理屈と根拠
綱岡先生からの突然の呼び出し。
なんだろうなぁ...。
寝坊して朝飯抜きになってあまりにも腹減りすぎてこっそり早弁したのがバレたか...!?
いや、あれはすぐバレたんだったわ、、。
匂い盛れすぎ問題。
あれ上手くやってるやつほんとどうやって誤魔化してんのかしらん、、
じゃあなんだろう...。
まさかカンニングがバレて!?
いや...してないわ...。
まぁ普通に考えたらあの新聞の事、だよなぁ...。
「失礼しまーす...。」
特に悪い事してないつもりでも、呼び出し食らって職員室に来るって状況はどうにも気まずい。
「おう、入れ。」
俺に気付いた綱岡先生がそう言って手招きしながら中に入るよう促してくる。
怒ってる感じはなさそうだが...。
恐る恐る先生の席の前に向かう。
「そんなに畏まらないで良い。
それとも、何か畏まらなければならないような後ろめたい事でもあるのか?」
「滅相もありません!」
「ならどっしりと構えていれば良い。
今日呼び出したのは別に説教の為ではないからな。」
その言葉にとりあえず安心する。
「なんだ、説教されたかったのか?」
「滅相もありません!(2回目)」
「2回目をわざわざ口に出す辺りふざけてる感じがするが、、まぁ良い。」
ゆ、許された、、ほんとこの先生一々迫力あるからどうにも萎縮してしまうなぁ...。
「そんなに警戒しないで良い。
今日呼び出したのはお前も既に知ってると思うが、あの新聞の事についてだ。」
やっぱり...そうだよなぁ。
「先生、あの新聞に書かれてるような事は...!」
「分かってる。」
「え?」
「確かにお前の周りには女子の知り合いが集まっているようだが、だからと言ってそいつら全員を誑かしていると言うのも新聞を書いた側の穿った見方による物だと分かる。」
な、なんだ分かってるなら...。
「お前にそんな度胸と甲斐性があるとも思えんしな。」
「うぐっ...!?」
理解してくれてるようで一々突き落としてくるのはなんなんですかね、、
いや、まぁ事実なんですけど...。
「まぁ、事実はどうであれ、ここまで騒ぎになると担任として事情を聞かない訳にもいかんのだ。
勿論津川もクラス担任から話を聞かれた。
アイツの場合は前科もあるしただの事情聴取と言う訳にもいかんだろうが。」
マジかよ...。
いや、仕方ないのかもしれない。
新聞で書かれた内容は殆ど事実だし、それを広められれば騒ぎにもなる。
だから担任から詳しく事情を聞かれるのは仕方ない事ではある。
でも、だ。
「先生、確かにアイツは清楚系ビッチなんて言われてるし言われるような事をして来たかもしれないです。
それで停学になった事もあります。
でも停学になってきちんと罰を受けてる。」
「そうだな。
パパ活まがいの事をして、って言う事に関しては停学と反省文でもう型はついてる。」
「なら!」
「ただ、今回の事態で多くの生徒から抗議の声が上がってな。
あんな奴を副会長にするな、と言うな。
そうなるとこちらも立場上調査をしない訳にはいかんのだ。」
「っ...!?」
理屈としては分かっている。
だけど...!
「先生!アイツは確かに素行が悪い不良だって思われがちですけど...。
でもそんなに悪いやつじゃ...。」
「友達として見る分にはそうなのかもしれんな。」
「っ!?」
「でも何も知らない第三者があれを見れば、それが彼女の本来の姿であると思わざるを得ない。
お前の事にしたってそうだ。
お前の事を全く知らない第三者からすれば今のお前は複数の女子を誑かすチャラ男と言う印象を持たれている事だろう。」
「ぐぅっ...。」
ぐうの音も出ないとはこの事である正論っぷりである。
いや、出たけども...。
「じゃ、じゃあ先生も...?」
「何度も言わせるな。
私はそんな新聞の情報だけで生徒がどんな人間かを判断するような事はせん。
これでもお前の担任だからな。」
「せ、先生。」
「津川の事にしたってそうだ。
立場上何もしない訳には行かないから動いてるが、私個人の思いで言うなら私も津川の事を信じたいと思っている。」
「なら。」
「ただな...大人の社会と言うのはそんな個人の思いだけでどうこう出来る物ではない。
何かを証明するなら言葉よりも確かな根拠が必要だ。」
「根拠、ですか...。」
「そうだ。
大人と言うのは社会を知ってどうにも理屈や根拠に考えを操作されがちだ。
子供の頃親に保護されていた時のように自由気ままに何も考えずに生活する事は出来なくなる。
生きていく上で金を稼がなければならない。
その為には組織に入って組織に合わせて行動しなければならない。
悪い事をすれば自分で全責任を負わなければならない。
そんな現実を知り、そんな社会の中でどう上手く生きて行くかを考えながら生きるようになると、結局理屈や根拠にこだわるようになってしまうんだ。」
分からなくもない。
郷に入っては郷に従えと言う言葉通り大人には大人のルールがあり、子供には子供のルールがある。
先生も同じように組織人だからこそ守らなければならないルールがある。
意思とは関係無しに合わせなくちゃいけないと言う理屈があり、根拠がある。
「私から出来る事は少ない。
でもお前は津川を守りたいんだろう?」
「勿論!」
「ならお前だけでも全力で信じてやれ。
味方でいてやれ。
一人でも味方が居ると言うだけで津川も救われるだろうし、周りの考えを変えたいならそうして全力で信じる誰かの存在が何より必要なんだ。」
「はい。」
そうだ。
俺が学生時代いじめられ、差別されていた時、綱岡先生はいつも味方で居てくれたんだよな。他の誰もが分からないし分かろうともしなかった俺の良さを見つけて伝えてくれた。
そんな先生の優しさがあったからこそ、今の俺はいる。
「ありがとうこざいます。
おかげで自分が何をすべきか見えて来ました。」
「おう、そうか。
それは良かった。」
でも結局卒業してから疎遠になったんだよなぁ...。
「あ、それはそうと良ければ連絡先教えてくれませんか?」
「きゅ、急になんだ!?
まさか私まで誑かそうってんじゃないだろうな!?」
「滅相もありません!(3回目)」
「それ言ってればなんでも取り消せると思うなよ...?あと3回目とわざわざ口にだして言う辺りが信用ならん。」
「あちゃー...そこは仕方ないなぁ。」
「いや、仕方なくはないだろ...。」
でもなんだかんだ教えてもらいましたとさ。




