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エピソード 1ー16

「アリーシャ。六年前から孤児院で暮らしている、今年で十四歳になる少女か」


 エリオは執務室の一角で厚い調書の束を広げ、眉間にしわを寄せながら読み込んでいた。

 優秀な子供というのはどこにでもいるが、それにだって限度はある。環境が整っていなければ、どうやっても学べないことがあるからだ。


 たとえば礼儀作法。

 アリーシャの所作は明らかに貴族令嬢のそれだ。

 だが、孤児院にそのような作法を知る人材はいない。ノウリッジだって、一般的な礼儀作法ならともかく、貴族の振る舞いは教えられないだろう。

 つまり、孤児院の子供には学びようがない所作だ。


「没落した貴族の娘という線はあるか?」


 自問自答して、トントンとテーブルを指先で叩く。

 思いを巡らすのは、六年ほどまえにそういう事件はあったかということ。そして思い出した。国中を震撼させた、先代皇帝の孫娘が行方不明になったという事件を。


 執務室の窓から差し込む淡い光がエリオの顔に影を落とした。彼は引き出しを開け、古びた木製の引き出しから人捜しの資料を纏めた紙の束を取り出す。それらを一枚一枚確認する彼の脳裏には様々な思いがよぎる。そして、その中から一枚を慎重に抜き出した。


 そこには皇女が失踪した場所と日時。それから、いままで見つかっていないことから、生きていれば髪の色や名前を変えている可能性が高いことなどが詳細に記されていた。


「……本来の名前はアリーシャ・ヴァルディアス。髪と瞳の色は緑か――って、本名だし、容姿も肖像画のまんまじゃないか! なんでいままで誰も気付かなかったんだよ!?」


 エリオは驚きのあまりに天を仰ぎ、しばし呆然とした。

 だが、決してあり得ないことではない。この世界には写真のように鮮明に人の姿を写し取るものはなく、肖像画の複製には限界があるからだ。


 そして極めつけは、年数が経ちすぎていたことだ。

 最初の一年くらいで発見する可能性はあった。だが月日が流れ、おそらくは死んでいる。もし生きているのなら、名前や姿が変わっているものだと誰もが思い込んでいた。

 だからこそ、堂々と過ごすアリーシャの正体に誰も気付かなかった。


「いや、それにしてもだろ」


 一般人が気付かないのは仕方がない。

 警備隊の隊長ですら、ちょっと捜索依頼の資料に目を通した程度だ。一般人なら、皇女が行方不明になったことは知っていても、その容姿までは知らない可能性が高い。

 だが、情報を扱うノウリッジのマスターが気付いていないのは不自然だ。


「なにか理由があるのか? それとも……」


 そのとき、エリオの脳裏によぎったのは、マグリナをいともたやすく投げ飛ばしたアリーシャの姿。あの動きは平民の子供でも、ましてや皇族のものでもない。

 どこかの工作員という疑問が再び頭をもたげた。

 非常にやっかいだが、知ってしまった以上は放置できない。そこまで考えたエリオは、皇族がインフラ整備の指揮を執るため、この地方に滞在しているという話を思い出した。

 

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