観客はトマトだと思いなさい
改めて深呼吸。
ゆっくりと舞台に向かう間も、多くの生徒からの視線を感じる。
ふぇぇ怖いよぅ...。
こう言う時どうするんだっけ...。
確か生徒をトマトと思うんだっけ...?いやそれはかぼちゃでトマトは俺の嫌いな物だったわ...。
あれなんでカボチャなのかしらん...?
まぁカボチャじゃなくても良いんだろうけど嫌いな物にしたら多分逆効果だよなぁ...。
さて、舞台に立つ。
おいコラ志麻、お前1年じゃないだろ...。
最前列でカメラ連射しながらスマホをスタンドで固定して動画撮るのやめなさい...。
肖像権を行使します!
え、ストーカーにそんなの通用しない?
うん、知ってた。
※席順は舞台側から1年、2年、3年の順で並んでいる。
さて、舞台に立つ。
一斉に集まる視線は様々で、噂のせいか顔を顰める者、それを知ったうえで面白そうにしてる者、写真を撮りながらデレデレしてる者...いやこれは志麻だったわ...。
片杉のやつこんな視線の中であんな堂々と喋ってたのかよ...。
で、でも大丈夫だ。
ちゃんとこの時の為にカンペを...。
ポケットに手を入れる。
無い。
無いっ!?
そ、そうだ...!?
昨日日奈美相手に練習してその時机に置きっぱにしてたんだわ!?
いや、こんなヘマリアルにするのか!?
確かに漫画とかアニメとかでは割とありがちな
パターンだけども!
滝汗が浮かぶ顔でチラリと瑞穂に目を向けると、頭を抱えながらため息を吐いていいからやれと目で訴えてくる。
くそ...これじゃ朱里部長の事言えないじゃねぇか...!
そうこうしてる内に全員の視線が怪訝な物に変わっていく。
「あー、えっと。」
やるしかない...。
そっと日奈美に目を向ける。
心配そうに見守る日奈美と目が合う。
そっとファイティングポーズを向けてくれる日奈美に癒される。
うし、大丈夫だ。
今の俺ならやれる!
「生徒会庶務、三澄悠太です。
津川瑞穂の応援演説をさせていただきます。」
「二人が付き合ってるってマジですかー?」
「だから味方してんのー?」
話始めてすぐのタイミングで、そんな質問が投げかけられる。
これは先に噂の方を否定しといた方が良いか...?
「あの新聞の内容は作成者の勝手な想像で事実とは異なります。」
「えー?そうなん?」
「でも火のないところに煙は立たないって言うしさ?」
「付き合ってもないのにシャワー借り合ったりすんのw?」
「パンツまで洗濯してもらっといてそれは苦しいんじゃねw?」
事実も混ざってるから否定したところであんまり効果無いか...。
食い下がる事は出来るが結局悪魔の証明になるのは間違いない。
なら...。
「確かに全てが全て間違いと言う訳じゃないし、そこに関してはどうとってもらっても構わない。」
「お、認めた?」
そんなヒソヒソ話が聞こえてくるが俺は構わず続ける。
「瑞穂の事だってまるっきりデタラメなんかじゃない。
アイツは確かに清楚系ビッチだなんて言われる様な生き方をしてきた。」
「それはまぁ...。」
「停学になった事もあるって話だよね...。」
瑞穂の話題になるとやはり大半の反応が悪くなっているようだった。
「でもアイツがそうなったのには、理不尽でどうしようも無い胸糞悪い理由がある。」
「いやいやだからって...。」
「じゃあ仕方ないとはならないよね...。」
「だから仕方ないなんて最初から言うつもりはない。
アイツがこれまでした事は許される事ばかりじゃないだろうし、絶対消えない。」
「そこは擁護するんじゃないんだ...。」
「キッカケはどうあれ、悪い事は悪い。
それは確かだ。
でもさ、瑞穂はそんなキッカケを憎んでなんか居ないんだ。
どれだけ理不尽に晒されても、それでも瑞穂はそれを嘆いたりなんかしない。
同情を買ったりなんかしないし、そうならなかった他の人間を妬んだりなんかもしない。
むしろそんなキッカケを乗り越えても、精一杯今を楽しめる奴なんだよ、瑞穂は。
俺はそれが本当に凄いと思ったし、だから尊敬もしてる。」
俺の言葉に、辺りが静まり返る。
「確かにめちゃくちゃ不器用かもしれない。
これからも間違える事はあるかもしれない。
でも、そんな瑞穂だからこそ、生徒会副会長になったら全力で自分だけじゃなく皆が楽しめる生徒会を作ってくれると思う。
だから!頼む!
噂だけで悪い奴だと決め付けないで、これからのアイツを見て応援してやってほしい!」
そう言って頭を下げる。
すると、まばらながら拍手が聞こえてくる。
「ありがとう...ございました。」
もう一度改めて礼をして、舞台袖の方に歩く。
頭の中には中学の時、綱丘先生に助けられた時の思い出があった。
「確かに彼にも悪い所はある。
でもさ、今は心を閉ざしてしまってるだけで本当は優しい奴なんだ。
だから皆でコイツの心を開いてやってくれないか?」
もし、ただ味方するだけなら。
あぁ、また教師が無条件にいじめられっ子を庇うのかと誰もマトモに話を聞かなかっただろう。
でも俺自身にも悪さがあると伝えた事で、ちゃんとお互いの気持ちを理解しようとする意思が伝わってきたのだろう。
それからはクラスメイトが俺に向ける態度は目に見えて軟化した。
本当に綱丘先生には感謝してもしきれない。
だからこそ、俺は瑞穂の味方であってもきちんと悪い部分は悪いと言える存在でなければならない。
そう思えたのだ。
「お疲れ。」
舞台袖に戻ると瑞穂が声をかけてくる。
あれ?心無しか顔が赤いような...?
「み、見るな馬鹿!」
「あいた!?」
思いっきり背中を引っぱたかれた。
「全く...今から喋らなきゃいけないってのに!
なんなのあれ!公開告白!?」
「い、いやそう言うのじゃ...。」
あ、あれ...?でもはたから見たらそう見えるのでは...?
「馬鹿...。
でもありがと。
おかげで勇気出た。」
「え? 」
そう言って瑞穂は堂々と舞台にまで歩いて行き。
「はーい、今紹介に預かった津川瑞穂でーす。」
その整い過ぎた容姿で思いっきり魅力的な笑みを全校生徒に向ける。
「さっきの人と付き合ってるってマジですか!?」
そこに早速茶々が入る。
「んー。」
それに瑞穂は一度考え込んでから、
「ご想像にお任せ、かな?」
それに会場が沸き立つ!
ついでに志麻の殺気も沸き立つ!
目が!目が怖いから!?
「あたしが副会長に入ったのは、ハルたんに蘭、絵美に悠太、五人でやる生徒会が楽しそうだと思ったし、楽しく出来そうだと思ったからです。
もし続けられるなら、と皆さんにも喜んでもらえる事請け合いの公約も考えて来ました!
まず最初に、目安箱の設置は片杉さん同様です。
で、それを活用して、食堂の品揃えリクエストを受け付け、前向きに検討してもらえ
るよう打診します!」
「おぉ!」
「それは確かに嬉しいかも!」
「ちなみにあたし的にはもっと激辛メニューがあったらなぁなんて。」
「いや、自分が激辛メニュー食べたいだけかい!」
「いやでも確かに辛いものもあってもいいかも?」
「どうせなら激甘メニューとかも欲しい!」
「あはは、それもあり!」
あざとく笑いながら、瑞穂はそんな意見に同調する。
「あと各部の部費の見直し、生徒会主催の行事企画立案なんかも出来たらなぁって思ってます。
その辺りも目安箱で皆の意見を聞かせてほしいな!」
「マジで!部費増える!?」
「断言は出来ないけど善処はします!」
「まぁ確かに根拠も無しに断言されるよりは全然良いか!」
「それでね、あたしが目指す生徒会はこんな風に皆で作って盛り上げていける物にしたいんだ。
だから一緒にやっても良いって思う人は応援してくれると嬉しいな。
あたしからは以上です!」
そう言って瑞穂は深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。
では、この後各教室にて投票を行います。
各担任の先生方は投票用紙の配布、回収をお願いします。」
ハルたん会長のその言葉で、生徒会副会長選挙は幕を閉じる。
結果、投票多数で瑞穂が副会長として選ばれたのだった。




