〜日本に転移した円卓の騎士達〜
キャムランへ向かえ——昨日、我が王からそう命を受けた。
なんでもその場所で近頃人攫いが多発しているのだという。王も詳しいところまでは把握できていないようで、その調査のために私達をキャムランへと送ったのだった。
しかし——
「ですが兄様、このような見晴らしのいい場所で人攫いなど起こるのでしょうか」
やはりそこである。人攫いとは通常、人目のない場所で行われるものだろう。このようなだだっ広い草原ならば目撃者もいるはずだ。
「やはりお前もそう思うか、ガレス。この事件少し普通じゃないな」
弟の頭をわしゃわしゃと撫でながら腕でこちらへ引き寄せる。狐色の髪の毛はとてもふわふわしていて触り心地がいい。はじめガレスはされるがままにしかしていたが、しばらくすると「やめて下さい」と腕の中から逃げた。こういうスキンシップも兄弟の間には必要だろう。
「ガウェイン卿、その辺にしておきなさい。王の望むブリテンのために、少しでも早く不安要素を取り除かなければ。」
痺れを切らしたランスロット卿が呆れた様子でこちらを見ていた。この人は誰よりも真面目で忠誠心が高い。早く調査に取り掛かりたいだろうに、悪いことをしてしまった。
「すみませんランスロット卿、早く調査に取り掛かりましょう。私はこっちの方から調べてみます」
こうして、キャムランの丘で事件の調査が始まった。このような広い草原だ。調査はかなり難航した。
だがそろそろ陽が沈みかけてくる頃、草原の中に光るものを見つけた。それは破片だったが、ただ光っているというより夕陽に照らされて燃えているような感じだ。どこにでも落ちていそうな金の破片だったが、なぜか目が離せなかった。
それを手に取って見る。見た目は金に見えたが手で触ってみると少し違う。金よりも硬質な感じだ。もっと硬くもしなやかさを持っている材質。これは剣の破片?誰かがここで争ったのか?
……長いこと見入ってしまっていた気がする。そろそろ2人と合流しなければ。そう思い出してハッと我に返った。あたりはもうすっかり暗くなってしまっていて、2人の姿もここからでは見えない。
「ガレス! ランスロット卿! そろそろ引き上げましょう!」
どれくらい遠くにいるのか分からないので大きな声で叫んでみたが、全く反応がなかった。だいぶ離れてしまっていたのだろうか。
仕方なくもと来た方に戻りながら引き続き叫び続ける。しかし2人とも反応してくれない。
一日中探していた疲れからだろうか、急に激しい眠気に襲われた。それにしても今日の夜はやけに明るい。いつもよりもだいぶ低い位置で星が光っているようだ。
***
「…………ハッハッハッハッ」
荒い息遣いが聞こえる。この感じは——犬?
少しだけ瞼を持ち上げると、やはり犬の姿が見える。少しだけ目が合うと犬は嬉しそうに顔をベロベロと舐め回してきた。そうしているうちにだんだんと目が覚めてきて今度はその隣に女性がいることに気がついた。
「よかったぁ、寝ていただけなんですね」
女性は胸を撫で下ろしてそう言った。寝ていた自分のことを心配してくれていたのだろう。
「すみません、こんなところで寝てしまって。あなたはこの辺の村の方ですか?」
「村? いや村ではないですけどすぐ近くのアパートに住んでますよ」
アパート?そういう村か?いやでも村ではないと言っているし……だめだ頭が働かん。そうだ、それよりも
「ガレスと、ランスロット卿は——2人の騎士を見かけませんでしたか?」
「棋士? 袴を着ているとかですか? いや、でも私が来た時にはあなたしかいなくて」
女性は酷く困惑しているようだった。2人ともいない?明るくなって周りがこれでもかというくらい見えるようにはなったが、2人の姿は見当たらない。というか、
——ここはどこだ?
キャムランではない。すぐ近くで川が流れている音がする。音のする方の向こうには見たこともない建物がずらりと並んでいる。遠くまで来すぎたか?いやそういう問題ではない。ブリテンにはこんな景色はない。この景色を私は知らない……
「ここはどこですか?」
「・・・・・・どこ、って」
「ええと、ここはブリテンのようには見えないのですが」
「当たり前ですよ、だってここは日本ですよ!?」
ニホン?聞いたことない地名だ。ブリテンから遥か遠い土地の名だろうか。最大の疑問はなぜ今自分はそのニホンにいるのかということだが……全く分からない。こんな時にマーリンさんさえいれば教えてもらえただろうに。
「あのぅ、よかったら家にきますか?なんかとても混乱されてるみたいなので。少し落ち着くと思いますよ」
考え込んでいたのを混乱していると受け取られたらしい。まあ実際混乱はしているし、一度休憩できるのもありがたい。これは御好意に甘えるとしよう。
***
「自己紹介まだでしたね。私、柊花美っていいます。大学生です」
家に行くまでの道すがら彼女は私に対して話しかけてきた。ハナミさんというのか。ダイガクセイとは彼女の職業だろう。
「いい名前ですね。私はガウェインと言います。騎士です」
「ガウェインさんですか。外国の方なのに棋士をしていらっしゃるんですね」
この場所で騎士とはそんなに珍しいものなのだろうか。自分からすればこの黒くて硬い地面でできた道や見たこともない建築様式の建物の方がよっぽど珍妙なものなのだが。
彼女の家は私が寝ていた場所から歩いてすぐだった。その建物には無数の扉がついていて、外のスペースには洗濯物がかかっていた。まるで小さな城のような造りをしている。これがアパートというものか。
「私の部屋は305号室です」
彼女の部屋はそこまで広くはなかったが、決して生活に不自由するほどの狭さでもなかった。部屋中になんとも言えない少し甘い香りが広がっていて、不思議と心地がいい。それにお茶も用意してくれた。見慣れないお茶だがこれも甘い香りがする。
「ガウェインさんは日本に来てどれくらい経つんですか?」
「1日も経っていないくらいですかね」
「じゃあきっと時差ボケですね。それで疲れてあんなところで……。最初見つけた時はホームレスの方かなとも思ったんですけど、見るからにあまり服も髪も汚れていなかったのでもしかしたらと思って」
「そうですか。私の鎧は自慢の逸品です。汚してしまうことなどあるわけが——」
あれ?鎧を着ていない。自慢の白い輝きを放つ鎧がよく分からないただの白いシャツに変わっている。慌てて腰にも手を当てたが剣がない。代わりにズボンのポケットの中に何か固いものを感じて調べてみると、中には太陽の紋が描かれたネックレスが入っていた。
あまりにも体に馴染んでいて全然気づかなかった。
「鎧? ……ふふっ、ガウェインさんって面白い方ですね。アーサーも人見知りな子なのにすぐにガウェインさんの方に駆け寄っていって、こんなこと初めてです」
「アーサー?」
「あっ、家の犬の名前です。金色の毛並みが綺麗だったから」
アーサー。我が王の名前。それをニホンの民が知っている。やはり王は偉大であった。自分も円卓の騎士としてとても誇りに思う。
「いい名前をつけてもらいましたね」
「ワン!」
アーサーも自分の名前をとても気に入っているようだった。
「ガウェインさん、すみません私ゴミ捨てに行ってきますね。すぐ帰ってくるのでゆっくりしていてください」
「ええ、お構いなく」
それにしてもハナミさんはとても心優しい女性だ。見ず知らずの私にここまでしてくれるとは……。アーサーもそんな主人に飼われてさぞや嬉しいことだろう。
ピーンポーン
突然に部屋の中にチャイムが鳴り響いた。続いてノックもあったので来訪者だろう。ハナミさんが出ていってすぐなので行き違いになってしまったのだろう。代わりに自分が出なければ。
ガチャッ
「は〜なみ〜ん♡せっかくの休みにごめんね。レポート全然終わらなくて、ちょっと見せてほしいなぁ〜なんて………」
扉を開けた向こうにいたのは大柄な女性だった。顔立ちは端正で整った造形をしており、淡い紫がかった髪に灰色のキャップ帽を被っていて、統一感のあるダボダボな服を身につけている。自分はこの女性に見覚えがあった。
「…………パーシヴァル卿?」