お風呂場パニック
「ちょっと待ってて。」
そう言って瑞穂に連れられてやってきたのは築年数が何年かも分からないいかにも古そうな1階建て一軒家だった。
確か祖母に引き取られて一緒に暮らしてると聞いたが、この家はその祖母が若かりし頃に購入した物なのだろうか。
「ただいまー。
ばあちゃんー!悪いけど降られちゃったからタオル持って来てくんない?」
「おかえりー。
はいはい、ちょっと待ってて。
あら?お客さん?」
玄関から顔出したのは瑞穂の祖母だと一目でわかる年齢にしては美人な女性。
年齢は60代位だろうか。
小柄で雰囲気はとても優しそう。
まだ腰も曲がっておらず、若々しい感じ。
「そ、お友達。」
「どうも……。」
軽く会釈すると、おばあさんはにこやかに微笑んで会釈を返す。
「こんにちは。
瑞穂の祖母の時子です。
急に降り出したもんだから帰ったらすぐに入ると思って今お風呂も沸かしてる所だから良かったらあなたも入って行って頂戴な。」
言いながら無地の白いバスタオルを俺にも差し出してくれる。
「ありがとうございます。」
「あぁ、あと。」
瑞穂が言い忘れた何かを思い出したように呟く。
「あと今あたしが好き人。」
「ぶっ!?ちょ、瑞穂!?」
「あらあらぁ。」
瑞穂の言葉にニマニマと微笑む時子さん。
「おまっ……急に何言って!?(小声)」
「えー?だって婆ちゃんに隠し事とかしたくないし?」
「いや、だからって!」
「ふふ、それよりもうそろそろお風呂も沸くだろしどちらか入っておいで?」
「そうだね。
あ、また一緒に入る?」
「あ、あほか!?」
さっきのも充分爆弾発言だがそれ以上の爆弾発言をしれっと投下してくるんじゃない!!
「えっと……。」
ほら!?時子さんも困った顔してんじゃないか!?
「ふふ、冗談冗談。
あたし先に入ってくるから悠太は婆ちゃんと話でもしといて。」
「ちょ!?このタイミングで!?」
「えー?だってレディーファーストでしょ?」
「そうだけどそうじゃない!?」
「はいはい、そんじゃ、後でねー。」
バスタオルをぶら下げながら上機嫌で家の奥にある風呂場の方に入って行く。
「あ、ちょ……。」
「ちょっと奥でお話ししましょうか?」
ニッコリと笑う時子さんにドキリと悪い意味で心臓が高鳴り、冷や汗が頬を伝う。
とりあえず借りたバスタオルで簡単にさっさと体を拭き、通されたダイニングキッチンの椅子に座らせてもらう。
一応座布団はズボンが濡れてるから避けておいた。
「まぁ、洗濯すれば良いから気にしなくて良かったのに。」
「いえいえ……急にお邪魔したのにそんな手間をかかけさせられませんよ……。」
「ふふ、若いのに中々しっかりしているのね。」
「はぁ、どうも。」
「飲み物は麦茶で良いかしら?」
「あぁ、はい。」
けして広くはないスペースの中央に鎮座するテーブルには3つの椅子が机を囲むように置かれている。
長く使い込まれているのであろうキッチンは、年季が入っている割には随分綺麗だった。
「そんなにジロジロ見られるとなんだか照れるわね。
ごめんなさいね、こんな古臭い場所で。」
「あぁ……いえ!全然そんな事ないです!」
つい所在なく辺りを見回し過ぎてしまった……。
「ふふ、気を使わなくて良いのよ?
私が小さな頃に親が建てた家だもの、所々ガタが来てるし気になるのも仕方ないわ。」
「いやいや、本当そういう事じゃなくて……なんと言うか瑞穂は普段ここで生活してるんだなぁって思ったと言うか。」
「そうね。
中学生の頃だからそんなに長くはないけど。
普段の瑞穂はどんな感じなの?」
時子さんも椅子に座り、聞いてくる。
どんな感じ……か。
俺が知る瑞穂の印象と言えば……。
いや、流石に祖母に対してあなたの孫は清楚系ビッチですなんて正直に言える筈も無く……。
「えっと、明るくて結構面倒見が良くて、生徒会を手伝ってた時なんかはその場を仕切ってテキパキ仕事を進めてたり、なんて言うか凄い奴です。」
なんと言うか瑞穂の良いところをとりあえず並べてみた物の……随分締まらない感じになった。
「そう、あの子あんな感じだから普段学校で浮いてないか心配なのよ……。」
「うっ……それは……まぁ……。」
どうやら普段の清楚系ビッチっぷりは、俺がわざわざ伝えなくても時子さんにバレていたらしい。
そりゃまぁ停学になってた時期もあるらしいし普通にバレるわな、、
「いや、でもアイツには普通に友達も居るし、俺はアイツがどう言う経緯でそうなったのかも知ってるのでそんな気にならないと言うか……。」
「あら、そうなのね。
うちのバカ息子のせいで……本当に……。 」
どうやら瑞穂のクソ親父は時子さんの息子のようだ。
多分こうして引き取ったのもその負い目があって、だったりするのだろうか。
「それにしても。
瑞穂がそんな話を自分からするなんてねー。」
「え?」
「あの子、あんまり自分の事を話したがらないから……。
いつ話を聞いたの?」
「あぁ……アイツと二人で仁さんの店でカレーを食べた時ですね。」
「仁君のとこで……そう……。
あなたの事、本当に信用しているのね。」
「そう、なんですかね……?」
「そうよ。
あの子は確かに色んな人とお付き合いしては別れてを繰り返していたけど、その話をしたのはあなたが初めてだと思うわ。」
「そう、ですか……。」
そう言われると悪い気がしなくもない。
「あなたみたいにあの子の事をちゃんと理解してくれるお友達が居て本当に良かったわ。
これからも仲良くしてやってね。」
「あ、はい!」
「でも学生らしく節度を守った範囲でね?」
うっ……!?やっぱりさっきのあれが尾を引いてる!?
「い、いやだからあれはちょっとした悪ノリと言うかなんと言いますか!」
「ふふふ。」
なんか笑って誤魔化された感じなんだが!?
「上がったよー!」
そうこうしてる内に、風呂から上がった瑞穂が合宿の時にも見たパジャマ姿で入ってきた。
「あら、じゃああなたも入って来なさいな。」
「あ、はい。
頂きます。」
「どうぞー。
シャンプーとかボディーソープはあたしの使ってくれて良いからさ。
2段目の棚にあるやつ。
あと服は洗濯機ね。」
「おう。」
言われて風呂場に向かう。
それにしても他人の家で風呂に入る、なんてそう無い経験だよな……。
美江と付き合ってた時はよく家に泊まって入ったりしたもんだが……。
それ以外だと幼稚園の頃に絵美の家で入った時以来じゃなかろうか。
そんな事を考えながら風呂場に入る。
所々に欠けたタイル張りの壁に、石畳の床。
そこに青いマットが敷かれていて、横には小さな椅子も備え付けてある。
流石にそれに座るのは色々気が引けたのでマットに腰を下ろす。
浴槽は鉄製の昔ながらな感じ。
とりあえず借りたスポンジと瑞穂のボディーソープを使って体を洗う。
「悠太ー。
着替え、棚の上に置いとくよー。」
「あ、おう。
サンキュ。」
「ほーい、ごゆっくり〜。」
ん?なんだか機嫌良さげだな。
とにかく手早く体と髪を洗い、湯船に浸かる。
「はぁ……。」
思わずため息。
本当、この瞬間の幸福感たるや。
仕事で疲れて帰った時、この瞬間に何度心を洗われた事か。
なんだか生徒会の急な抜擢もそうだが、瑞穂の悪ノリもあったりと色々疲れる一日だった。
日奈美と母さん心配してるだろうな……。
流石に連絡しとかないとだよな……。
そんな事を考えながらゆっくりと風呂から上がり、バスタオルで体を拭く。
棚には津川と刺繍が入ったジャージの上下が。
流石に身長差もあるから心配ではあるものの、着れないことはないだろう。
お言葉に甘えてそれを着ようと掴んだところで、ハラリと何かが床に落ちる。
「ん?なんだこれ…………なんだこれぇぇ!?」
思わず叫んでしまう。
「どうかしましたか?」
少ししてドアの向こうから時子さんが声をかけてくる。
「あぁ……いや……なんでも……。」
「そ、そうですか。」
「はい……すいません……。」
瑞穂のやつっ……!!
おそらく俺の叫び声を聞いてほくそ笑んでいるであろう小悪魔に脳内でボヤく……。




