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血塗れの騎士 Bloody Knight  作者: 九JACK
葬送の歌
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『世界を終わらせて』

 シュウが湖の上に立つ女の子が自分に話しかけてきたのだと察するのと同時、サヤが刀に手をかけた。険しい表情をしている。

「絶唱姫の呪が途切れました。やつらが来ます」

「やつら?」

「吸血鬼たちです」

 サヤはシュウのコートを示す。

「怪我の手当てをしたとはいえ、まだ血の臭いは色濃く残っています。吸血鬼は生き血を好みますが、別に屍肉を嫌うわけでもありません。それに……吸血鬼は人間の血を特に好みます。長い間食らうことのなかった人間の血の臭いがしたなら、普段は入れない場所の呪が突然解けたなら……」

 あとは想像に難くない。吸血鬼はシュウの血を求めて、森へ群がってくるだろう。

 サヤはその小さな体から鋭い刃のような殺気を迸らせる。

「シュウさま。シュウさまが来たことで絶唱姫の呪が解けたということは、絶唱姫がシュウさまに何か伝えたいということでしょう。喋るのと歌うのは同時にはできませんから」

「うん。あの子と話してみる」

「私はできる限りやつらを抑えます」

 そうとだけ残すと、サヤは森の中へ疾走していった。

 その頼もしい背中を見送り、シュウは振り向く。銀灰色の髪を靡かせながら、湖の上の少女がこちらへすいっと移動していた。歩いているというよりは滑らかに動いている。見たことはないけれど、幽霊みたいだ、とシュウは思った。

 そもそも、水の上に立っているというのが人間ではあり得ない。吸血鬼ならできるのかというと、それはそれでわからない。それに近づいてきたことでわかったが、絶唱姫の肌、姿形は色づいてこそいるが、透けている。

「君は……」

()()()()()()、ようこそこの世界へ。──というべきなのだろうけれど、()()()()()、シュウ。わたしは絶唱姫と呼ばれている存在「ミク」です』

「ミク……」

 名前を復唱すると、ミクは髪と同じ色をした大きな目を綻ばせた。それは月を映す水面のように煌めいていて、美しい。月は赤いけれど、ミクの目は赤くない月のようだった。

 月は本当は銀色をしているんだ。

 少しだけ蘇った記憶にシュウが驚く中、ミクは顔を俯かせて告げる。

『あまり長くも喋れない。わたしにはこの場所を守る役目があるから』

「やっぱり、森を守るために歌っていたんだ」

 ミクはすっと湖を指差す。

『この湖の下に、わたしとメアの体が眠っているの。強い呪を扱うわたしたちの体は強い呪を生み出したり、使ったりするための媒介に適している。人も、吸血鬼も簡単に手にしていいものじゃない。だから守ってる』

「メアって、この世界を作った人だよね? それに君の体って……体に戻ることはできないの?」

 ミクはふるふると首を横に振った。

『メアとわたしはこの世界を完全に隔離し、外界の人間を守るために、強い呪を宿した肉体の全てを捧げた。だから、体に戻ったら、わたしは呪を使えなくなる。魂の呪と肉体の呪は違うものなの。

 詳しくは説明している時間がない。黒翔の子がいつまで吸血鬼を抑えていられるかわからないから。ごめんね、シュウ。伝えたいことだけ伝えるよ』

 シュウはたくさん聞きたいことがあったが、ミクの顔が近づいてきて、息と共に飲み込む。

 秘め事を話すように、シュウの耳元に唇を寄せて、ミクは澄んだ声で懇願した。




『シュウ、この世界を終わらせて』




 サヤは森をカラスの姿で駆けていた。人間の姿で動くより、小回りが効くからだ。

 ──来た。

 サヤは空中で姿を変えると、落下の勢いに任せて黒い刀を突き刺す。刺した下にいたのは銀色の目をぎらぎらとさせ、血涙が出るほどに目を充血させた吸血鬼。猫背に曲がった首から胴体を黒い刃が貫いた。

 サヤは止まらない。吸血鬼を踏みつけて刀を引き抜くと、横に一閃。ぎゃあ、という汚い悲鳴が聞こえた。

 吸血鬼は群れるわけではない。が、目的が同じため、次から次へと涌いてくる。

 サヤは黒い刃を振るって、後方から来た吸血鬼三体の首を飛ばす。ぼて、と落ちたうちの首の一つに刃を突き立てた。刃を抜けば、ごぽごぽと溢れる血が地面に広がっていく。

「簡易呪、付与」

 サヤが呟くと、地面に染み込んだ血が黒い輝きを放ち、瞬く間に周辺の地面を侵食していく。

 これは吸血鬼の血を媒介にした即席の呪だ。サヤが一太刀で獲れるような吸血鬼の血の力などたかが知れているが、ないよりはましである。

 それに、サヤの操る呪は強力だ。それがわかる吸血鬼は寄ってこない。絶唱姫が再び歌い始めるまでの時間稼ぎ程度にはなるだろう。

 サヤは身を翻してカラスの姿になる。

 灰眸種の中でも黒曜族は殊更吸血鬼狩りとしての才に秀でていた。生前の才能も大きく影響しているだろうが、肉体を形成する媒介としている生き物が「黒い」生き物であることも大きく影響している。

 強大な呪であるサヤの刀、黒翔然り、呪とは強ければ強いほど、黒くなっていく。黒い生き物は黒いというだけで、強力な呪を持ち得るのだ。もしくは大きな呪を受けるための器と成りうる。サヤが黒装束なのもそのためだ。

 カラスとして森の中を飛び、次なる標的を見つける。サヤはカラスの姿のまま、歩いてくる吸血鬼に突撃した。長身でガタイのいい吸血鬼だ。サヤは人であれば心臓がある部分目掛けて突進する。

 が。

「めんこい体でおれを傷つけられるとでも思っただか? 灰眸種」

 吸血鬼はカラスを鷲掴みにし、そのまま握り潰そうとしていた。

「いいえ」

 そこにサヤの声が森の静寂の中で冴え渡る。

「でも、もう刺さっていますよ」

 気づけば、サヤは人間の姿になっていた。頭を掴まれていることを意に介した様子のない彼女は手に黒い刀を握っていた。その黒刃は、吸血鬼の胸を刺し貫いて、赤い血を滴らせる。

「な、ぁ?」

「血を吸うのは吸血鬼だけではありませんよ。私の呪『黒翔』は血を啜るごとに強くなる」

 黒翔をゆっくりと抜くと、サヤはぶん、と切り上げた。サヤを捕らえていた吸血鬼の腕が半ばから絶たれる。

 サヤは悠々と着地すると、体を沈ませ、吸血鬼の足を切る。どうすることもできずに、吸血鬼は後ろに倒れた。既に絶命している。

 それを媒介に簡易呪を施すと、サヤは再びカラスの姿へ。吸血鬼は独特の存在感を放つから、どこにどのくらいいるか、気配で察知できる。

 カラスの姿のサヤが気配を感知して、苦々しく呟いた。

「数ばかりうじゃうじゃと……」

 サヤは人間の姿になり、黒い刃に指を滑らせた。サヤは死人だが、血は流れている。黒い刃に溶け込むような赤黒い血が。

 刃を伝う血液に呪を込めて、刀を閃かせる。瞬時に放たれた剣戟はサヤの血により形を持ち、遠方の吸血鬼を切り裂いた。

 それでも全ては狩りきれなかったらしい。吸血鬼が何体かサヤの方に押し寄せてきたそのとき──


『長い眠りから覚め、私は来たの

 当て所なく空見上げ、私は行くよ』


 歌が聞こえたと思ったら、吸血鬼が粉々に砕け、塵も残さずに消えた。

 たった一節、歌が聞こえただけだ。それで、サヤが倒した吸血鬼も含め、一気に吸血鬼の体が霧消する。

「これが『絶唱姫』の呪……」

 圧倒的な力を前に、サヤは体が震えるのを止められなかった。吸血鬼でもないのに。

「私は、まだまだですね」

 サヤは仄かに笑い、刀を仕舞った。

 銃声が聞こえてはっとする。

「シュウさま!」

 湖へと急いだ。

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