど。
事情は大体分かりました。
その上で何故宏美さんがそんな反応を示したのかも。」
「ほ、ほんとか!?それじゃあ教えてくれ!」
「でもこれはあくまで私の憶測だし、仮にあっていたとしてもそれは私の口から言う事でもないと思います。」
「ケチ天使……。」
「なんとでも言ってください。
それでも私の口から言える事は何もありませんから。」
「ケチ天使、アホ天使、チョロリ目刺し。」
「だからって言い過ぎじゃないですかね!?
泣きますよ!?私も泣きますよ!?」
涙目で睨むリオ。
うーんいじめすぎたかしらん……。
「コホン……そもそもこうしてここに来たと言う事は何か思う所があったから、なんですよね?」
「それはまぁ……。 」
「なら人に聞くんじゃなくて自分でちゃんと伝えて聞いてください。」
「だってお前人じゃないし……。」
「はいはい、そんなちょこざいな屁理屈を言うのはこの口ですか?この口ですか?」
言いながら右頬に中指をグリグリとしてくるリオ。
「え、悠太……?」
そうして俺が目刺し天使と戯れていると、宏美が驚いた顔で俺を見る。
そしてまた部屋を出ようとする。
「おい、待てって!」
そんな宏美の肩を、少し強引に掴む。
「離して!なんでこっちに来たの!?
あの清楚系ビッチと仲良くしてれば良いじゃん!」
「あいつならもう寝た。
それにあいつとは別に何でも……「一緒にお風呂入ってたくせに?」お、おう……。」
秒で返されて二の句が継げなくなる。
「あちゃー……それ言われたら何も言い返せませんね……。」
「そ、それだって俺が1人で入ってたらあいつが勝手に入って来たってだけで……。」
「他意は無いって……?
なんかガン見してたらしいけど?」
「いやそりゃお前だからそれは……。」
「変態……。」
リオにまで言われてしまった……。
仕方ないじゃない……だって今は健全な男子高校生なんだものっ……!
「で、でもそれは……!」
「どうせ関係ないよ、私には。
私はもう元カノで、今はただの友達で……。
鬱陶しくてごめんなさい!
もう悠太に干渉しないから。
だからもうほっといて!」
言いながらまた辛そうな顔をする宏美。
「待てって!」
「っ……!? 」
「聞けよ、ちゃんと。」
「何を……?」
「俺はさ、今もお前が何を考えてるのかちっとも分からない。
それと確かにちょっと面倒だって思う事もある。」
「あるんじゃん!」
「そ、それよりもだよ。
俺が言いたい事はそんな事じゃないんだ。」
「なんなの……?」
そう言って睨んでくる。
「ありがとう。」
「……え?」
「お前がどう思ってやったかは知らないし、その傷の事もあるから申し訳ない気持ちもあるけどさ。
でもそれ以上に、お前のおかげで今なんだかんだ幸せな毎日を送れてるんだ。
俺さ、あの日お前にフラれて全てがどうでも良くなってた。
前に聞いてきたよな?今楽しいかって。
あの時は意図が分からなかったし答える必要も無いと思ってた。
でもお前はさ、形はどうあれ俺を救ってくれたんだよな。
そのおかげで今俺は楽しい。
だからありがとう……。」
結局、これが今俺が一番宏美に伝えたいと思った事だ。
「そ……そっか……。」
それにまだ少し驚いている様子の宏美。
「なんだよ?」
「まさか……お礼なんて言われると思わなかったから……。」
「そりゃ俺だってお礼くらい……。」
「うぅん、そうじゃないの。
そう言ってもらえるならこの傷にも意味があったのかも……。」
そう言って宏美は嬉しそうに微笑む。
「なぁ、その傷……。」
「ごめんなさい。
それはまだ言えない。」
そう返す時、宏美の表情はまた暗くなる。
「俺のせいだから……か?」
「違う!……違うの……。」
本当に悲痛な表情で返してくる。
「そんな風に思って欲しくないから言えなかった。
それに……今の私にはこの傷の事を悠太に話す覚悟がまだないの。」
「そう……か。」
「でも、その時が来たらちゃんと話すから!全部!」
「宏美……?」
そう言う声は随分弱々しく感じた。
コイツ……本当に一人で何を抱えてんだよ……?
再会してから今まで、宏美の事は分からない事が多過ぎる。
「だから……だからお願い……。
お願いだから……
私の事嫌いにならないで……。」
今にも泣きそうな表情、弱々しく震える声で宏美は呟く。
「っ……!?」
「宏美さん……。」
気遣わしげに宏美を見つめるリオ。
「きゅ、急にごめん!変な事言って……。
どの口がって感じだよね。
今のは嘘だから、忘れて。」
そんな表情を慌てて振り払い取り繕おうとする宏美。
一年以上付き合って来たから知ってる。
コイツが普段は強がってても、本当は繊細で、辛い時には普通に落ち込むし、なんだかんだ結構気にしいな事を。
だから俺が恋愛をしたくないって言った時も、コイツは自分のせいだと言って自分を責めたのだ。
付き合ってくれた時は勿論、これまでだってなんだかんだずっと幸せを願ってくれていた。
だから分かる。
これは本心からの言葉じゃない。
「いや、幾らなんでもそれが嘘だからは苦しいだろ。」
「っ……!?」
「それにあれだ。
お前がめんどくさいのも嘘つきなのも知ってる。
伊達に一年以上付き合ってないっての。」
「やっぱりめんどくさいって思ってんじゃん……。」
「そりゃお前、付き合ってた時どれだけお前のマイペースに巻き込まれてると思ってんだよ。」
「そ、それは、私も少しは悪いと思ってるけど……!」
「でもそれで俺がお前を見捨てた事がこれまでにあったのかよ?」
「それは……。」
「だからその……今更嫌いにとかならねぇっての。」
「最初は素っ気無かったのに?」
「いや、それは別れたばっかりなんだから仕方ないだろ!?」
「冗談だよ。
私もまぁそうだったし。
それより良いの?本当に。」
「何がだよ?」
「私、悠太からしたら嘘つきなんでしょ?
もしかしたらこれまで言った事も全部嘘かもしれないじゃん。」
「お前は確かに嘘つくけどこう言う話で嘘はつかない。」
「ふーん……。」
「だからさ、明日はその、遊ぼうぜ、お前も。」
俺がそう言うと宏美は少し驚いた顔をした後で照れ臭そうに目を逸らしながら、最後にはこう呟くのだった。
「仕方ないなぁ……。」
本当、素直じゃないやつである。




