13.音楽が楽しければ
動画再生数が上がっても、永盛とアリサの暮らしになんらかの変化があるわけではなかった。コンビニでのアルバイトに精を出し、他の時間はできるだけ音楽に費やす日々。アリサは新曲の制作、永盛はその曲の練習。
永盛がある程度満足する演奏ができるようになると、駅ピアノでボーカルを合わせて何度かリハーサルを重ねて動画収録するという流れ。
駅ピアノを使うのは、なるべく他の人が演奏しなさそうな平日の日中、そして比較的コンコースに人が通らない時間帯を選んだ。
ところが、にもかかわらず、見物する人をちらほら見かけるようになってきた。
あるとき、駅ピアノにやって来ると声をかけられた。若い女性だった。
「あの……動画を見てここに来てました。映っている駅ピアノがここだったので、何度か見に来たんですが……いつもこの時間なんですか?」
「曜日がいつとは決めていませんけど、時間はだいたいこれぐらいですね」
アリサは答えた。
「新曲は演奏の練習をしないといけないので、いつ、とは決められないんです」
「じゃ、いまから新曲を歌われるんですね、ぜひ聴かせてください!」
目を輝かせて、そう言う。
「はい、どうぞどうぞ」
アリサと永盛は曲の確認をして、練習を開始する。今日は練習だけだ。曲の完成度を高めるためボーカルを交えて演奏してみて、調整するところを見つけるのだ。ネットにアップする動画を収録するのは、それができてからだ。
いわば今日は未完成品の公開、となる。それでも声をかけてきた女の子以外にも、何人も立ち止まって聴いてくれる人がいる。ネット動画を見た人なのかもしれない。
アリサが作るのは歌詞と旋律だけで、どう演奏するかは相談のうえで永盛が決めていた。メロディラインからどんなテンポで、どんなコードを付け加えるかも。
そのため、ラインナップの曲調はバラエティに富んだが、それでも曲の特徴というのは残った。アリサの歌詞と永盛の演奏との共同作業で、それは他にない音楽となっていた。
そこに惹かれる人が生ライブを聴きにわざわざ来てくれるようになった。
駅ピアノはもちろん個人の持ち物ではないのだから、いつまでも占有しているわけにはいかない。なるべく短い時間で切り上げるのがマナーだと二人ともそう考えている。
新曲二曲を続けて演奏し終わると、拍手が起きた。
アリサと、ピアノから振り返った永盛は、聴衆に向かって一礼する。
「ありがとうございました」
少しずつだが、そういった変化が現れ始めていた。
そして動画収録の日、スマホを三脚にセットして調整していると、またも声をかけられた。
しかしその男性は名刺を差し出し、
「テレビ番組の制作会社でディレクターをしています。こんど取材をさせてもらっていいでしょうか?」
「テレビ……?」
永盛とアリサは顔を見合わせる。
「はい、ネットで話題になっている人を紹介しているコーナーで取り上げたくてやって来たんです。SNSで、この場所がどこだかわかりまして」
「SNS……」
そういえば、それをきっかけに動画の再生数が上がったのだった。
「お話、よろしいでしょうか。お時間の都合のつくときでいいので……」
「はい、いつでもかまいませんが……」
アリサが応じた。
「ありがとうございます。では後日、カメラマンを連れてインタビューに来ますので。今日はここで聴かせてもらっていいですか」
「それはどうぞ」
永盛もそれでよかった。よかったが、注目されているとなると意識した。
永盛が演奏を始めると、アリサの歌が重なる。
アリサは平気だった。プロとして音楽をやっていくなら、注目されている状態が当たり前なのだ。これぐらいで臆していてはプロで活動する資格はない。
いつもより堂々として歌い終わる。
「動画で見ましたけれど、生ライブはいいですねぇ」
拍手をするディレクター。アリサと永盛の連絡先を聞くと、では後日──と言って去っていった。
どうやら風が吹いてきているようだった。それを実感した。
コンビニには、なるべく永盛とアリサのシフトが重なるようにしていた。もちろん、店には店の都合があり、混雑する時間帯には多くの店員を置きたいし、暇な夜間なら少ない人数でまかないたいから、そうそう希望どおりというわけにはいかない。
それでも、少しでも毎日顔を合わせ、話をする機会を作ることはお互いにとって有用だった。
その日はしかしアリサがいなかった。夜遅くの時間帯で、店員はオーナー店長と二人きりだった。
「蟹山」
商品棚のチェックをしているとき、店に入ってきた客にいきなり名前を呼ばれた。
振り返ると、先日、ここへ来た鴻円商事の元同僚、五崎だった。この時間なら会社の帰りなのだろう、スーツを着ていた。そろそろクールビズの声が聞こえてくる季節だが。
「久しぶり。ちょっと話があるんだが、いま、いいか?」
永盛は怪訝な表情で見返す。店には他に客はいない。店長はカウンターで明日発注する商品について検討している。曜日や天候や気温に応じてどの商品を多めに仕入れるかによって売り上げが変わってくる。オーナー店長としてここの判断は大事なのだ。
「ここじゃだめなんだ。外へ出よう。手短に頼む」
客には差別なく接しないといけない、というマニュアルがあるため、親しくしゃべることができない。
永盛は店長に断り、五崎と店の外に出る。
元の会社に友人はいなかった。この男も同じ課の同僚であったというだけで、とくに親しいというほどではない。永盛よりも出世して主任になっていた。京極課長が昇進してイスが空けばそこに座ることになるだろう。
自動ドアを抜け、店の前の駐車場に移動した。
「話ってなんだ?」
「会社に戻る気はないか?」
唐突な誘いだった。
「どういうことだよ」
「おまえの冤罪がわかって、真犯人の京極課長が失職した」
「は?」
「詐欺で捕まった男がゲロったんだよ。それで京極課長が書類偽造の責を負わされたのさ。蟹山は無罪で、それを認めて復帰させようってことだ」
「あの課長が……」
永盛は信じられない。そんなことをする人間だったとは──。
いくらなんでもひどい話に永盛は絶句する。よりにもよって夫である男に罪を着せたのだ。いや、所詮、永盛のことは「利用できる男」としてしかみていなかったのだ。結婚にしても、意のままになる都合のいい人間だから結婚した──。
仕事仕事でキャリアを積み上げることに意味を見出し、他人はそれを成し遂げるための道具としかとらえない、京極天亜蘭はそんな人間だ。
「会社は責任を感じて、だからおまえに帰ってきてほしいと思っていて、どこにいるか知っていたおれが話をしに来たってことだよ。コンビニなんかでアルバイトしているよりはよほど待遇がいいはずだろ。仕事の内容はわかっているし」
確かにそうだ。濡れ衣が着せられていたことを認めて復帰させてくれるのだから、これ以上の話はない。ハローワークで探した求人に応募してもなかなか受からない永盛にとってこれを断る手はない。
しかし……。
いまはアリサといっしょに音楽を作っていた。会社員に戻って、いまと同じだけの時間を音楽に傾けることができるだろうか……。
「ちょっと考えさせてくれ……」
ぼそっとそう言うと、五崎は瞠目する。
「おいおい、まさか断るわけじゃないだろうな? こんないい話、他にないぞ」
「それはわかっているよ」
「コンビニで働き始めてすぐに辞めるとは言い出しにくいのかもしれないが、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「すぐに返事をしなくちゃいけないのか?」
「いや……べつにすぐではなくていいが……」
「なら、少し待ってくれてもいいだろう。こっちはいま仕事中だし」
「ああ、そうだったな。じゃ、あとで返事をくれ。部長から言われてるんだ」
五崎はスマホを出してきた。
LINEのIDを交換した。
「じゃな。返事を待ってるからな」
言い残して去っていく元同僚。
永盛はそれを見送ると、店内に戻った。
アリサと相談してからだな、と思った。
翌日の午後は、先日やって来たテレビ番組制作会社の取材を受ける日だった。
昨日の五崎からの復帰話は保留にしたままでインタビューを受けることになった。アリサとは、時間のあるときにゆっくり話したかった。
ディレクターの他にテレビカメラも来た。
テレビ局の番組は局ではなく委託される番組制作会社によってつくられている。テレビ局はその番組を買い取って放送しているのだ。だから売れる番組を頭をしぼって常に考えていかなければならず、少しでも話題になっているコンテンツを探してネットを見て回っているうちに、SNSの書き込みからアリサと永盛にたどり着き、ユーチューブを見て興味を持ったのだという。
インタビューする場所は駅ピアノのあるコンコースではなく、駅の外、商業ビル前にある広場だった。通行の妨げになるかららしい。
梅雨に入る前の日差しの強い晴天の下、広場のところどころに置かれたベンチのひとつに座って、インタビューは始まった。
主に受け答えはボーカルと作詞作曲を手がけるアリサだった。
音楽を始めたきっかけから、ここまでの活動内容、音楽に対する考え方や将来の目標等を聞かれ、はきはきとよどみなく答えていった。さすがにテレビ局のディレクターの考えてきた質問はアリサの活動内容をうまく引き出していた。
いつかはホールコンサートをやりたい、とアリサは答えた。
次に質問が永盛に向いた。
アリサの曲を演奏するまではこれといった音楽活動はしていなかったことを答え、アリサの曲を演奏していて感じたことなどを訊かれた。
そしてこれからの展望などを質問されたとき、永盛は元同僚に会社に戻るよう誘われたことを思った。このままアリサとの音楽活動に重点を置くか、それとも会社員として働き片手間につきあっていくか。どちらかの生き方を選ばなくてはならない。
が──。
「はい、これからもずっと精力的に続けていきたいです。楽しいですし」
心の声が出てしまった。
会社の仕事が音楽より楽しいわけではなかった。で、あるなら、楽しいことを優先すべきではないのか。
生活する上で稼ぎは必要だったが、それだけを目的にしたくはなかった。一度の人生をお金のためだけに捧げるのは、なにか違う気がしたし、そもそも、そんなことはしたくなかった。
永盛は、このインタビューでそれがはっきりした。
(アリサに相談するまでもない)
自分がやりたいことをする──それは永盛の自分自身への答えでもあった。
インタビューを終えて、ディレクターは取材の礼を述べた。
「貴重なお時間をありがとうございました」
と、番組のノベルティグッズのQUOカードを出して。
「オンエアは今日の夜です」
「ずいぶんと早いんですね」
アリサはそれが意外だった様子。
「旬のものは早く放送します」
ニュース情報番組なので、そういう傾向があるらしい。番組制作会社にも、外からではわからない都合があるのだろう。テレビ局との力関係とか。
「放送が楽しみですね」
制作会社のスタッフが帰ってしまうと、アリサが言った。
「でも僕の家にはテレビがないんですよ」
いまどき、テレビを見ない人も珍しくない。ネットがあれば、それでじゅうぶんだという若い世代も多い。永盛の場合もそうだった。
「そうなんですか……。あの……蟹山さん、このあと、時間は空いてますか?」
「はい。空いてますよ」
テレビの取材があるということで、二人ともこのあとはコンビニのバイトは入れていなかった。
「じゃあ……もしよかったら、わたしの自宅に来ませんか?」
「え?」
「食事して、そのあと、いっしょにテレビを見ましょう」
(はあ?)
永盛は目をしばたたいた。
確かアリサは両親といっしょに住んでいるといっていた。ということは、今日、このままアリサの誘いに乗ってしまったら、アリサの両親と顔を合わせることになる。父親はオーストリア人の音楽家だと聞いていた。
大事な娘につきまとっている男がどんなレベルなのかと値踏みされそうで、永盛はピアノを弾く緊張感とは別の雰囲気を想像してしまう。
だからアリサが、
「前からわたしの両親が、蟹山さんに会ってみたいって言っていたので──」
と言うのも聞き逃しかけた。
「ぜひ来てください」
また手を握りしめられた。
アリサが家に電話をしている横で、永盛はもう断れなかった。
永盛のアパートからさほど離れていない、古くからの下町の住宅地に村川邸はあった。古い家と新しい家が混在するそこに建っていたアリサの実家は、三人で暮らすには大きな洋風の二階建てであった。芝生が敷き詰められ庭に張り出したウッドデッキ。白い枠の出窓が二階にあって、あれがアリサの部屋だろう。屋根裏部屋がありそうな開閉できる窓があって、見晴らしがよさそうだ。
新潟の京極天亜蘭の家ほどの豪邸ではないが、この辺りではそこそこ裕福な暮らしぶりではないかと、アリサの両親のレベルの高さに、会う前から引け目を感じてしまう永盛だった。京極家に挨拶に行ったときよりも身が硬くなっているような気がした。
「どうぞ入って。ちょうど両親とも家にいたからよかったわ」
アリサは玄関ドアを開ける。
ややこわばった面持ちの永盛がアリサに続いて入ると、いきなり待ちかまえられていた。
「よく来てくだされた!」
オーストリア人のアリサ父は、背の高いダンディなイケメンであった。イントネーションと言い回しのずれた日本語で永盛を迎え、握手をかわす。この父に育てられたアリサが手を握ってくるのは、ごく自然なことなのかもしれないと思い、ちょっぴり舞い上がってしまっていたことを恥ずかしく感じた。
「初めまして。蟹山永盛といいます」
「どうぞ、なかへ入ってください」
母親は日本人で、だから村川は母親の姓だ。満面の笑みを浮かべるアリサ母。
廊下を進むと、シーリングファンがぶら下がる三十帖ぐらいはありそうな広大なリビングが現れた。この一部屋だけでも永盛の住むアパートより広そうだった。
きれいに片づけられており、金持ち成金にありがちな過度な調度品もなく、その代わり壁一面の棚にはアナログレコードやCDが収められ、部屋の四隅の天井にはボーズのスピーカーが取りつけられていた。
アップライト型のピアノも黒く存在感があった。アリサはここでピアノを弾いたり作曲をしたりしているのだろう。
娘から話は聞いているよ、とアリサ父が言った。
「蟹山さんのピアノはあっぱれであるよとよろこんでおる」
ソファをすすめられ、永盛は腰を下ろす。
「非凡な才能があるわけではないですが、アリサさんの作る曲には僕の弾くピアノが合っているようなんです」
「動画を見た。確かにそんな感じでござった」
アリサがどこに行ったのかと見回すと、リビングから見えるキッチンにアリサ母といた。
「今夜は、娘と女房がオーストリア料理を作るぞ。堪能してくれたまえ」
「オーストリア料理……ですか……」
「日本ではそれほど馴染みないが、伝統的料理でござる」
「そうですか、それは楽しみです」
「うちの亭主は日本に来て時代劇ばっかり見てたから、ちょっと話し方がへんですけど、勘弁してあげてね」
キッチンにいたアリサ母が永盛の疑問を解決してくれた。
「時代劇、素晴らしい。かわいい」
アリサ父はニコニコしている。日本文化に惹かれる外国人は多くいるが、なにがそこまで魅力的なのか永盛にはわからない。
「料理ができるまでの間、酒でも飲んで待つとしようぞ」
「え……」
(こんな時間から酒?)
「飲めまするか?」
「はい……少しは」
「いいドイツワインがありますれば」
アリサ父は立ち上がる。戻ってきた手にはワインのボトルとグラスが二つ。
低いテーブルにグラスを置くと、ワインの栓を抜く。
「私がオーストリアでクラシック音楽にたずさわってきたゆえ、娘もクラシックにすすむものと思っておったのでござるが……作詞作曲まで手がけて自分を表現する、というのも音楽の一つであり、私としても大賛成だ。しかしクラシックもそうだが音楽は一人では完結いたさぬ。私はそこを心配していたのでござりまするが……」
二つのグラスにワインを注ぎながら、アリサ父は永盛をチラと見る。
「そこへ蟹山くんが現れてくだされた……。ぜひこのまま娘と音楽を続けていくのを希望する。二人の音楽に乾杯だ」
アリサ父は白ワインの満ちたグラスを持ち上げる。永盛がグラスを合わせると、水でも飲むかのように喉に流し込むアリサ父。
「私はフルートができ申す。せっかく来てくれたので、どうか聴いてくだされ」
気分がいいのか、アリサ父は立ち上がり、部屋の隅の棚に置いてあったケースからフルートをとりだし、その場でいきなり演奏を始めた。プロの演奏を間近で聴けて、永盛は面食らう。
しかもクラシックかと思えば、なんと「暴れん坊将軍」のテーマ。しかも大立ち回りシーンのBGMで、笑ってはいけないと思いつつも頬が緩んだ。
そのあとも時代劇の数々やら、驚いたことにジブリアニメなど、確かに日本が好きなのだと思えるナンバーを聴かせてくれた。
となると、永盛も聴いてばかりもいられず、リビングのアップライトピアノで演奏することに。
アリサの曲を弾いた。
アリサ父はじっと聴いてくれていた。素晴らしい、と演奏を褒めたが、そこにどんな思いがあるのだろうか……。
「さぁさ、料理ができましたよ」
そうしているうちに、アリサが呼びにきた。
ダイニングテーブルには、永盛の見たことのないオーストリア料理というものが並んでいた。
大きなとんかつのようなのは、シュニッツェルというもので、ドイツやオーストリアでは定番の一品らしい。付け合わせの野菜がたっぷり山のように皿にのっていた。
コンソメスープの中にパスタのような生地の入っているのは、フリターテン・ズッペという、これもよく食べられている料理だという。ちなみにズッペとは、スープという意味のドイツ語である。
「今日は、蟹山さんが来るので、珍しくアリサが張り切って」
「ちょっと、お母さん、そんなこと言わないでよ」
四人でテーブルにつき、
「いただきます」
(そういえばアリサの手料理を食べるのは初めてなんだよな……)
右隣に着席しているアリサを見て、永盛はまたも京極課長と比べてしまった。同居していた二ヶ月半もの間、永盛は課長がキッチンに立っているところを見たことがなかった。
それなのに、ここでアリサとその母親が作った料理を食べている……。そのことがひどく非現実的な気がした。
おしゃべりをしながらの食事。料理の味はすごくよかったが、どこか緊張していて、実は味はよくわからなかったのだが……。
「デザートのお菓子も焼いたのよ。あとで食べましょう」
アリサが言ってくれている。
アリサ父がもう一本ワインを出してきた。
「あらまぁ、お父さん、飲み過ぎじゃないですか」
たしなめるアリサ母は、しかしうれしそうだ。
(みんなが笑顔で、こんなにも歓迎されているなんて、挨拶に行った京極課長宅でもなかった)
戸惑いを感じつつも、永盛は素直に感激した。
切り分けられたアップルパイ(シュトレーデル)を食べているうちに、テレビの放送時刻が迫ってきた。
夜の報道番組。ニュースなどを流しているが、そればかりではなく、さまざまなトレンドも紹介するコーナーがあった。そこに今日収録されたばかりのインタビューが入るのだ。録画までして準備していると、番組の女性司会者が言った。
「では、ここで「今日のトレンド」です。スタッフがネットで見つけてきたさまざまなコンテンツをピックアップ。今日は最近SNSで注目された駅ピアノの演奏を取り上げます」
ユーチューブにアップされた動画が流された。駅ピアノでの永盛とアリサの姿が五〇インチの大きなテレビに映る。最初にアップした曲だった。
「この動画、有名読者モデルのLAMMINさんの投稿から閲覧数が急上昇」
画面にSNSの投稿記事が映る。
SNSにさほど関心のなかった永盛は初めてそれを見た。自分のことのように思えず現実感がなかったが、まぎれもなくそれがこの番組のインタビューへとつながっているのだ。
「個性的な歌詞と独特の旋律から、何度も聴いてしまう、と話題になっています。番組では動画の本人にインタビューをしてきました」
画面が切り替わる。昼間、受け答えしたものが流れた。
それはどこか不思議な感じがした。
ほとんどアリサが語り、永盛の話はカットされてあまり流れなかったが、時間枠の関係だろう。だが、どういう経緯でアリサと知り合ったのか、と訊かれた答えは放送された。
「まさしく運命の出会いですね」
と、番組ではフォーカスされた。コーナーの最後に司会者はこう締めくくった。
「駅のピアノが縁で、新しい音楽が誕生するって素敵ですね」
──続きまして、明日の天気予報です、と画面が切り替わったが、永盛はしばらくテレビを見ていた。
「いい番組でござった」
アリサ父が感想をもらした。
「蟹山くん、定めし神様はこの出会いをよき方向へ導いてくださろう」
大げさな言いように、永盛は弱く微笑む。
でも……そこまで感じなかったが、神様が僕とアリサを引き合わせてくれたのなら、ずっと続けていくのが正しい──アリサの曲を演奏しなければならないのだろう。
(それが僕のやるべきことなんだ)
永盛がより強くそう思ってアリサを見ると、はにかんだような笑みを浮かべて、膝の上に抱えていたクッションを抱きしめていた。