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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

平凡なある人間の話し

作者: 棗そうた

特別なことなんて何も無い人生だった様に思う。


平凡な家庭に産まれ、ごく普通の学校に進学し、一般的な大人になって今や社会の一歯車になっている。

平凡が幸せだ、なんて意見も時たま耳にする。そうなのかもしれない。とにかく自分は良くも悪くも秀でた何かも無く特別な個性もない凡人だった。



満員電車に揺られスマートフォンの画面に目を通す。

あぁ、大学の友人が結婚するのか。なんてふと考えながら目的地の駅に降り立つ。今日も何も変わらない日々なのだろう。

そう思っていた。



突如何かが右脇腹にぶつかり、鈍い痛みと共に体がぐらつく。

なにがかおきているのか分からなかった。ただ、周りがやけにうるさい。至る所でスマートフォンのカメラをこちらに向けている。

右横を見ると震えながら自分の体に何かを刺している学生服が目に入った。仕切りに「ごめんなさい」「ごめんなさい」そう呟いているが話は通じそうにない。


「大丈夫だよ」


視界がぼやけ右脇腹が熱くなるのを感じながら今にも泣きそうな青年に向かってそう言う事しか出来なかった。




目が覚めると見慣れた自室の天井が目に入った。

こういう場合は病院なんじゃないか、なんて何故か冷静な頭で考える。

脇腹の痛みも血に染っていたであろうスーツの痕跡もなく、ただ自分の慣れ親しんだけベッドに横たわっていたようだ。

今は何時なんだろう、会社に遅れる連絡をしなくてはと体を起き上がらせた。

瞬間、掛布団の上に乗っていた何かがベッドに落ちる。ゴトリ、と鈍い音を立てて落ちたそれは紛れもなく自分を刺した学生服の青年だった。


なぜ彼がここに居るのだとか、何故病院に運ばれなかっただとか、そんなことは何故か頭に浮かばなかった。

「大丈夫かい?鈍い音がしたけれど」

何故かそう彼に声をかけていた。


自分は随分長い間目を覚まさなかったのだろう、眠っていた青年が落ちた拍子に目を覚ましたようでこちらを見ながら暫く呆然としていた。

だが、正気に戻ったようで「ごめんなさい」とだけ呟いた。


見たところ自分に合った怪我も無いようだし聞きたいことが山ほどあったので、彼の謝罪を受け入れ聞きたいことを問いかけてみた。



「何故自分は刺されたのか」

「怪我は、血のついたスーツはどうなったのか」

「なぜ病院に運ばれていないのか」



青年は小さく「病院なんて知らない、僕はここしか知らないから」と不思議なことを呟く。

ここは私の自室のはずで青年には関係の無いはずなのだが。

いまいち要領を得ない答えに戸惑っていると青年が口を開く。


「ごめんなさい。貴方は僕に殺されて、長い夢から目を覚まして欲しい。僕は会社を知らない。外の世界を知らない。平凡な人生なんて、生活なんて知らない。現実に目を向けて、そらさないで。僕をちゃんと認識して。そうしないと、」


私の顔を掴んで青年が目を合わせる。

その瞳の中には、



「僕が、消えてしまうから」



目の前にいるはずの青年の姿が映っていた。

あぁ、もう終わりの時間なのか。

何故かふとそう思った。















幸せだったことなんて何も無い人生だった様に思う。


暴力や劣悪な家庭に産まれ、日々なにかに怯えながら学生生活を過ごし、その延長で僕の心は壊れてしまったようで。

平凡な生活がどれだけ幸せかと思う日々。なぜ自分はこんな環境に身を置いているんだろう。秀でた何かが、特別な何かが自分にあれば何か変わったのだろうか。


夢見ていた平凡な生活から覚め、目の前の姿見の中には目元が腫れ上がり身体中痣だらけの自分が映っていた。

部屋の中は荒れていて、そうだゴミ出しをしないとなんてふと考えた。そうしないとまた殴られてしまうから。

幸いこの惨状の現況はすでに家を出ている時間で、それだけのあいだ意識を失っていたのかと考える。


「幸せな夢だったな」


そう呟いて、僕にとってのいつも通りの生活が始まった。

平凡な幸せを望んだきみへ。






刺してごめんなさい

でも、君はそっちにはいけないよ








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