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エピソード 1ー11

 エミリアが馬車から飛び降りてピンクの髪をなびかせながら路地裏にいる私の下へ駆けてくる。そのすぐ後ろ、エミリアを追う少年の姿があった。優秀な護衛なのだろう。薄暗い裏路地に踏み込むことにわずかのためらいも見せない。

 路地は狭く、両側には古びた建物が立ち並び、屋根からは苔が垂れ下がっている。この乱雑な路地の中では上手く走れない。彼を振り切るのは難しいだろう。

 だけど――


「問題ないわ」


 エミリアが私の手を掴んだ。その瞬間、私は空いている方の手の指をパチンと鳴らす。ドンと音が鳴り、地面から石の壁がせり上がった。狭い路地を石の壁が分断した。


「アリーシャ、いまのは……?」

「魔術よ。それより、この程度じゃ時間稼ぎにしかならない。走るわよ!」


 エミリアの手を引いて走り出す。

 計画通りに進めばノウリッジの建物まで逃げ込めるはず――だった。


「おっと、嬢ちゃん、こっちは行き止まりだぜ?」


 行く手にブラウンの髪の少年が立ち塞がった。とっさに土の壁を出して踵を返すが――「ははっ、嬢ちゃん、どこへ行くつもりだ?」と、少年が土の壁を飛び越えてきた。

 なかなかやる――けど、魔術師のまえでジャンプしたのは失敗だったわね!

 振り返り様に魔術を放つ。氷のスピアによる二連攻撃――だが、少年は空中で側面の壁を剣先で突いて体勢を変え、魔術をひらりと回避した。

 氷のスピアが壁に当たり、砕けた氷が暗闇に消えていく。少年の動きは猫のようにしなやかで、幼いながらも熟練の戦士のような迫力がある。犯罪組織の護衛がこんなに強いなんて誤算もいいところだ。


 私は二つ読み違いをした。

 一つ目は、追っ手の実力を見誤ったことだ。そして二つ目は、いまの自分の身体能力を過大評価していたこと。六年後の自分と比べて、思った以上に貧弱だ。


 振り切るのは無理そうね。だけど、追っ手を振り切らないとノウリッジに逃げ込めない。そうなると、ここで追っ手を倒すしか道はない。

 そう覚悟を決めて足を止める。


「エミリア、貴女は私の後ろに――っ」


 言い終えるより早く、少年が斬りかかってきた。私はとっさに短剣でその一撃を受け止める。鋼と鋼のぶつかる金属音が響き、火花が飛び散った。

 狭い路地での戦闘は一瞬の油断が命取りになる。隙を突いて魔術を発動させる機会をうかがうが、少年は付かず離れずの距離を取りながら剣での牽制を続ける。

 間違いない。この少年、魔術師との戦い方を知っている。


「なかなかやるじゃねぇか」

「そういうあなたこそ、相当の実力者ね。あなたみたいな実力者が、どうして人身売買の斡旋組織の護衛なんてしてるのかしら?」

「……その声、女か?」


 追っ手の少年が戸惑いの声を上げる。


「だったら?」

「……その嬢ちゃんをどうするつもりだ?」


 虚を衝かれた。そのセリフがまるで、エミリアを気遣っているように聞こえたから。だけどそんなはずはないと反撃を試みる。私の一撃は真正面から受け止められた。


「どうするはこっちのセリフよ。彼女を地獄へ送り込むと分かってるの?」

「……地獄とは限らないさ。富豪の坊ちゃんに見初められることだってあるからな」

「はっ、モノは言いようね」


 もちろん、可能性はゼロじゃない。売られた先でそこそこ幸せな生活を手に入れる。そんな未来だってあるのだろう。でもそれは宝くじを当てるようなものだ。

 なにより、私はエミリアの行く末を知っている。


 互いに一歩も引かずに戦闘を続けていると、にわかに周囲が騒がしくなってきた。剣戟の音や、私の放った魔術によって周囲が破壊される音などがあちこちに響いているのだろう。

 そろそろ勝負を決めなくちゃいけない。


「悪いけど、彼女は私がもらっていくわ」

「嬢ちゃんを死なせるつもりか? たしかに腕はいいようだが、子供だけで生きていけるほど甘い世界じゃねぇぜ。あぁそれとも、甘い言葉で彼女を騙して――っ」


 ふざけるなと、返答の代わりに回し蹴りを叩き込んだ。いまの私の攻撃は威力に欠けるけど、彼はそれをまともに食らった。お腹を押さえ、一歩、二歩と後ずさる。


「ったく、格闘まで出来るのかよ。仕方ねぇ、少し本気を――」


 彼の殺気が膨れ上がる。

 だけど――


「いいえ、これで終わりよ」


 わずかに生まれた隙にパチンと指を鳴らす。魔方陣から放たれた雷が少年の身体を駆け巡った。直後、少年は呻き声を上げて膝から崩れ落ちる。


「……アリーシャ、殺しちゃったの?」


 エミリアが少年の様子を見ようと近づいてくる。少年に意識を集中させていた私はそれに気付くのが一瞬だけ遅れた。


「エミリア、ダメよ! そいつは、まだ――」


 無力化に至っていないと声を上げようとしたそのとき、エミリアの頭上でなにかが壊れるような音が響いた。見上げた瞬間、古びた屋根瓦が魔術の衝撃を受けて崩れるのが見えた。


「エミリア、上よ!」


 叫ぶと同時にエミリアの頭上に結界を張る。同時に「うおおおおおおおっ」と、少年が雄叫びを上げて飛び出した。やっぱりまだ無力化できていなかった。しかもこのタイミング。私は反応することが出来なかった。そして――


 落下した屋根瓦は私の張った結界にぶつかって砕け散った。そしてその下、少年に押し倒されたエミリアの姿があった。

 いや、違う。


「あなた……なにをしてるの?」

「……あぁ? 見て分からねぇか?」


 少年は砕けた屋根瓦の欠片を浴びて頭から血を流している。対して、少年の下にいたエミリアはぱっと見た限り怪我をしていない。エミリアの目には驚きと困惑が浮かんでいた。少年の行動が信じられないようで、彼の顔をじっと見つめている。

 

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