サンドバッグも時には跳ね返って体当たりしてくるのだ。
昼休憩。
「なるほど?そんな事があったんですか。」
「良かったね、お兄ちゃん。 」
「悠太、私とも仲直「それは別に良い」ぴえん……。」
弁当箱を片手に、今は、リオ、日奈美、志麻と中庭に移動しているところだ。
「大体仲直りも何もお前とはもう喧嘩してないだろうが。」
「だってー……悠太が冷たいんだもん……。」
「はいはい、よしよし。」
「ふぇっ!?悠太!?」
普段グイグイ来る癖に俺から頭を撫でられると別人かと思える程顔を赤くする志麻。
あとなんかアワアワ言ってる。
あれ、意外と効果的かも?
今度からコイツを黙らせるのに使おうかしらん……。
「悠にぃ!まりも撫でて!」
突然背後から茉里愛が抱き着いてくる。
「あ!ちょっと!私が先だから!」
日奈美が割り込んでくる。
別に順番待ちとかじゃないんだが...。
と、ここで。
誰かに睨まれている事に俺は気付く。
「川崎……。」
睨んでいた相手を俺はよく知っている。
「お兄ちゃん……?」
明らかに穏やかじゃない雰囲気を察してか日奈美が心配そうに聞いてくる。
「よぉ、最近随分調子に乗ってるみたいじゃねぇか。」
久しぶりの再会。
でも友好的な雰囲気なんて微塵もない。
「悠太さん、この人は?」
リオが遠慮がちに聞いてくる。
「一応幼馴染、って事になるんだろうな。」
こんな煮え切らない言い方になるのも仕方ない。
俺達が仲良く過ごした期間なんて幼稚園くらいで、そこから小学校が別になり、中学になってからはまぁ酷かった。
そもそも幼馴染の定義が小さな頃からずっと仲がいい事であるなら、俺にはそう言える相手なんてそもそもいない。
それにしても……だ。
「本当、ただ都合が良いって訳じゃないんだな。」
最近はずっと会えないと思っていた人が周りに集まって浮かれていた。
でも何故か気まずい事この上ないのに元カノ達まで現れて、果ては絶対にもう二度と会いたくないと思っていた川崎まで現れるなんて。
思わずため息が出る。
「お前にだけはもう二度と会いたくなかったよ。」
「は?」
川崎が苛立たし気に近付いて来て、そして。
頬に強い衝撃。
殴られたのだ。
「お兄ちゃん!」
日奈美が駆け寄ってくるが、それを手で制す。
口の中で血の味がし始める。
またため息が出る。
「お前って昔からそうだったよな。
気に入らなかったらすぐ手が出る。
チンパンジーの方がまだ賢いんじゃねぇの?」
「は、てめぇ何言って……。」
一瞬怯む川崎。
それもそうだろう。
前世でコイツに殴られた時、俺は一切抵抗も反論もしなかったし、出来なかったのだから。
そんな俺がこうして殴られても怯まずにこんな風に反抗的な態度を取ってくる状況は不自然と感じてるに違いない。
言ってしまえば、サンドバッグが突然喋って文句を言ってくるような物だ。
「そうそう、もし万が一にもお前にもう一回会う事があったら言いたい事があったんだ。」
「なっ、何だよ……?」
「クソ喰らえ。」
そう言って俺は、血が混じった唾を川崎の顔面に吐きつける。
「っ……!?てめ……っ!?」
その直後に俺は川崎の腹に自分が出せる精一杯の蹴りを打ち込む。
「ガハッ!?」
モロに入った。
そのまま後ろにすっ飛んだ川崎は、流石にダメージが大きかったようで、すぐには立ち上がれそうにない。
そこを狙って俺は更に追撃を……
「っ……!?」
次の攻撃が来ると思ったのか、川崎は目を閉じるが、俺はすんでのところで止める。
「あの日のお前ならそのまま踏んで蹴って殴ったりしたんだろうな。」
「な、なんで…だよ。
今なら仕返し出来るだろうが。」
「あぁしてやりたかったさ。
人の事散々ボコボコにしといて、卒業アルバムでは新しい友達と楽しそうに笑いやがってよ。
本当反吐が出る。
調子に乗ってるだ?あぁ、調子に乗ってるさ。
それの何が悪い!
俺だって今はな、沢山の大切な人に囲まれてんだよ。
馬鹿みたいに笑って、今を楽しんでるんだ。
今更しゃしゃり出てきて邪魔すんなクソが!」
そう言って一度蹴り飛ばし、そのまま背を向けて歩き出す。
追っては来なかった。
そうして姿が完全に見えなくなった後で、俺はその場に座り込んだ。
「お、お兄ちゃん大丈夫?」
心配そうに日奈美が駆け寄ってくる
「悠太、大丈夫だよ。
一部始終録音、録画済みだから今から警察と教育委員会に突き出してくる。」
志麻さんの準備が良すぎて不気味すぐるw
「良い、そこまでしなくても。」
物騒な事言ってる志麻の肩を掴み、引き止める。
「あっ、肩ポン……良い……。」
もうやだこの元カノ……。
「悠にぃを殴るなんて……許せない!」
茉里愛も怒ってくれる。
「無茶し過ぎですよ?悠太さん。」
リオもそう言って気遣わしげに声をかけてくる。
「そうだな……慣れない事して腰が抜けたみたいだ。」
「幼馴染……でしたっけ。」
「そうだけどちょっと違う。」
そうして俺は四人に話す事にした。
川崎との出会い、そして裏切りの全てを。
「あいつとは家が近所でさ。
幼稚園が同じでもう一人の幼馴染、こっちは女子だが玉井絵美と三人でいつも一緒だったんだ。
でも小学校は違う学校に行く事になって、ほぼ会わなくなった。
一度だけ三人で集まった事もあったと思うが、結局その一度だけだ。
俺は俺で小学校での生活が散々で、自分から会いに行く余裕なんてなかった。
二人と別れた後の小学校での生活は本当に最悪で、全くいい記憶が無い。
クラスも学年も関係無しに疎まれ、避けられ、差別され、理不尽な嘲笑や嫌がらせ、暴力もあった。
友達のような相手は数人居たように思うが、その誰もが、その状況で庇ってくれなどしなかった。
そんな中で、自分から会いに行く事もしなかった癖に俺は二人と中学で再会出来るのだけを楽しみにして学校に通っていたんだ。
なのに、そんな期待はあっさり裏切られた。
家族ぐるみの付き合いでお互いの家に泊まりあったりもした玉井には無視され、川崎には会う度に何度も殴られた。
理由も分からないまま、あいつも理由を話さないまま。
でもそれも二年になってから辺りで気が済んだのか全く関わって来なくなった。
その頃にはアイツもアイツで新しい居場所でよろしくやっていたのだろう。
それなのに俺は相変わらず中学でも全く居場所
を作れなくて、本当散々だった。」
「酷い……。」
まるで自分の事のように苦しそうな表情を浮かべる日奈美。
「あの頃の俺は全く人を信じれなかったし、自分にも何か原因があったかもなんて考える余裕も無くて、全部、全部を他人のせいにしていたんだ。
そんな俺の日常に変わるきっかけをくれたのが、綱岡先生なんだよ。」
「え、綱岡先生?」
リオが聞き返してくる。
「綱岡先生がさ、話てくれたんだよ。
俺の事をクラスの連中に。
クラスの連中からしたら、担任がコイツを贔屓するんだろうなと思ったんだろうけどさ。
でも違った。」
「今日はお前らに話がある。
美澄の事だ。
コイツはさ、これまで色んな事があって心を閉ざしちまったんだ。
確かにコイツは馬鹿で、悪い所なんか探せば幾らでも出て来るだろうよ。
でもさ、それだけじゃない。
優しい心だってちゃんと持ってるんだよ。
だからお前らでさ、コイツの心を開いてやってほしい。」
「それからだよ、クラスの奴の一部が優しくなったのは。
まぁ、完全に嫌がらせやらなんやらが無くなった訳じゃないが、それからの毎日はそれなりに良かった。
高校からはそのきっかけで変わろうと思って友達も出来た。
日奈美にも出会えた。」
「うん。」
嬉しそうに日奈美が微笑む。
あの時のきっかけが無かったら、今だってこんな日々を過ごせてなかったんだろうな。
「悠太さんが今はちゃんと人を信じれる人で良かったです。」
リオもそう言って微笑む。
「あぁ。」
こうして生まれ変わって、良い事も悪い事もある。
でもそれならそれで良い。
こうなったらとことんやり残した事、前世で出来なかった事をやり尽くしてやる。
俺はそう誓い、まずは目先に迫る期末試験に思いを馳せるのであった。




