三大呪
最強の呪を持つ一人。それがセナやミクの語る「シュウ」だという。
シュウは首を傾げた。
「最強の呪って三つあるの?」
「いいところに目をつけるわね」
セナが赤灰色の目をきらりと輝かせる。なんだかんだ、呪の話をするのは好きなのだろう。
「世界には殺戮のためだけに作られた呪が二つあると話したわよね? その二つと、何もかもを見通す世界で唯一人間の肉体を拠り所とする忌むべき呪、三つを合わせて三大呪と呼ぶの」
「でも、最強って、三つもあっていいの?」
どこかで聞いた昔話がある。最強の盾と最強の矛の話。どんな攻撃も弾く最強の盾とどんなものでも貫く最強の矛を謳って売り歩く商人にされた問いかけ。「では、最強の矛で最強の盾を突いたらどうなるのか」これは矛が盾を貫いても、盾が矛を弾いても、商人の言うことが少なくとも半分は嘘になるという「矛盾」を表した物語だ。
盾や矛といったものではないが、簡単に「最強」という言葉を使うな、という戒めのようにも捉えられるこの物語を思うと、最強の呪が三つというのは疑問だ。そもそも「最強」とは「最も強い」という意味。「最も」というのは「ただ一つ」ということであるはずだ。
セナはその問いに朗々と答える。声を弾ませてさえいた。
「三大呪はね、序列がつけられないの。例えば、あなたの呪であるその双銃で、もう一つの殺戮の呪を壊そうとするとして、壊せないのよ。でも、もう一方の殺戮の呪も、あなたの双銃を壊すことはできない」
「殺戮じゃないもう一つは?」
「あれはそもそも規格外なんだけど、んー……まあ、呪としての丈夫さは殺戮の呪と同じ。あんたの双銃でも、もう一つのやつでも、あれを破壊できない。
呪が魔法から殺戮へと変遷を遂げてから、呪の強さの序列の目安となるのは、呪の宿った依り代の頑丈さだから。何者にも破壊できない三つの呪が最強として同時に存在するの。三大呪は互いを破壊できないから、三つとも最強と表現するしかなかった」
もちろん、殺戮の呪は破壊力も抜群よ、とセナが目を細める。赤灰の赤が強く妖しく輝いた気がする。
シュウはサヤの体をベッドに横たえ、白銀の双銃を取り出す。
あまり自覚がなかったが、この双つの拳銃はそんなに恐ろしいものなのか。それならば、吸血鬼を一撃で伸せても不思議ではない。
「ちなみに、殺戮じゃない呪は『眸』よ。千里眼は人間の夢だもの。ただ、そのためには犠牲が必要だった。選ばれたのは人間の目玉よ。
呪は物体に宿ることで安定するのはご存知?」
「まさか」
「そう。人間の目玉という物体に取り憑くことで、その呪は安定している。ま、あたしの使う魔法があたしが失われた魔法を再現したものだとすれば、三大呪は失われた魔法そのものってところかしら」
ぞっとする。破壊不能な殺戮兵器が、シュウの手の中に収まっているのだ。
「しかも目玉のやつは、武器を渡り歩くことのできる殺戮の呪と違って、最初にその呪が宿った人間の目玉に定着して離れないから、人間の体が限界を迎える前に継承者を見つけて目を植え替えるんですって。あたしのパートナーがその目の持ち主だったんだけど、本物の失われた魔法だ、なんて喜べなかったわよ……」
怖気の立つ継承の方法である。目を植え替えるなんて、そんな、植物ではないのだから、簡単にできることではない。
目という感覚機能の大部分である器官を失うことのなんと恐ろしいことか。どれだけその目の呪が強くて便利だとしても、他人の目だったものを自分の目にするなんて、シュウには考えられない。
「シュウとおんなじ容姿に、シュウとおんなじ名前に、シュウとおんなじ呪。これで重ねない方が難しいわ」
「……これは、どういう呪なんですか?」
誤射しないよう、慎重に取り扱いながら、シュウは双銃のことをセナに問う。
すると、セナは「あら?」と首を傾げた。
「自分が持つ呪のことは自分で呪に直接聞いた方がよくわかるわよ? 確かに、シュウはあんまりやってなかったけど、もう一つの……刀の呪を持ってたやつは、よく刀と喋ってたわよ」
「喋っ!?」
「呪の中でも、特に失われた魔法に近いものは意志さえ持つわ。あたしの相方も、目から過去の持ち主の情報が常に流れ込んできて具合悪そうにしてたし」
「それはちょっとやだな……」
「大丈夫よ。目は脳に直接繋がっているからそうなるだけで、あんたのそれは双銃を媒介にしてるから。それに、そいつが意志を持ち、仮初めでも姿を得ているなら、あたしにくらい見えるわよ」
姿? と思ったが、シュウの手が思いがけず、双銃に触れたところで、シュウの中に情報が流れ込んでくる。
──依リ代ガ双銃ノ殺戮呪、名ヲ「銀の茨の蔦」トイウ。コノ呪ハ単体デモソノ力ハ計リ知レナイモノダガ、双銃デモッテコソ最大の殺戮ヲ発揮スル。故ニ双ツ同時ニ使用スルニハ誓約ノ言葉ガアル。安易ニ口ニスルコト勿レ。此レを誓エ、新タナル継承者ヨ。我ハ其方ニ還リシ物。其方ハ我ニ還リシ者。旧キ日ノ盟約ヲ果タサン。
……なんだ、今の、とシュウは頭を押さえる。声ではなく、文字として脳に直接情報が流れてきた。もちろん、誓約ノ言葉とやらも、情報のうちに入っている。
ばっとセナの方を見ると、セナは立ち上がり、シュウの方に寄ってきた。
そ、と冷たい手が頬に触れてきて、その温もりのなさにひう、と息を飲む。心配するような眼差しはまるで人間なのに、彼女が「生きていない」ことがまざまざと感じられた。
重なった唇も、ルージュを引かれたように艶々として見えるのに、そこに体温はない。特有の湿り気も、呼吸も、何も……
…………
………………
……………………
重なった、くち、びる?
「わああああああっ!?」
「あっはは! 超ウブ!!」
セナが腹を抱えて笑う。
そうだろうとも。セナにさらっと奪われたファーストキスかもしれない唇。それを押さえて、顔を真っ赤にし、シュウはベッドを蹴って壁にぶつかり、ゴン、と頭を打ち付けるレベルで飛び退いたのだから。
セナはけらけらと笑う。
「うっふふふ、あははは! やあ、こんなに愉快なのはいつぶりかしら! 隔離世界前は愉快も何もあったもんじゃなかったからなあ……ふふふ、メアが知ったらなんて言うだろうなあ。あたしがまさか有言実行するなんて思わなかっただろうなあ、あいつ」
「んん、ぅ、セナさま……?」
セナの声が大きいためか、サヤが目を覚まし、人間の姿になり、ベッドの端に避ける。
そんな傍らで、セナは爆弾を投下した。
「あいつの想い人が生まれ変わったら、あんたより先に唇奪ってやるって! あっはは! ヤバいヤバい。あいつがどんな顔しても絶対面白くて噴くわ」
サヤが目を見開いた。