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エピソード 1ー7

 私が行方不明の皇女かもしれないと知り、ダリオンは思索の海に沈んだ。ほどなくして顔を上げた彼は、私の話が真実だと思ったのか、険しい顔をしていた。


「皇女様がなんで孤児院なんかで暮らしてやがる……」

「賊に見せかけた騎士に襲撃され、命を狙われたの。そして、私を命がけで逃がしてくれたお母様に言われたのよ。決して家名を名乗るなって」


 だから、家名を名乗るのは六年ぶりよと笑うと、「家名を隠していても、名前を名乗ったら意味ねぇだろ……!」と詰られた。


「当時八歳の女の子に無茶を言うわね? これでも街へ逃げ延びた後、着ているドレスを焼き払ったり、身寄りのない子供の振りをして孤児院に駆け込んだり、結構がんばったのよ?」


 名前を変え忘れるくらい仕方ないじゃない。そんなふうに言い返すと、ダリオンはすごくなにか言いたげな顔をした。


「……それはそれですごいな。だが、それなら、いままでバレなかったのはどうしてだ?」

「それは……偶然としか言えないわね」


 たぶんだけど、亡き母は私が一週間も経たずに見つかると思っていただろう。家名を名乗らせなかったのも、私を救おうとする者が駆けつけるまでの時間稼ぎだったはずだ。


 だけど、私は身を隠し続けた。

 回帰前の私が見つかったのも、エミリアを助けようとお母様の言いつけを破った結果だ。それがなければ、私は一生身寄りのない子供として生きていただろう。

 悲劇と言えなくもないけれど、回帰したいまの私にとっては都合がいい。セイル皇太子殿下との約束があるからだ。


『アリーシャ、次は俺と敵対しないでくれ。そうしたら自由に生きてくれてかまわない』


 タイミングを考えると、あれは回帰後の私に向けた言葉に違いない。付け加えるなら、敵対しないで欲しいと言われた理由にも心当たりがある。


 最初に言ったけど、いまの私は三度目の人生を歩んでいる。

 最初の人生は、日本の苦学生として命を散らした。アリーシャに生まれ変わった私はそのことを忘れていたけれど、皇族に復帰したあたりで色々と思い出すようになった。


 だから、自分を孤児院から救い出してくれたセイル皇太子殿下に恩を返すべく、私は政治や社交界での活動に全力を注いだ。自分の持てる知識をすべて使って、だ。

 そして――やり過ぎた。


 孤児院で育った傷物皇女。そんな汚点が消し飛ぶくらいに功績を立て、うっかり次期皇帝の候補に挙がるくらいにはやり過ぎた。

 私としては、恩人であるセイル皇太子殿下を支援するためだったのだけれど、彼は私のことを次期皇帝の座を争うライバルとして警戒するようになった。


 仲が悪かった訳ではないし、最終的には解り合えた。でも最初は政治的にぶつかり合うことが多かった。それが原因で対立派閥や隣国につけいる隙を与えてしまった。それがなければ、もっと色々なことが上手く回っていただろう。

 敵対しないでくれというのは、きっとソレを示している。

 だから――


「私の正体は誰にも話さないでね」

「……は? いやいやいや、皇族に保護してもらえよ。おまえを殺そうとしてる奴もいるかも知れないけど、救おうとしてる奴だっているだろ?」

「そういう問題じゃないのよ」


 ぶっちゃけると、三度目の人生で自重するつもりはない。というか、私がセイル皇太子殿下に救われるのはこれで二度目だ。そんな彼に恩を返さないなんてあり得ない。

 クーデターを起こした第一皇子はもちろん、隣国も牽制する必要がある。でも、私が皇族になってやり過ぎると、彼との約束を破ることになる。


 だったら、平民として好き放題やればいい。私の中には回帰前の知識と記憶が刻み込まれている。いまの私なら、孤児院からこの国を支配することだって出来るはずだ。


 私が派手に動けば、いつかセイル皇太子殿下と再会するだろう。けど、皇族でなければ次期皇帝の座を狙ってるなんて誤解されることはない。


「そうだ、一応言っておくけど、こっそり報告しちゃダメよ? あなたは指輪や私の情報を誰にも話さないと契約したのだから」

「……っ。おまえ、まさか、さっきの契約は最初から――」


 クスリと笑うと、ダリオンは顔に手を当てて天を仰いだ。


「すっかりそのなりに騙されたぜ」

「こういうとき、小さくて可愛い子の姿って便利よね」

「怖いこと言うなよ。嬢ちゃんがそのなりを意図的に利用したらしゃれにならねぇよ」


 憎まれ口を叩かれる。そう言えば回帰前の彼もこんな感じだったわね。そして私は、彼のこういう気安い性格が嫌いじゃなかった。


「ところで、いまさらなんだが確認させておいてくれ。嬢ちゃんの呼び方は嬢ちゃんのままでいいんだな?」

「ええ、もちろん。私の素性がバレるような扱いは止めて」

「まぁそうだよな。じゃあ、いままで通りに話させてもらおう」


 彼は溜め息を吐いた。

 どうやらかなり疲れているらしい。なら、少しはご褒美を上げないとね。


「それじゃ魔力回復薬の作り方を教えるわね。フィオナスト地方に冬になるとフロスト・ブロッサムという桜が咲くのは知ってる?」

「あぁ、聞いたことはあるな。まさか?」

「ええ。魔力回復薬の要となる材料よ」

「……さらっととんでもないことを言いやがったな。まだ取引が決まってもないのに、そんな重要なことを教えて、俺が約束を反故にしたらどうするつもりだ?」


 ダリオンは悪そうな顔をする。

 でも、口約束とはいえ、ダリオンが約束を反故にするなんてことはあり得ない。なのにこんなことを言うのは、私に交渉のやりかたを教えようとしてくれているのだろう。

 私も回帰前の記憶をだんだんと思い出してきたところだし、ちょうどいい肩慣らしだ。


「……そうね。その場合、あなたが困ることになるでしょうね」

「あん? それは皇族に楯突くなとか、そういう話か?」

「違うわ。私は皇族だと明かさないと言っているでしょ」

「じゃあ、どういう意味だ?」

「契約の内容を忘れたの?」


 彼が預かった指輪は、取引が成立、あるいは私の渡したレシピが偽物だと分かるまで彼が保管する。言い換えれば、彼はそれまで指輪を保管していなければならない。

 しかも取引が終わるまで、私や指輪のことは誰にも話せない。

 だから、こういう脅しが通用する。


「貴方が魔力回復薬を完成させた上で取引を反故にしたら、貴方が行方不明の皇女様の指輪を隠し持っているって貴族に密告してあげるわ」

「あん? それになんの意味が――っ」

「気付いたようね」


 行方不明の皇女様の証たる指輪を隠し持っていて、その指輪を所持している理由も、私の存在についても話すことができない。

 それが他人の目にどういうふうに映るかは……少し考えれば分かるだろう。


「あぁ~マジか。参ったよ。一応言っておくが、俺は――」

「分かってるわ。そういうことを言う奴もいるから、取引は慎重になれって忠告しようとしたのでしょう? 教えてくれたお返しに、私からも忠告してあげる。次に誰かを試すときは、もう少し慎重に相手を選びなさい?」

「……ぐうの音も出ねぇ」


 彼は諸手を挙げて降参した。

 

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