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エピソード 2ー8

 過去に孤児院と取引のあった業者に問い合わせた結果、いくつかの業者から報酬を支払ってもらっていないという回答があった。

 支払いが不可能なほどの金額じゃないけれど、決して無視できる金額でもなかった。


「……アイシャさん、相談があります」


 数日ぶりに孤児院に顔を出したアイシャに相談を持ちかける。彼女は快く応じてくれたので、院長室のローテーブルを囲って席に着いた。


「未払い金の話ね。領主様に援助をお願いしたい、ということかしら?」

「いいえ、そうではありません」


 私が否定すると、アイシャは意外そうな顔をした。


「じゃあ……なにかしら?」

「未払い金の一時的な立て替えです」


 私はローテーブルの上に、報酬を支払ってもらっていないと申告した業者のリストを置く。


「対象の業者と未払い金のリストです。警備隊に確認と立て替えをお願いしたいんです」


 私がそう言うと、アイシャは瞬きを一つ。目をキラキラと輝かせた。


「貴女、この中に不正な申告があると思っているのね?」

「なければいいとは思っていますが、残念ながら……」


 すべての記録が残っている訳ではないけれど、いくつかの申告された未払い金の額がおかしかった。棟梁のおじさんのようにいい人もいれば、そうじゃない人もいるということだ。

 端的に言えば、子供の私が舐められている。


 でも、警備隊が支払いに行けば話は別だ。警備隊からお金をだまし取れる人間はほとんどいない。というか、バレたときのリスクが大きすぎる。だから、警備隊に頼むことで、不正な請求は防げると踏んでいる。


「警備隊が仲介することで不正を防ぎ、孤児院が正しく代替わりしたと喧伝するつもりね?」

「……ご明察です」


 さすが、セイル皇太子殿下の腹心だけのことはある。


「貴女、すごいわね。そんなこと、私でも簡単には思いつかないわよ」

「恐縮です。……それで、お願いできますか?」

「ええ、もちろん。そういう事情なら、この件は私に任せておきなさい」


 胸をドンと叩く、アイシャさんに向かって、よろしくお願いしますと頭を下げた。



 ――という訳で、借金の一本化に成功した。さらに言うと、やはり不正な請求がいくつかあったようで、未払い金は当初の金額よりもそこそこ少なくなった。


 でも、借金が増えたことには変わりない。という訳で、私はまず、庭の隅っこに作った薬草園へ足を運んだ。青空の下にある庭の一角で、シリルとエミリアが汗を流しながら土を耕している。私は井戸の水で冷やしたヤカンを片手に近づき、木陰のテーブルに置いた。


「二人ともお疲れ。お茶を持ってきたよ~」


 私が声を掛けると、エミリアが歩み寄ってくる。彼女のピンク色の髪が風に揺れ、その瞳には興味深そうな光が宿っていた。


「アリーシャ、ちょうどいいところに。聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」


 私はヤカンのお茶をコップに移し、エミリアに手渡した。それからもう一つ作って、「シリルもこっちへおいで」とお茶を差し出す。


「ありがとう、アリーシャ姉さん」


 シリルは感謝の言葉を口にしながらお茶を受け取った。私は微笑みながらエミリアに視線を戻す。彼女の背後には、耕されたばかりの土が広がっていた。


「それで、聞きたいことって?」

「うん、言われたとおりの範囲を耕してるんだけど、範囲は聞いても、掘り返す深さについては聞いてなかったなって思って。どのくらいの深さまで耕すの?」

「あぁ、それは……」


 どうだっけと考えるけれど、皇族だったころの私は薬草園を作るように命令をしただけで、畑の詳細な作り方までは把握していない。

 ただし、日本の学生だったころの記憶には、少しそういう知識があった。たしか、20から30センチメートルくらいだった。私はそれをこの国の単位に変換して教える。


「なるほど、それくらいの深さね、じゃあたぶん大丈夫!」


 エミリアが笑顔で答える。

 私は畑のまえにしゃがみ込み、土を手のひらに乗せてみる。ちゃんと柔らかくなっているし、小石や木切れなんかも取り除かれているようだ。深さも問題ないだろう。


「うん、これなら堆肥を混ぜても問題ないね。それが出来たら畝をお願い」

「うね?」

「エミリア姉さん、畝と言うのは盛り上げた土のことだよ。間隔はこれくらいで……」


 横にいたシリルが説明してくれる。その内容は私の記憶にあるのとほぼ同じだった。


「シリル、よく知ってるね?」

「姉さんが薬草園を作ると聞いたときに、農業を営む近所のおじさんに聞いてきたんだ」

「さすがシリル、えらいえらい」


 薬草園をシリルの担当にしたのは正解のようだ。土が付いてない方の手で頭を撫でると、シリルは少しくすぐったそうに身をよじった。

 という訳で、休憩後は私も作業を手伝う。堆肥を混ぜて畝を作り、そこに取り寄せた薬草の苗を植えていく。すると、隣で苗を植えていたエミリアが話しかけてきた。


「ねぇアリーシャ。この薬草ってどういう効果があるの?」

「あ、それ、俺も興味ある」


 エミリアに続いて、シリルもキラキラした目を向けてくる。


「それじゃ、せっかくの機会だから説明しておくね。まず、シリルが植えている銀色っぽい葉っぱの苗がエルフィアリーフ、いわゆる治癒ポーションの材料だよ」


 これは既存のものだ。特に珍しくはないけれど、薬草をすりつぶすだけでも傷薬に使えるので、いざというときの子供用という意味合いが強い。


「続けてエミリアが植えているのはヴィタルベリーの種だね。鮮やかな赤い実がなるんだけど、体力を回復させるポーションの材料になるの」


 こっちも既存のもので、風邪とかのときには免疫を上げることが出来る。日本ではおなじみの栄養ドリンクのようなクスリの材料だ。これも、主に子供達のために植えたものだ。

 そして最後。


「私が植えているのはルミナフラワーの種。綺麗な白い花を咲かせるこの花の苗は……うぅん、今のところ、ただの観賞用の花、かな」


 私がそう言って笑うと、エミリアは「観賞用の花を植えたの……?」と小首を傾げ、シリルが「アリーシャ姉さんのことだから、なにか考えがあるんじゃない?」と言った。


 これはシリルが正解。この花は未来の私が産みだし、ご婦人に血みどろの争奪戦を勃発させた、使うだけで肌年齢が若返るという美容ポーションの材料。私はこれを使って、まずは孤児院の借金を清算する予定だ。そのために、私は再びノウリッジの扉を叩くことにした。

 

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