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血塗れの騎士 Bloody Knight  作者: 九JACK
哀切の歌
8/24

英雄は六人いた

「古いランプね」

 セナはテーブルの上にあった置物を手に取る。透明なガラスの蓋を取り、中央部を調べた。

 ランプとは灯りだ。火を灯して使う。

 セナはシュウに向けてなのか、朗々と語る。

「吸血鬼が出てくる前の遥かなる旧時代ではね、呪は便利な日用魔法として使われていたの。魔法が仮想用語なのは知っているかしら? 仮想用語っていうのは、おとぎ話で出てくるような、現実味のないものを指して使われる言葉ね」

「……ひとは、奇跡のような現象を目にしたとき、『魔法みたいだ』って言います。それが仮想用語ってことですか?」

 シュウが答えると、セナは大きく肩を落としながら、溜め息を吐く。

「あなたはいつまで経っても他人行儀ね。ま、いいわ」

「もしかして、僕はあなたの知っている人に似ているんですか?」

「似て……あー、この話、後にしていい? 今はこのランプに灯り点けたいだけだから」

「あ、はい」

 セナが説明を続ける。

「で、元々は呪じゃなくて魔法と呼ばれていたの。文明発達が遅い世界の中でも、魔法の発見は大きく人間を次のステップへ進めた。いい意味でも、悪い意味でもね。

 とりあえず、私が扱うのは呪というより魔法よ。私は魔法使いだったの」

 すると、セナは右手をす、と横に伸ばした。特に何の合図もなく、その手に木の杖が現れる。緑の宝石が埋め込まれた木の杖はまさしくおとぎ話の魔法使いが持っていそうなものだった。長年使われているのがわかる黒みの強い茶色。汚れか、手垢か、或いは染み着いた呪か。杖の放つオーラは長年を生きる森の長の梟のような貫禄を持っていた。

 セナはくるり、と杖を回し、その先をランプに向ける。

「特別に見せてあげる。あなたは『シュウ』だからね。吸血鬼が現れてから、人間が呪いに染め上げたことで失われた『魔法』を」

 セナはそういうと、杖の先で、とん、とランプを叩く。すると、ランプの底に液体が湧いてくる。少し独特な匂いがする。油だ。

 油が器を満たすと、中央部に火が灯る。それを待っていたように、ガラスが閉まる。ガラスを介することで炎の光がふわりと広がる。ランプはそのままふわふわと浮いて、部屋の中央の天井から部屋を照らした。

 それは破壊をもたらす炎ではない。人々の生活を支える灯りだ。優しく人を見守る炎だ。

「すごい……」

「ふふ。失われた魔法(ロストレガシィ)を使えるのは旧世界でも私くらいなものだったわ。愚か者どもは、吸血鬼吸血鬼吸血鬼ばっかりで、呪という力が何のためにもたらされたのか、その真実を追究もせず、戦争戦争戦争。うんざりよ」

 セナは大袈裟に肩を竦めて見せる。

 シュウはセナの言い様に驚いていた。サヤの言った通りであれば、この人物は隔離される前の世界から、世界の創造主メアと共に吸血鬼と最前線で戦った英雄とも呼べる存在のはずだが……それが、吸血鬼と戦う者たちを「愚か者」と呼ぶ?

 それに……

「呪は吸血鬼を倒すためにもたらされた力じゃないんですか?」

「三千年以上先のこと、未来のことを予言したり、知ったりすることは人間の成せるわけないじゃない。吸血鬼より呪の方が遥かに昔からあったものよ。生み出した者が吸血鬼を知らないんだから、呪は『吸血鬼を倒すための力』なんかじゃないわ。みんなが吸血鬼を倒すために呪を使っているから、そう勘違いしているだけ」

 まあ、でも、と、セナは唇に人差し指を当て、呟くように言う。

「この世界で、殺戮のためだけに生み出された呪は二つだけ。二つだけあるわ」

 殺戮の呪が二つある、と告げたセナの目は悲しげで寂しげだった。

 なんとなくではあるが、シュウはセナの人柄を察していた。人柄とまではいかないまでも、セナが何に重きを置いているのかはわかる。

 セナは純粋に「呪」というものが好きなのだ。吸血鬼を殺すとか、そういう後から付随した目的ではなく、元々人の暮らしを豊かにするために使われていた呪という力が好きなのだ。

 だから夢見がちな子どものような「魔法」という言葉を自分の使う呪に名付けている。呪は本来、生命を奪うためではなく、生命を豊かにするために作られた、と彼女は信じているのだ──死してなお。

「それで、シュウ。あなたには何から話したらいいかしら?」

 何から……記憶喪失のシュウは聞きたいことがたくさんある。不可解なことは山のようにあるのだ。

 ミクがシュウの名前を知っていたこと。自分が外の世界から招かれたこと。この世界の仕組み。呪とは何なのか。何より──自分の正体。

「あなたが知っている『シュウ』という人物について教えてください。僕は外の世界から来たと言われるけれど、この世界で目覚める前の記憶がないんです」

「あら、いっちょまえに自分探し? 吸血鬼にいつ襲われるとも知れないのに、肝が据わっているのね」

「そんな高尚なものじゃありません」

 自分探しなんて、人生の目標のようなものではない。「自分の正体を知りたい」という意味では、自分探しというのも合っているのかもしれないが、シュウはただ、知りたいだけだ。

「絶唱姫、ミクも僕を誰かと勘違いしているようでした。あなたも僕を誰かと重ねている。その誰かと僕が同一人物か、そうじゃないか、それを見極めないと、僕はここから一歩も進めません」

 シュウが決然と告げると、セナはきょとんとした後、破顔した。

「あっはは、そう、そうよね。シュウはそういうやつだわ。だからあたしもシュウのことは好きだった。あ、他意はないわよ?」

 セナは懐かしそうに目を細める。

 そうね、とセナはシュウが抱えるサヤに目を移す。何かを考えているようだ。

 たっぷり三十秒ほどの沈黙の後、セナは答える。

「どこから話したものか。長い話になるのはさっきも言った通りよ。ただ、あたしが話してしまえるところには制約がある。制約といっても、あたしの良心の問題だけどね。それでいい?」

「はい」

「ふふ。あなたの真っ直ぐな目、嫌いじゃないわ。昔のシュウとそっくりそのままよ。容姿が似ているやつのことを瓜二つとか言うじゃない? あんたはシュウの性格までそのまんま写したみたい。

 サヤが口走っていた通り、あたしは吸血鬼に対抗するための呪を扱う人間の組織、騎士団(オーダー)に所属していた。魔法という呪の中でも異質な力を扱えるあたしは騎士団(オーダー)の中でも重宝されたわ。治癒の力なんて誰も使えないからね。吸血鬼は血を飲めば体の傷が治るけれど、人間はそうはいかないわ。呪を使うと言ったって、生身で戦うんですもの。それに、基礎能力値は基本的に吸血鬼のが上。怪我の一つもしないで吸血鬼に勝つだなんて呪が使えてもよほどじゃないと無理」

「え」

 サヤや自分は一撃で伸したのだが……

「そりゃ、隔離世界は吸血鬼を隔離するだけじゃなく、弱体化させるためのものだもの。吸血鬼が灰眸種の血より人間の血を好むのか、わかって?」

「え、ええと」

 シュウは少し考えた。

 ぐったりと眠るサヤの体はカラス……の、死体。

「……生き血の方が吸血鬼の体にいい?」

大正解(ピンポーン)。栄養価が高いっていうの? どういう仕組みかわかんないけど。カビの生えたパンより白いパンの方が美味しい、みたいな話でしょうね」

 それは暗に灰眸種をカビの生えたパンと例えているようなものだが……

「話を戻すわよ。サヤの言う英雄っていうのは、メアを含め、吸血鬼を隔離するこの世界を作り上げるその直前まで、吸血鬼を狩り続けて、メアの展開する呪の手助けをした六人のことよ。

 創造主メア、絶唱姫ミク、あたし、陰気な最強の呪を宿す三人衆」

 セナは人差し指で、シュウの胸をとん、と突いた。

「最強の呪を宿す三人のうち一人の名が、五十嵐(イガラシ)(シュウ)。あたしたちがあんたと重ねている、白銀の双銃使いよ」

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